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人の質の低下 ─ 人材こそが最大の資源である筈の吾邦で ─

現場が猛烈に反対したにも拘らず、都立高校の学校群制度とか、もっと大々的にゆとり教育とかを強引に推進した輩がいましたね。

雪国育ちでこれ以上ないほど温厚で辛抱強い、仙人と言われたうちの父は、戦後ずっと数十年、つい十年ほど前まで教育現場でじかに生徒たちを見て来ていました。

(分子生物学に偏した今の生物学教員では全然知識の巾が狭くて教えられない分野が生物学にはありますので、経験と知識の蓄積豊かな父は重宝されておりました)

その父にすら、悪しき制度を「推進した奴がもし目の前に居たら……刺す」とまで言わしめた、どうしようもない制度、それが学校群制度であり、ゆとり教育制度でした。


特に、ゆとり教育では、生徒の大部分を占める中堅層のモラルというものが、敗戦直後の学制改悪の時に新制高校卒は全員モラルがガタっと下がった、それを凌ぐほど劇的に低下したそうです。

今世紀に入る頃に有名塾の同僚の年配のベテラン講師たちと慰労の酒席で語り合う度に、誰と言う事なく、皆それを慨嘆していたそうです。

生徒のモラルというのは、上級生から下級生へと伝播します。

ゆとり教育をやめても、すぐには回復しません。


また、敗戦後の学制改悪で師範学校という教員養成の専門的環境が駐留軍の圧力で失われてしまいました。

人から人へのノウハウというものが、完全に断絶させられてしまったのです。

教員を育てる者自体、その適格性が疑われるような連中だらけになってるんです。

なので、基本的に敗戦後の教員の質というものは、例外はあれど、程度が下がっていました。


で、その上更にと言うべきなのですが、色々と悪い制度が戦後長年かけて積み上げられてきていました。

教育委員会制度もその一つ。

一方では教員の資質低下、他方ではそんな質の低下した教員への更なる負担増。

可哀そうですねえ。


モラルが低下し、幼い頃に身につけるべき資質を備える機会を奪われたゆとり教育の犠牲者世代と、その影響が尾を引く後続世代。

既に彼らが今のにっぽん社会の中堅を担っています。


ゆとり教育だけでなく、その親の団塊世代もまた、「この世代以外では観られない、呆れる非常識」で知られています。

指導によってそれを正す上の世代が既に鬼籍に入り、或は一線から退き、呆れ果てるような非常識なバカ者が今では大手を振って好き勝手やっています。

若い者が、歪んだ連中の指導しか受けられていません。


例外は常にありますが、趨勢がそうなってしまっています。

これを正してゆくのが、今の人の責任として、余分な負担として、追加されてしまっています。

我が国の未来は暗いと言わざるを得ません。


ただ、敗戦時に米内光政も「我が国の再建には二百年かかる」と見越して仰っていました。

吾らの子や孫の世代でもまだ無理ということになります。

あれだけの立派な方でもそう見通していたのですから、我々もひたすら辛抱強くやらねばなりません。

それが後を託された我々の使命です。

こんな声もあります。

中堅層のモラルが劇的に低下して、まともな者が激減した現在、更にそのまともな者に対して集中攻撃をするかのように、

「大事にせず使い潰して会社によってはクビにしたい奴を容赦なく介護送りとかやってた」

という意見も。

更に「そこに叱らない教育まで組み合わさったら、幼児的万能感の抜けないクソガキが来るわけだから、仕事なんて覚える気も無けりゃこなせる訳も無いやん」

と言われてたりします。

もちろん全部の職場がそうではありませんが、曾てのにっぽんの姿とはかけ離れた、働きづらい、暮らしづらい、おかしな世の中になって来ているのは事実です。

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