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異界ログイン  作者: 穹麿


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プロローグ

 

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「異世界転生」、「異世界転移」。


 かつては一部の熱狂的なファンに熱狂的に支えられていたこのジャンルが、突如として現実世界を席巻し始めたのは、今から遡ること数年前だった。その波は、インターネットという情報網を通じて一気に世界中へ広がり、社会現象と呼ぶにふさわしい異様かつ爆発的な熱狂を生み出した。


 全ての始まりはSNSだった。


「目が覚めたら森の中だった。マジでRPGの世界みたいになってるんだけど」

「私も異世界に行った!スキルポイントをどう振ればいいか悩んでいる」

「え、僕も!なんか空飛んでるし、これは夢じゃないよね?」


 最初の投稿を見た時、誰もが手の込んだジョークや、巧妙に仕組まれた集団パフォーマンスだと判断した。しかし、投稿数は日を追うごとに加速度的に増え、現実離れした詳細な体験談が連日アップロードされ続けた。共通のハッシュタグがトレンドを埋め尽くすようになり、テレビや新聞などのマスメディアは連日、この現象を特集し始めた。


 投稿の内容は千差万別だった。剣と魔法のファンタジー世界へ転移した者、高度な科学文明が発達したSF世界へ行った者、あるいは獣人の国で暮らしていると語る者。誰もが口々に自身の「異世界体験」を語った。ここで奇妙だったのは、多くの人が「元の世界には戻れないらしい」と語りながらも、実際に数日後、何の予兆もなく、突然元の場所に戻ってくるという事例が世界各地で相次いだことだ。


「昨日まで魔王軍と戦ってたのに、起きたら自分のベッドだったんだが」

「ただの超リアルな夢だったのか?」


 SNSのブームは、この「数日後の突然の帰還」という不安定な要素によって、急速に熱狂を失っていった。行方不明者こそ多発したが、そのほとんどが数日中に突然戻ってくるため、世間は当初の興奮から一転、「集団的なヒステリー」「手の込んだドッキリ」だと冷笑し始めたのだ。


 人々は、この不安定極まりない現象を、次第に思考から切り離すべき「無意味なもの」として無視し始めた。論理も根拠もない出来事に、真剣に向き合い、その真実を追究する者は減っていった。


 しかし、その「行き来」が、両世界を結ぶ目に見えない回路を築き上げ、異界の存在をこちらの世界へと着実に誘引し始めていたことに、当時の誰も気が付かなかった。




 異世界ブームが去って数年後。世界はさらに奇妙な変貌を遂げていた。


 人々が異世界に気を取られなくなった頃、新たな不可解な現象が始まったのだ。


 始まりは、一枚の写真投稿だった。夜空を背景に、鱗に覆われた小さな翼を持つ生物が飛んでいる。その姿は、誰もが知る「ドラゴン」そのものだったが、大きさは手のひらサイズで、その瞳は琥珀色に輝いていた。


「AI生成だろこれ」


 誰もがそう断じた。あまりに幻想的で現実離れした存在だったからだ。人々はデジタル技術の進化がもたらした、新たな虚構の一種だとしか考えていなかった。


 しかし、似たような投稿は後を絶たなかった。


「通勤中に見たんだが、なんか妙な大きな影がビルの谷間を横切っていった。写真だとただの汚れにしか見えないけど、あれは絶対鳥じゃないって」

「これ、うちの畑で採れた巨大なカブトムシ?いや、なんか違う、すごく奇妙で……。知ってる人いますか?」


 写真の質は様々で、ブレていたり、遠景だったり、あまりに現実離れしているため、誰もがAIが生成したものとしか思わなかった。


 だがこの世には、曖昧な感覚に基づいて拡散されるこれらの現象を、頑なに虚報として切り捨てる者が多数派だった。彼らにとって、論理も物理的根拠もない出来事は、無意味な雑念でしかなかったのだ。


 時が経てば経つほど、奇妙な現象は増えていった。そして、決定的な問題が浮上する。


「異界の存在が」「見える」人々が増えていったのだ。


 ある日空を見上げれば、そこには薄い雲のように、しかし明らかに動物の形をした巨大な生物が、ゆっくりと移動しているのが見える。またある日、路地裏のゴミ捨て場に、体表が硬い甲殻で覆われた、不気味な巨大な昆虫が蠢いているのが見える。


 だが、それらが見えるのはごく限られた一部の人間だけだった。


 大半の人間には、それらの奇妙な生物は見えない。空の巨大な生物はただの雲にしか見えないし、路地裏の巨大昆虫はゴミの山にしか見えない。


 そのため、写真が拡散されても、見える者と見えない者との間で激しい議論が巻き起こった。「お前は精神病だ」「すべては巧妙なフェイクだ」と嘲笑され、大多数である「見えない側」が多数派として、現実を「普通」に保っていた。


 剣道に打ち込むある高校生も、そのような曖昧なものを徹底して信じていなかった。彼は、自身の視覚、触覚、そして鍛え上げられた経験だけを信じた。


 彼は、世界がまだ正常であることを信じ続けていた。


 あの出来事が起こるまでは。




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