第七話「脱げ勇者」
すこし書き方を変えました。恐らくこちらの方が読みやすいかもしれません
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真とフェリオンは全力で駆け抜け、市役所の正面玄関入り口へと滑り込んだ。市役所のガラス窓は破壊されており、内部は夜の闇に沈んでいる。
「誰もいないな」
フェリオンは剣の柄から手を離し、静かに周囲を見渡した。庁舎のロビーはがらんとしており、受付カウンターも無人だ。だが、床には誰かが置いたと思われる真新しい看板があった。
『避難シェルターはこちら』
矢印と共に、地下へと続く階段の入り口を指し示している。
「よかった」
真は安堵の息を漏らした。誰かがいることは確実、避難拠点として機能しているなら食料等の心配も無いだろう。
「一先ずは、だけどね。まだ油断はできない」
フェリオンの言葉に、真は竹刀袋を担ぎ直し、地下への階段へと向かった。
階段を降りると、そこには薄暗い廊下が伸びていた。非常灯が点滅し、チカチカと音だけが響いている。まるでホラーゲームの導入のようだ。
「この廊下、ながいな」
真は静寂に耐えかねて、フェリオンに話しかけた。
「ふむ、君の世界の建築物は清潔だね」
フェリオンはそう言いながら、壁に埋め込まれた消火栓の標識を不思議そうに眺めている。
「これはなんだろう?簡易結界?」
「消火器だよ、火を消す道具、結界じゃない」
「火を消す道具がなぜ廊下に等間隔で並んでいるんだ。水魔法を使えばいいじゃないか」
「水魔法って…そんなのないよ」
くだらない世間話で緊張を誤魔化しながら廊下を進んだ。廊下の突き当りには、エレベーターともう一つの階段がある。どちらにも『避難シェルター』の案内が貼られていた。
「エレベーターを使おう。少し疲れた」
エレベーターの扉が開くと、中には手書きで『避難シェルター』と書かれた貼り紙があり、B2だけが押せるようになっている。
「市役所に地下なんてあったんだ。知らなかったな」
「なんだかワクワクするね」
地方都市の市役所が、まさか地下に本格的なシェルター機能を持っていたとは。皮肉にも、それが今多くの人々の命を繋いでいるのだろう。
ガコン、と大きな音を立ててエレベーターの扉が開いた。
一瞬にして、廊下の静寂とは真逆の喧騒が真たちを包み込む。シェルターとして機能しているのは、広大な空間だった。そこには、ざっと見て数百人に及ぶ避難民がひしめき合っていた。
情景は悲惨だった。
中央に敷かれた毛布やダンボールの上に、人々は身を寄せ合っている。頭や腕に包帯を巻いた者、血が滲んだ服のまま横たわる者。
隅では小さな子供たちがすすり泣く母親にしがみつき、静かに泣いている。
一部の若者はスマートフォンを必死に操作し状況を確認しようとしているが、ほとんどが圏外なのか苛立ちの表情を浮かべていた。
「これは酷いな」
フェリオンは思わずそう呟いた。
「戦争や災害、魔獣による被害は見てきたが、これはあまりにも酷い」
「うん」
声が震えそうになるのを堪えた。混乱の中でも、人々は秩序を守ろうと必死だ。しかし、この絶望的な空気はこれまで体験してきた何よりも重い。
その時、周囲の喧騒が一瞬にして引いたことに気が付いた。まるで数百人の視線が一斉に一点に集中したかのように。その一点とは、真の横にいるフェリオンの事だ。
フェリオンの服装は、白銀の服に金色の刺繡、きらびやかなベルト、そして腰に提げられた剣。その全ては、現代社会の基準では極上のコスプレ衣装だったが、この極限状態では、あまりにも異質で浮世離れしていた。
視線が、痛い。
驚愕、戸惑い、そして一部の子供たちには希望、さらに一部には不審と嫌悪の色さえ混じっている。人々は突然現れたこの男を、いったい何者だと認識したのだろうか?救世主?それともパニックに乗じて現れた狂人?
「フェリオン。まずい、注目されすぎてるかも」
真は素早く状況を判断し、フェリオンの腕をつかむが、本人は視線に一切興味がないようだ。おそらくこれが勇者として崇められた者の余裕というか、そんなものなのだろう。
「行くぞ!」
真はフェリオンの腕を引っ張り、最も人目に付かない場所にある多目的トイレへと駆け込んだ。
多目的トイレの扉を閉め、鍵をかけた途端、フェリオンはきょろきょろと周囲を見回す。
「ここなんだ?隔離室か?」
フェリオンは壁に設置された車いす用の手すりや、広々とした空間、そして自動で流れる便座に興味津々だ。特に、横に設置されたオムツ替えシートを熱心に調べ、目を輝かせている。
「凄いね、真!この空間、実に機能的で物珍しい仕掛けが多い!君の世界の技術は魔法のようだよ!」
「トイレだよ、フェリオン。排泄する場所だ」
真は苛立ちと焦りから簡潔に答えた。竹刀袋と一緒に持ってきた袋を床に置き、フェリオンを指さす。
「いいから、脱げ」
真の言葉に、一瞬顔をぽかんとさせた。彼の碧眼が大きく見開かれる。
「……え?今、なんて?」
「脱げ、その目立つ服を。視線が痛いし、市職員に怪しまれる。稽古着を持ってきているけど、慣れないだろうから俺が着てる学ランを着てもうよ」
彼の顔はみるみるうちに赤く染まり、次の瞬間青くなった。それは、極度の羞恥心と驚愕が入り混じった色だ。
「やめてくれ!僕は勇者だぞ!こんな場所で、君に服を脱ぐ姿を見せるなんて…!絶対に無理だ!」
フェリオンはパニックを起こし、逃げようとドアノブをガチャガチャと回したが、多目的トイレの鍵の開け方がわからないらしい。
「真、やめないか?僕は君を召喚者と疑ったことを反省している!だから、せめてこの羞恥は勘弁してくれ!僕にも誇りはある!!」
「あの避難民の中で、あなたの格好がどれだけ浮いているか理解しろ!ほとんど全員があなたを不審者か疑っているんだ!」
畳みかけるように、追い詰め説明した。しかしフェリオンには一欠けらも届いていないようだ。フェリオンは顔を覆い、絶叫に近い叫び声をあげた。
「うわああああああああ!僕を捕まえに来た刺客だったのか!!!!」
その声は、分厚い扉を隔てた避難所に響き渡ったはずだ。
数分後。
多目的トイレの扉が開き、二人の男が出てきた。
一人は、真。彼は制服を脱ぎ、代わりに紺色の袴と白の上衣という、稽古用の着替えだ。
そしてもう一人――フェリオン。
彼が元の装飾過多な白銀の鎧を着ていた時、ガタイのいい屈強な男だと思っていたが、それは装飾のボリュームのせいだったようだ。彼は真の制服の学ランを着せられていた。彼の光沢のあるブロンドの髪と碧眼は隠せないものの、学ランの下では体は意外と細身で、制服はぴったりだ。
「くっそ、この服は動きにくいし、肌に張り付く!屈辱的だ……」
フェリオンは学ランの襟元を掴み、不満げに顔を歪めた。
「我慢してほしい。あの鎧姿よりマシだよ」
自分の服を整えながら言った。これなら、互いに普通の学生だと思われるだろう。
フェリオンは真を指さし、心底うんざりした表情を浮かべた。
「魔獣より君の方がよっぽど怖いよ。勇者である僕の神聖な鎧を脱がせておいて、そんな清々しい顔できるんだから」
真は肩をすくめた。
「もし無事に元の世界に戻れたら、俺の事『異世界の勇者を無理やり脱がせた』って伝説に刻んでいいよ」
「絶対嫌だ!誰がそんな恥ずかしい伝説を刻むか!」
フェリオンは、全力で拒否の意を示した。
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