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第10話

グラディウス陛下が、私に言った。

「王のみに権力を集中させず、優れた者たちが協議して支え合う体制を整えたいんだ。だからエヴァンジュリンにも関わってほしい。ただの象徴としてではなく、為政者の仲間として」

「私が……」


この国では、王妃は政治に直接的には関与しない。加護の乙女も例外ではなく、口を出さずに座して祝福を担うだけの役割のはずだった。

……だから。こんな言葉をかけられるとは、思っていなくて。


「よろしいんですか?」

「もちろん」

晴れやかな顔で右手を差し出してくる陛下。おずおずと、握り返した。

「……よろしくお願いします」



――その日から、私も執務に関らせていただけることになった。いきなり実務に入るのではなく、最初は見学から。


私は今、三人の宰相が陛下に詳細な報告をするのを、陛下の机の隣に用意された椅子から見つめている。


(……この距離感は新鮮ね。陛下や宰相閣下たちのお仕事を、こんなに近くで見られるなんて)


これまでも、執務室に出入りすることは何度かあった。でもそれは、ランス殿下の補佐という限定的な役割だ。

私の居場所は出入り口付近で、おもな仕事は不真面目なランス殿下がサボらないよう見張るだけ。執務の中枢なんて、ほとんど伺い知ることはなかった……。


「陛下、北部のメルクト領からの報告が入っていますよ。小麦の収穫量が、昨年比のニ割増とのことです」

「良い知らせだ。冷害に強い品種を輸入して現地に送ったのが、やはり正解だった」

「それに流通を握っていた業者の不正を摘発したことで、農民の手取りも改善したようですね」

「ああ。農民の生活改善は不可欠だ。彼らへの報酬が不当に搾取されることがないよう、今後も流通に注意を払おう」


きびきびしながらもどこか楽しげに陛下と言葉を交わす宰相たちに、私は違和感を覚えた。彼らは普段、もっと険しい表情で仕事をしていたはずだ。今日は明らかにくつろいでいる。


私が目を瞠っていると、グラディウス陛下が声を掛けてきた。

「どうした、エヴァンジュリン?」

「……いえ。これまで私が見てきた皆様とは、ずいぶん雰囲気が違うので」


宰相たちは顔を見合わせて苦笑した。

「それはですね、エヴァンジュリン嬢」

「あなたが来るときは、いつも()()()も一緒でしたので」

「そりゃ厳しい顔にもなりますよ。あのバカ王子の前では、そうせざるを得ないでしょう?」


……バカ王子。

(いや事実だけれど。口に出しちゃダメなやつでは……)


「「「ははははは」」」

ところが、三人は声を揃えて陽気に笑い出してしまった。

私が唖然としている隣で、陛下までにこやかに肩を揺らしている。


「本当の執務の場へようこそ、エヴァンジュリン。ランスの前では厳粛に振舞わざるを得なかったが、これが我々の『自然体』だよ」


自然体って……。


「この3人は私にとって、気の置けない戦友みたいなものだ。……できればランスも輪に加えたかったが、奴にはやる気がなさ過ぎた」


嘆かわしげに、陛下はそっと柳眉をひそめた。


「ランスの教育も、本当は投げ出したくなかった。次の王位を預かる者として教育を試みてきたが――最終的には見切りを付けた。その代わり、宰相たちに実務を託すことにしたんだ。私の退位後も国が乱れないように」


陛下が、信頼にあふれる視線で三人を見つめた。


片眼鏡ときりりとした顔立ちから隙のなさが伺える、外務大臣ペールマン卿。

烈火のような赤髪を短く刈り、鍛え抜かれた肉体に豪胆な気配を纏う軍務大臣バルデン卿。

くりっとした琥珀の瞳が印象的で、どこか飄々とした雰囲気の内務大臣ザクセン卿。

三人は、陛下の言葉に誇らしげに礼をした。


「エヴァンジュリン。一昨年、三宰相制という新制度が議会で承認されたのは知っているか?」

「はい。国王陛下に万一のことがあった場合、三宰相の合議によって王権と同等の決定を行える制度ですね?」

「よく勉強しているね。あの制度は、ランスの即位に備えてのものだったんだ」


……ランス殿下の即位に?


「ランスが暴走したときに、抑止する仕組みがなければ政治が破綻する。たとえ女神の加護で豊饒が約束されても、(まつりごと)がおろそかでは国難は避けられない――だから、私の在位中に準備をしてきた。退位後の私は、政治への関与を禁じられていたから」


「陛下はそこまで見通しておいでだったのですか……。さすがです」

「いや」

陛下の瞳には、冷静な為政者の光が宿っていた。

「王が欠けた程度で揺らぐ国など、長くは持たない。首を落ちても前に進む――そんなたくましさがなければ、民を守れない」


……やっぱりこの人こそが、王の地位にふさわしい。

責任感と知性が光る彼の瞳を、純粋に美しいと私は思った。


そのとき、ザクセン卿が気さくに笑った。

「それにしても、ランス殿下がやらかしてくれてむしろ助かったかもしれませんね。あのランス殿下が国王になったら、僕らは胃薬を主食にしなければならないところでした」


バルデン卿は、豪快に笑っていた。

「おいおいザクセン、言い過ぎるなよ。口癖になると本人の前でも言っちまうから、気を付けろ」


ペールマン卿が片眼鏡をくい、押し上げて肩をすくめている。

「ザクセンなら大丈夫だろう。むしろバルデン、注意すべきは君だ。非常にバカ正直だからな」

「なんだと? そう言うお前だって、この前――」

と、三宰相が軽口を叩き合っている。


「と、いうわけだ」

グラディウス陛下が、私に笑いかけてきた。

「今後は君もこちら側の人間だ。優秀な仲間が増えれば、私達も心強い」

「――光栄です」


冷静に答えたつもりだったのに、声が少し上ずってしまった。

自分でも驚くくらい、心臓がドキドキしている――。


明日1/24は9時、12時、20時ごろの3話投稿します。

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