ep.3 横蜂さんの過去
ハルトは重いまぶたを必死に開けて学校に向かっていた。
昨日はスマホを眺めたまま、特に何もできずに寝落ちしてしまった。
屋上から飛び降りようとしていて、そこにルイカが笑いながらすごい勢いで飛び込んでくるというなんとも恐ろしい夢を見たハルトは寝不足気味だった。
クラスメイトたちは相変わらずハルトにちょっかいをかけ、押したり蹴ったり踏んだりしてきた。
自分の席に座ろうとしたときにクラスメイトの多田がハルトの椅子を引いて、ハルトはそのまま床に倒れてしまった。
冷たい床が頬に触れてハルトはこのまま眠ってしまいたいと思った。
しかし女子生徒に「スカート覗こうとすんなよ」と言って蹴られてしまった。
ハルトは言い返すこともなく起き上がり椅子に座り直した。
多田たちは「ダセェ」と笑いながら喜んでいた。
(本当に女子のスカートの中が録画されていたらどうしよう)
ハルトは胸ポケットのペンのスイッチを切りながらそう心配になった。
ルイカに変なものを見せるのがなんとなく嫌だった。
昨日自分から友達になろうだなんて言ってしまったことが後になってすごく恥ずかしくて、ルイカにどんな顔をして会ったらいいのかわからないでいた。
ハルトは授業にも集中できず、ウトウトしていて先生に怒られた。
クラスメイトたちはそれを見て嬉しそうにクスクスと笑っていた。
昼休みになったら屋上に行くか行かないか、そればかりが頭の中をグルグルと回った。
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昼休みになるとハルトは屋上に来ていた。
教室ではゆっくりお弁当を食べることができないのでいつもハルトは昼休みになると別の場所に行っていた。
別にルイカに会いたいわけではないと自分に言い聞かせた。
しかしその日は屋上にルイカの姿はなかった。
ハルトはホッとしたような残念なような複雑な気持ちになった。
他に誰かが来るような気配もない。
ハルトは天気が悪くなってきた空を眺めた。
雨が降りそうだったので急いでお弁当を食べるとポツポツと雨が降ってきてしまった。
校舎へと続くドアがギギーっと鳴り開いた。
そこには傘を持ったルイカがいた。
「天気予報くらい見なよ。」
ルイカはそう言いながらハルトのところまで来てハルトのお弁当に雨があたらないように傘に入れてくれた。
「あの、僕本体が濡れているんですけど。」
ハルトはそう言って胸ポケットにあるペンが濡れないようにブレザーの内ポケットに入れた。
「雨の入ったお弁当を食べるよりいいでしょ。酸性雨だよ。」
ルイカはそう言うといつものようにニヤリと笑った。
ハルトは急いで弁当を食べ終え、校舎の中に入ろうと走った。
ルイカは傘をさしたまま、屋上でどこか遠くを見ていた。
ハルトのことなど気にしている様子もなく、ノートを取り出して何かを書き始めた。
ハルトは自分に会いに来てくれたのではないことに気がつき、何も言わずに教室に戻ることにした。
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教室に戻ったハルトはクラスメイトたちから「シャワーでも浴びてきたのか」とからかわれた。
ハルトはそんなクラスメイトたちをじろりと見てすぐに席についた。
クラスメイトたちは「なんだよあの態度」「気持ち悪い」と文句を言っているようだったが気にしなかった。
今のハルトの頭の中は横蜂ルイカのことでいっぱいだった。
彼女はいったい何者なのだろうか。
そんなことが頭の中でぐるぐるして他のことなど考えられなかった。
雨は音を立てて降っている。
ハルトは雨が窓に当たる音をボーッと聞いていた。
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放課後になり、教室から人がいなくなってもハルトはまだ席に座っていた。
雨はまだ降っていたがハルトは折りたたみ傘を持っている。
今日は塾のない日なのでいつもなら帰ってゲームでもしようとウキウキで学校を出るのだが、今日はなんだかそういう気分にもならなかった。
ふとグラウンドを見たハルトはそこに見覚えのある傘が見えた。
昼休みに屋上で見たルイカの傘だった。
真っ赤な色の傘で中央にカタツムリのような渦巻きが描かれている。
あんな変な傘を使うのは他にいないだろうとハルトは思っていた。
ルイカは誰もいないグラウンドの中央で動かない。
ハルトは何をしているのかと窓に近づいてルイカを観察した。
しかしルイカは動くことなくグラウンドの中央にいた。
気になったハルトはグラウンドに行ってみることにした。
雨はまっすぐと降っている。風がない証拠だ。
ハルトは折りたたみ傘を出してさすと、校舎の裏の方へと歩いた。
いつもなら運動部がたくさんたむろしていてハルトは放課後のグラウンドには近づかない。
野球部もサッカー部も雨だから外の練習がないらしく、廊下を走っている姿をみかけた。
グラウンドにはまだルイカの姿があった。
背を向けていたがルイカで間違いないだろうとハルトは思った。
さっきからずっと動かずにそこにいるようだった。
グラウンドまで行って話しかけるのに躊躇したハルトは校舎の近くからルイカを見ていた。
自分は何をしているのだろうと気がつき、帰ろうとしたらルイカが急にこちらを向いて歩いてきた。
ハルトは驚いて傘を落としそうになった。
目が合ってしまったので逃げ出すタイミングも失ってしまっていた。
「何をしてるの?」
ルイカはハルトのところまで来ると不思議そうな顔をしてそう聞いてきた。
「いや、教室から見えたから。何してるのかなって。」
ハルトは自分のしていることがストーカーか何かなんじゃないかと心配になってきた。
「私なら考え事をしてただけだよ。」
ルイカはそう言うと「さようなら」と言ってスタスタと行ってしまった。
ハルトはそんなルイカを小走りで追いかけた。
「あの、なんで僕を助けようとしてくれているの?」
ハルトがそう言うとルイカは立ち止まり振り返った。
「助ける?誰が誰を?」
ルイカは眉間にシワを寄せてハルトを睨みつけた。
「えっ?横蜂さん、僕のこと助けてくれてるんじゃないの?」
「違うけど。結果的にそうなるのは構わないけど、私がやってるのはただの実験だよ。」
「実験?」
ハルトは予想外の返答が来て困惑していた。
「君が集めてくれたデータをどのように使うのが一番いいのかを確かめる実験だよ。」
ルイカは自信満々にそう言い切ったのでハルトは「はぁ」と情けない返事をした。
「またたまったらちょうだいね。データ。」
ルイカはニヤリと笑って立ち去った。
ハルトはルイカの赤い傘の渦巻きを呆然と眺めていた。
「実験ってなんだよ。」
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翌日、ハルトがどこを探してもルイカの姿は学校の中になかった。
ハルトは昨日の出来事で頭の中が悶々として、1言文句を言ってやろうと思っていた。
ルイカの言っていた2年の教室まで見に行ったがそこにも姿はなく、結局放課後までルイカをみつけることはできなかった。
「なんだよ、休みかよ。」
ハルトは誰に言うわけでもなくそうつぶやくと、ちょっかいをかけてくる同級生たちをスルーしてバスに乗った。
(あの公園にいるかもしれない)
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駅から歩いて数分のところにある、藤棚とベンチしかない公園だった。
ハルトは藤棚の下にルイカの姿があって、なんだか安心した。
ルイカはハルトに背を向けて、ノートに何かを書いていた。
ハルトはそんなルイカに声をかけずにそのままベンチに座ってルイカを眺めた。
ルイカは相変わらずのボサボサ頭で学校を休んだはずなのに制服を着ていた。
ルイカは夢中でノートに向かっていてハルトに気がつかなかった。
しびれを切らしたハルトは「なんで学校サボったの?」と声をかけた。
ルイカはゆっくりと振り向き、それからスマホを取り出して「あれ、もうこんな時間」と言った。
ルイカはノートを閉じてハルトの隣に座った。
「いつからいるの?」
「朝から。」
時間は夕方の5時になろうとしていた。
ルイカはお弁当を出してむしゃむしゃと食べだした。
「データは?」
ルイカはからあげを口に頬張りながらハルトの方を見てそう聞いた。
「あ、うん。はい。」
ハルトはペンをルイカに渡した。
いつの間にかハルトは録画をする癖がついていて、他のことには上の空でもなぜか録画だけはしていた。
お弁当箱を片付けたルイカはノートパソコンを取り出し、前のようにデータを移動した。
「実験はうまく進んでいるの?」
ハルトは文句を言おうと思っていたのだが、実際に目の前にすると言えずにいた。
「そうだね、私のときよりはいい結果が出ると思うよ。」
「私のときって?」
「私のときは小学生だったから、今みたいに実験道具が多くなくてね。スマホで録音したり、大変だったよ。ビデオカメラを教室で回すわけにもいかないしね。」
ルイカは「よし」と言ってペンをハルトに戻した。
「横蜂さんもいじめられてたの?」
「そうだよ。」
ルイカはなんてことないという感じでさらっとそう言った。
ハルトが何も言えないでいるとルイカが話しだした。
「私って変わってるみたいでね。人間ってそういうものを怖がるみたいなんだよね。それで攻撃しちゃうみたい。でも私にはその変わってるが普通なんだよね。普通ってなんだろうね?それは今もよくわからないや。」
「えっと、横蜂さんのときは成功したの?ほら、その実験。」
「結果的にはね。でも私も幼かったから、たくさん勉強する必要があったんだ。だからすぐにはうまくいかなかった。何年もかけて試行錯誤して、たくさん調べものもしたし、考えた。でも諦めなかったから、いじめてきた子たちは二度と私に関わらないって思ったと思う。それからはいじめられないための振る舞いを覚えたから。いじめられっこは小学生で卒業したよ。」
ルイカはいつものように早口でそう言うとニヤリと笑った。
「そうなんだ。僕にもできるかな。」
「できるよ。気持ちさえあれば、できないことはないよ。」
ルイカはそう言うと立ち上がり、「またね」と言って公園を出ていってしまった。
残されたハルトは日が沈みかけた空を眺めた。
もしかしたらルイカは昔の自分を見ているようで助けずにはいられなかったのかもしれないとハルトは思った。
「なんだよ。いじめられない振る舞いを教えてくれたらそれでいいじゃんか。」
ハルトはまた独り言をして立ち上がった。
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