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脆くて儚い  作者: 枢無
23/25

最終章 空の下で

空を見送ってから、1年が経った。

空の葬儀に空の親族は妹の美海さんと美海さんの家族だけだった。

美海さんから聞いた。空の親が健在であるということ。空の死を告げなければと思って、1年が過ぎてしまった。

意を決して電話をかけた。冷たい声が空に似てなくて、自分の母親を思い出した。

電話をかけてから数時間後、空の母親と美海さんがやってきた。

玄関を開けた瞬間、空の母親は俺を見て、目を見開いた。


「……電話してきたのはあなた?空の恋人にしては、ずいぶん若いわね」


オレは、静かに答えた。


「オレは、空の恋人じゃありません。オレは――夜久雨です。空は……オレを育ててくれました。オレの名前も、空がつけてくれたんです」


その言葉に、空の母親の顔が歪んだ。


「育てた?空が……?あんな、どうしようもない子が子どもを育てるなんてできるわけないじゃない……!あの子は何をやらせてもだめな子だったのよ?そんな子が子育てなんて、まして他人の子なんて育てられるわけないじゃない。空はね、昔から、人のことばっかり気にして、自分のことなんて何も考えない子だった!私がどれだけ言っても、家に帰ってこないし、勝手に人の世話ばっかりして!あなたみたいな子に関わるから、空は病気になったのよ!空は……空は……!」


その声は、怒りというより、悲鳴だった。

オレは、何も言えなかった。でも、その言葉の中に――オレは初めて、空の過去を垣間見た。

空は、母親に理解されなかった。空は、自分を責められて育った。空は、誰かを放っておけなかった。

オレを引き取った理由。俺に名前をくれた理由。それは、オレが空に似ていたからかもしれない。

放っておけなかった。自分に重なった。でも――それだけじゃなかった。

空は、オレを愛してくれた。

あの優しさも、あの言葉も、あの手の温もりも。全部、本物だった。

オレは、空に愛されていた。だから、空を否定されるのは、耐えられなかった。

気づいたら、声が出ていた。


「空は……オレを守ってくれました。俺に生きる意味をくれたんです。空がいなかったら、オレはここにいません。空は、オレにとって母親でした。……ちゃんと、母親でした

空の母親は、言葉を失った。その目が、少しだけ揺れた気がした。

そのとき、美海さんがオレの隣に立った。


「お母さん、空は雨くんを守りたかったんです。それが空の選択だった。誰にも、それを否定する権利はありません」


美海さんの声は、静かだったけれど、強かった。

オレは、その背中に救われた。

空の“家族”であり、空の“理解者”でもある人。

美海さんがいてくれて、オレはようやく、空の選択を信じることができた。

空がオレにくれた名前。

空がオレにくれた居場所。

空がオレにくれた愛。

それを、守っていく。

空、オレは生きるよ。空が望んだように――幸せになる。

そして、空が少しでも思ってくれるなら――「オレを育ててよかった」って。

その日の夜、空の手紙をようやく読むことができた。

空。オレは、怒ってる。ずっと、怒ってた。でも、空の前では、怒ることすらできなかった。

なんで、オレに黙ってたんだよ。

病気のことも、金のことも、全部。

オレは、空のそばにいたのに。空の顔を見て、空の声を聞いて、空の手を握ってたのに。なんで、オレに言ってくれなかったんだよ。

「大丈夫」って笑ってたけど、あの笑顔、嘘だったんだろ?

オレは、空のこと、見抜けなかった。

空の痛みも、苦しみも、全部見逃した。

それが悔しくて、それが悲しくて、それが、許せなかった。

空。

本当は、空とずっと一緒に暮らしたかった。朝起きて、空の「おはよう」を聞いて、夜眠る前に、空の「おやすみ」を聞いて、それだけでよかった。でも、オレは、空のそばにいたら、ずっと子どものままだと思った。空は、オレを守る人で、オレは、守られる人で、その関係のままじゃ、空に頼ってもらえない気がした。

オレは、空に「大人になった」って思ってほしかった。

空に「もう一人で背負わなくていい」って言いたかった。

空に「一緒に背負える年齢になったよ」って、そう言いたかった。だから、オレは離れて暮らすことを選んだ。

空のそばにいたかった。

空に「雨がいてくれてよかった」って言われたかった。

それが、オレの願いだった。でも、空は、オレに何も言わずに逝った。それが、どれだけオレを壊したか、空は知らない。

オレは、空のいない空の下で、毎日、空を探してる。

空の声を思い出して、空の匂いを探して、空の温もりを夢に見る。

空。

オレは、空のことが好きだった。

誰よりも、何よりも、空が好きだった。

空の髪が好きだった。

朝、寝癖のままオレに「おはよう」って言う空が好きだった。

コンビニのレジで小銭を探す空が好きだった。

オレの好きなアイスを、黙って買っておいてくれる空が好きだった。

空の声が好きだった。怒るとき、優しくなる声。泣くとき、震える声。オレの名前を呼ぶときの、あの声。

空の手が好きだった。冷たくて、でも温かくて、オレの手を握るとき、少しだけ力を入れる空の手。

空の目が好きだった。オレを見つめるとき、何も言わずに、全部わかってくれる目。

空の全部が、オレの生きる理由だった。だから、空がいなくなった今、オレは、生き方がわからない。でも、空の手紙を読んで、空の言葉を聞いて、オレは、少しだけ前を向けた。

空は、オレを守ろうとしてくれた。

空は、オレを愛してくれた。

空は、オレに名前をくれた。

それが、オレのすべてだった。だから、オレは生きる。

空に怒りながら、空を愛しながら、空を赦しながら。

空のように、誰かを守るように。

空のように、誰かに名前を贈るように。

空のように、誰かの“空”になるように。

でも、オレはオレとして。空がくれた愛を、空がくれた名前を、空がくれた空を――オレの人生に変えていく。

空、ありがとう。

オレは、生きるよ。

空が見てくれる空の下で。



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