第十二話「魔力測定」
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シェルターの広場では、動揺した避難民たちが扉へ向かうリターナーたちの列に、熱い視線を注いでいた。その視線には、恐怖だけでなく、自分にも力が発現するかもしれないという切実な希望が滲んでいるようにもみえる。
そんな中、俺は大きく目を見開いたまま、顔を赤くしてフェリオンを睨みつけた。
「嘘だ! 何言ってんだお前!俺は行ってない、異世界になんて!」
勢いよくフェリオンの胸倉を掴もうと手を出すが、フェリオンはまるで風を避けるように、最小限の動きでその手を躱す。
「嘘じゃない。僕の鑑定眼は偽りなく真実を読み取る。君の身体は間違いなく、強大な魔力を保有してる」
フェリオンは確信に満ちた目で俺を見つめてくる。俺は顔を真っ赤にして否定を繰り返した。
「ふざけんな!信じられるか!」
フェリオンはふっと笑みを浮かべ、耳元にさらに顔を寄せた。その碧眼は、真実を知る者特有の冷徹な輝きを帯びている。
「どうしても信じられないなら、鑑定眼の精度を証明しようか?例えば君が昨日の夜、避難所でこっそりポケットに隠したあんパンのこととか」
一瞬で白目を剥いた。次の瞬間、俺の顔はリンゴのように赤く染め上がった。全身の毛穴が開くような、抑えきれない羞恥に襲われる。
「な、なななな、なんで知ってんだよ!!?」
俺は勢いよく後ずさり、怒りと羞恥で全身を震わせた。あのあんパンは、小さいリュックの隅にこっそりと入ってた誰にも言ってない秘密だったはずだ。なぜ、こんなにも個人的な情報を知られているのか。その事実がフェリオンの力の信憑性を、嫌というほど証明していた。
フェリオンは肩をすくめ、その狼狽を楽しむように微笑む。
「ほらな。君のスキル持ちじゃないという主張も、このあんパンと同じで、信憑性に欠けるというわけだ」
俺は両手で顔を覆い、深く息を吐いて羞恥を振り払った。シェルター内の空気は重く、個人の羞恥などにかまっている余裕はない。俺は改めて目の前の扉を見つめ、理性的な論点を提示する。
「分かった。仮に持っていたとしても、使えないんじゃ意味無くないか? 他の奴らは少なくともスキル経験があるんだろ?」
俺は横目で広場を眺めた。炎や水を自在に操ろうとしていたリターナーたちは、確かに異世界での経験を通じて、スキルの概念を知っているはずだ。
フェリオンは俺の竹刀袋に目を向け、静かに頷いた。
「君の場合、話は違う。君は今まで剣道という形で、すでに魔力回路を開通させ極めて高度な訓練を積んでいる」
フェリオンは俺の目を見つめた。その眼差しは教師のように厳しく、導き手のようでもあった。
「君の腕前は、僕の世界で言えば中級の魔力制御スキルに等しい。君は使い方を知らないんじゃない。すでにそれを日常的に使っているんだ」
「なんだよ、それ」
思わず自分の掌を見つめた。いつもの稽古中、魔力の制御を行っていたのか?そんな真実を受け入れるには、あまりにも現実離れしている。俺がずっと信じてきた「鍛錬の成果」が、突然「異世界の力」だと定義し直されることに、強い抵抗を感じた。
「施設に行けば、その無意識の技術が、どういう攻撃に変換されているのかが分かる。それが分かれば、君は意図的に力を行使できるようになる」
フェリオンは扉へと向かう俺の背中を、強く押した。
「さあ、行こう。君の力はここで埋もれさせてはいけない」
「わかった!!わかったから……」
逃げることを諦め強く頷く。満足そうに微笑んだフェリオンの後ろに続き、扉へと歩みを進めた。
二人は避難民の列に混ざり、金属製の扉へと向かった。シェルター内の空気は、先ほどまでの絶望から一転、一縷の希望と戦場への緊張感に包まれていた。誰もが、扉の向こうに、この危機を打開する力があることを信じ始めている。
扉の前には、俺とフェリオンを含めて数人のグループが形成されていた。皆、不安と期待が入り混じった顔で、検査を待っているようだ。
その人の中に、ひときわ目を引く人物がいた。全身真っ白な、清潔感溢れる服を着用したあの男だ。彼は他の避難民の動揺とは無縁のように、どこか余裕のある表情を浮かべている。
白い男は俺とフェリオンに気づくと、片手を上げて軽く振った。その動作は緩やかで、緊張感の欠けらも無い。
フェリオンは眉間に皺を寄せ、警戒心を露わにする。
「君の知り合い?」
俺は肩をすくめた。
「フェリオンが寝てる時に、少し……」
「……そう」
フェリオンはそれ以上尋ねなかったが、白い男に向けられた視線は鋭さを増していた。白い男は俺達の様子を微笑んだまま見つめていた。その微笑みはまるで全てを見透かしているようで、不気味だ。
金属製の扉を通り抜けると、そこは広間よりもさらに厳重なセキュリティエリアだった。通路は無機質で、冷たい鉄の匂いが漂っている。
通路の先に、一人のスーツ姿の女性が立っている。彼女は変わらない無表情で、手元の小型機械を操作していた。
「こちらへ。これから皆さんの魔力量の測定を行います」
女性は手のひらサイズの黒い小型機械を掲げた。機械は、まるでSF映画に出てくるスキャナーのようだ。そんなもので本当に確認できるのか、という疑問はあったが、規定の魔力が確認されなかった者は、広間へ戻されるようだ。今から行われる検査は、戦場へ送り出すための、最初で最も重要な選別なのだ。
女性は辺りを見渡し、一番前のグループの先頭にいた中年男性を呼んだ。
「貴方、前に」
その男は、緊張した面持ちで女性の前に立った。希望と不安が入り混じった表情で、機械を見つめている。
女性が機械を男に向け、ボタンを押す。
シー……、という微かな電子音の後、機械のスクリーンには短い文字が並んだ。
「……残念ですが、魔力量が規定値に達していません。お戻りください」
男性の顔から血の気が引く。彼は何か言いかけたが、女性の冷たい視線に気圧され、落胆した様子で黙って来た扉を引き返していった。その後ろ姿には、重い失望が滲んでいた。
次に呼ばれたのは、二十代前半の女性だった。彼女は今度こそスキルが発現していると信じ、希望に満ちた表情で前に出た。
しかし、結果は同じだった。
前と同じくシー……、という弱い音の後女性は首を振った。
「規定値以下です。申し訳ありませんが、広場へお戻りください」
若い女性は泣き出しそうな顔で、力なく通路を引き返していった。その顔には、「英雄になれるチャンス」を失った悔しさが色濃く浮かんでいる。
その光景を見て、俺は全身に冷たい汗が流れるのを感じた。本当に魔力というものを持っていなければ、ここで終わる。俺としてはその方が有難いのだが、なんだかフェリオンの手前、無様な姿は見せたくない。
その後白い男が呼ばれ、彼は一瞬で合格した。彼の合格時の機械はカチッ、と静かな音を立てただけで、何のドラマもなかった。そのあまりにスムーズな通過は、膨大な魔力を証明しているかのようだった。
白い男を含めて、三人が通過している。人数も見るからに減った頃、女性の視線は俺を捉え、俺を呼んだ。
「貴方、前に」
緊張で喉が渇くのを感じながら、前に出た。自覚も無かった魔力が、どう魔力量として検出されるのか、皆目見当もつかない。俺の魔力は、この機械の何をどう刺激できるのだろうか。
女性は俺の前に機械を構え、ボタンを一つ押す。
微かなピッという音の後に、女性は俺を見つめた。その視線は一瞬、鋭くなった気がした。
「……合格です。奥の待機室へお進みください」
女性は感情のない声で告げた。測定は一瞬で終わってしまった。俺は、思っていたよりもあっけなさと戸惑いで立ち尽くす。
(終わり?一瞬で合格って……俺の魔力ってもしかして結構ギリギリ判定の合格……?)
自分の力の正体が不明なまま、釈然としない気持ちを抱えながら、奥の待機室へと進んだ。前を歩く俺の耳に、次に呼ばれたフェリオンの声が響いた。
「こちらへ」
フェリオンは落ち着いた足取りで、スーツの女性の前に立った。その姿には一切の緊張感が見られない。女性は機械をフェリオンに向け、ボタンを押した。
次の瞬間、静かな通路にけたたましい警告音が鳴り響いた。それは、単なる電子音ではなく、緊急事態を告げる甲高いサイレンのような音だ。その音は、待機室の中にいても鼓膜を劈くほどだ。
『測定範囲超過』
機械の小さなスクリーンは、鮮烈な赤い文字が激しく点滅し、魔力量を示すバーは、まるで暴走した針のように上限を超えて完全に振り切れていた。機械からは電子部品が焼けるような異臭と、微かな青白い煙が立ち上り、女性は悲鳴を飲み込みながら慌てて機械を床に落とした。
通路の奥からスーツ姿の男性が、目を剥いて奥から駆け寄ってきた。その顔は焦燥と混乱に満ちている。
「な、何事だ!?何があった!?」
スーツの女性は落ちた機械を見つめ、青ざめた顔で報告した。
「この人物の魔力量が、測定限界の何十倍も超えています……完全にエラーです」
彼女は震える手で予備の機械を取り出し、再度スキャンを試みた。予備機もすぐに警告音を発し、測定を拒否する。
『ERROR』
「か、解析が不可能です!異世界の方に頂いたものなのに、私、こ、壊してしまったんでしょうか?」
女性は泣き出しそうな声で報告した。彼女の混乱は極限に達していた。
フェリオンは事態を面白がっているように、肩をすくめて優雅に微笑んだ。その優雅さが、状況の異常さを際立たせる。
「その程度のおもちゃで測れるほど、僕の力は謙虚じゃないよ」
男性は冷や汗を拭いながらも、即座に状況を判断した。目の前のこの異様な男は、協力者として迎え入れるべき最重要人物だ。
「……失礼しました。私の勝手な判断にはなりますが、測定不能をもって合格とさせていただきます。直ちに彼を奥へ通せ!」
男性はスーツの女性に指示を出した。フェリオンは二人に軽く一礼し、俺が待つ待機室の扉を開けた。その顔には、当然の結果だという自信が満ち溢れている。
「フェリオン、大丈夫か?」
驚きと興奮で俺はフェリオンに詰め寄った。フェリオンはニヤリと笑う。
「大したことないよ」
フェリオンの背後で、焦げ付いた機械を回収するスタッフたちの動きは、まるでパニック寸前のようだった。俺は自分の一瞬での合格と、フェリオンの規格外の力との間に横たわる、途方もない差をまざまざと見せつけられた。
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