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脆くて儚い  作者: 枢無
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第8章 said雨 やさしくしたかったのに

空の誕生日が近い。それだけで、朝からちょっと浮かれてる。

毎年、この日だけは欠かさずにプレゼントをあげてきた。今年は高校生になったし、ちょっと大人っぽいプレゼントをサプライズで渡したかった。


「お前、顔ゆるみすぎ。誕生日って、恋人かよ」


プレゼントを選ぶために買い物についてきた陽翔が隣で笑ってるけど、無視。

プレゼント、何がいいかな。

去年はマフラー。今年は……もっと空が「かわいい」って言いそうなもの。そして大人っぽいものがいい。


「空さんって、こういうの好きなの?」


陽翔の“さん”付けに、ちょっとだけ笑いそうになる。昔、オレに倣って「空」って呼び捨てにしたら、「名前に敬意を持て」って、ものすごく怒ったことがある。それ以来、陽翔はずっと「空さん」。と呼んでいる。空のことを「空」って呼ぶのはオレだけでいい。オレは特別なんだ。家族なんだから。


「ぬいぐるみ?空さんってそんなキャラだったっけ?」

「違う、でも……あの人、意外とこういうの好きなんだよ」


雑貨屋の棚の前で、ぬいぐるみを手に取っては戻し、マグカップを見ては悩む。ぬいぐるみは子どもっぽいから却下。マグカップは……。


「これで毎朝コーヒー飲んでくれたら……って、空って朝は紅茶派だった。それに平日以外は朝弱いんだ」

「お前、空さんの生活習慣まで把握してんの?親っていうか、マネージャーじゃん」

「うるさいな……」


店員さんが近づいてきた。


「彼女へのプレゼントですか?」

「ち、違います!!」


店内に響いた自分の声に、陽翔が吹き出す。


「声デカすぎ。否定の仕方が逆に怪しいわ」

「……親……いや、大事な人の誕生日なんです」


声のトーンを落としながら、照れてしまう。親ではない。でも、大切な家族ではある。

店員さんはちょっと驚いた顔をしたあと、優しく笑ってくれた。


「じゃあ、ぴったりのものを一緒に探しましょうか」


……ぴったり。

空にぴったりって、どんなだろう。柔らかくて、でも芯があって、ちょっと不器用で、優しい。


「お前、空さんのこと語るときだけ詩人になるよな」

「……うるさい」


包み紙も、リボンも、空のイメージで選んだ。

渡すとき、なんて言おう。

「誕生日おめでとう」だけじゃ、足りない気がする。


「俺なんて母さんの誕生日にプレゼントなんてあげたことないわ」


陽翔の言葉に、少しだけ胸がざわついた。

……空は、そういうの、ちゃんと喜ぶから。


「……親っていうか、恋人みたいだな」

「ちがうってば」


でも、空に渡すとき、手が震えそうだ。喜んでくれるかな。

時計の針が、二十一時を過ぎてた。

部屋の灯りがついてるのが、遠くから見えた。でも、なんか……帰りたくなかった。思ったより遅くなったから。

プレゼントは、ちゃんと選んだ。

包み紙も、リボンも、空のイメージで選んだ。

喜んでくれるって、信じてた。でも、ドアを開けた瞬間、空の顔が冷たくて。

「ごはん、食べる?」って聞かれて、なんか、もう、全部どうでもよくなった。


「いらない!コンビニで食べたから!」


自分の声が、思ったより強くて、空がちょっとだけ驚いた顔してた。


「部活、遅かった?」


……なんでそんなこと聞くの。なんで、普通みたいな顔してるの。オレが空が怒ってるって思ってちょっと怒ってるのに、空はなんでストレートに怒ってくれないの?こんなに遅くなったら、普通の親なら心配で怒ってくるはずなのに。それなのに空はいつも通りだ。


「うるさいな。いちいち聞かないでよ」


空が黙った。


「明日、誕生日なんだよね」


空が言った。その声が、静かすぎて、

なんか、ずるいって思った。


「……知ってるよ」


もちろん知ってる。今日一日、空のことしか考えてなかった。


「言わないから、忘れてるのかと思って」


……その言い方が、ムカついた。自分の誕生日なんて興味ないって顔してるのにどうして今日はそんなことを言うの!!


「空ってさ、いつもそうだよね!何も言わないくせに、察してほしいって顔する!

そういうの、ほんとムカつく!」


言いながら、自分でもわかってた。

空に怒ってるんじゃない。怒ってるのは、自分にだ。


「誕生日なんて、別に祝わなくてもいいって言うくせに、祝わなかったら、なんか空気が重くなる!それって、ずるくない!?……本当の親でもないくせに!!」


言った瞬間、空の顔が変わった。

その静けさが、怖かった。

自分の声が、部屋に響いていた。

その叫び方が、昔、母親が怒鳴っていた時の声に、少し似ていた。

……自分でも、ぞっとした。

空に怒ってた。けど、もっと怒りたいのは自分にだ。遅くなったことを謝ればよかっただけなのに。空だって心配してくれてたはずなのに。


「……そう、ね。私は親じゃないもの」


その声が、冷たくて、悲しくて、

何か言い返したかったけど、言葉が出なかった。

明日プレゼント、渡すつもりだった。

空に「ありがとう」って言ってほしかった。でも、今は……何も言えない。

自分の部屋に戻って、ドアを閉めた。

……空の誕生日なのに。

……空のためだったのに。

空の誕生日。

渡したかったものがある。

誕生石のネックレス。オレの誕生石がついた、小さなペンダント。ちょっと大人っぽいプレゼントが渡したかった。

思ったより高かった。お小遣いを何ヶ月分も貯めて買った。

空に渡したかった。

「オレを、少しだけ待っていてほしい」って、そんな気持ちで選んだ。これをつけた姿を想像していた。

包み紙も、リボンも、空のイメージで。柔らかくて、でも芯がある。

それを渡すつもりだった。空の誕生日に。でも、あんなふうに叫んでしまった。


「本当の親でもないくせに」


あの瞬間の自分が、昔の母親に重なった。怒鳴って、傷つけて、黙らせて。空の顔が、母の前にいたオレの顔と重なった。

ぞっとした。

自分が、母親みたいになるんじゃないかって。

空に優しくしたいのに、空を守りたいのに、どうして、あんな言葉が出てきたんだろう。

朝、早く起きた。

渡すかどうか、ずっと迷ってた。

空は、いつも通りに朝食を並べてくれた。

トーストと卵と紅茶。

オレの好きなものばかり。それが、余計に苦しかった。

「いただきます」って言ったけど、空はうなずいただけだった。

何も言えなかった。

「ごめん」も、「ありがとう」も。でも、渡すことにした。

空の誕生日だから。

それだけは、ちゃんと伝えたかった。

本当は、忘れてなかったよ。ただ、いつもみたいに笑ってほしかっただけなんだ。

プレゼントを渡して、空が「ありがとう」って言ってくれて、それだけでよかった。

それだけが、欲しかった。




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