ep.2 横蜂さんと友達になる
ハルトは重い足を動かし、なんとか学校までやって来た。
学校を無断で休むと親に連絡がいくからだ。
まったく過保護なシステムだとハルトは嘆いた。
親にあれこれ聞かれるのが面倒だったし、ハルトには学校でやりたいことがあったから渋々やって来た。
ハルトは昨日出会ったあの女子生徒、横蜂ルイカを探したかったのだ。
学校につくとまずは玄関でルイカを探した。
2年生の靴箱のまわりにはいないようだった。
靴箱には名前が記されているわけではないので学校に来ているのかどうかもわからない。
ジロジロと靴箱を見ていたから、ハルトは他の2年生から変な目で見られていることに気がついた。
何か言われても面倒なのでハルトは諦めて教室へと向かった。
2年生のフロアを見てみようかとも思ったハルトだったが、また変に目立ってもよくないのでやめておいた。
教室の窓から見えるのはグラウンドだけだった。
朝練をやっていた野球部の姿はもうない。
朝からクラスメイトにちょっかいをかけられたハルトはそれ以上探すのがめんどくさくなり、昼休みに屋上に行ってみることにした。
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クラスメイトはハルトの机や椅子を蹴ったり、大声で悪口を言ったりしていたが、今日のハルトにはそんなことはどうでもいいと感じていた。
いつもなら「やめてよ」と嫌がったりしているのだが、今日は無視を決めこんでいる。
無視すると相手は面白くないようでしつこくはしてこなかった。
そんなことよりも早く昼休みになればいいのにと思うばかりだった。
そして昼休みになるとハルトは弁当を持って屋上に向かった。
クラスメイトに「便所飯かー?」と言われたけど気にならなかった。
ハルトは屋上まで走った。
普段走るようなこともないので息が切れた。
屋上につくとそこにはルイカがいた。
「来ると思ったよ!」
ルイカはニヤリと笑いハルトに向かってそう言った。
「な、なんで?」
ハルトは息を整えながらルイカに近づいた。
「確実に死ねるように計算してきたよ!」
ルイカはノートを開いてハルトに見せた。
「え?!」
驚くハルトに「リベンジに来たんじゃないの?」とルイカは首を傾げた。
「ち、違うよ!」
「安心して。私の計算が正しければ即死できるよ。」
ルイカは嬉しそうにノートの計算式を見せた。
そこには図入りでどこからどの角度でどのくらいの力でジャンプするかが書かれていた。
「僕に死ねって言うの?」
ハルトはまた少しルイカに恐怖を覚えた。
「死にたいんじゃないの?」
ルイカは悪びれる感じもなく、ポカンとした感じでハルトに問いかけた。
「いや、そうだけど。いや、そうじゃない。飛び降りに来たわけじゃない。」
ハルトは軽く混乱していた。
「そっか。うん。自殺はいいことじゃないからね。」
ルイカは急に真面目な顔になり、ノートを閉じてその場に座ったかと思うと「いただきます」と言って弁当を食べだした。
「本当に僕が飛び降りたらどうするつもりだったの?」
ハルトはなんだか悔しい気持ちになり、もぐもぐ弁当を食べるルイカの正面に座った。
「自分の計算が正しかったか検証したと思う。」
ルイカは当たり前だとでも言うようにすぐにそう答えた。
ハルトはため息をついて自分も弁当を食べることにした。
ハルトはルイカに会えば何かが変わるのではないかと感じていた。
しかし彼女の興味は自分ではなく、自分のした計算式なのだと気がついた。
「いじめられてるんだね、綾波ハルトくん。」
急にルイカがそう言ったので、ハルトは弁当を喉に詰まらせそうになった。
「な、なんでそんなこと。」
「興味があったから調べたって言ったでしょ。」
ルイカは弁当を食べ終えて「ごちそうさまでした」と手を合わせていた。
「いじめられてるって知った上で屋上から飛び降りればいいって思ったわけ?」
「君が死にたいと言うなら私には止める権利はないからね。」
「普通さ、止めない?」
「止められたかったの?」
ハルトは自分の言っていることがよくわからなくなった。
「いや、ごめん。そういうわけでもない。」
ハルトはなんだか惨めな気持ちになった。
「いじめっ子にギャフンと言わせたいなら手伝うよ。」
ルイカはニヤリと笑って立ち上がった。
「ギャフンってなんだよ。」
「なんだろう。私も知らないや。調べてみるね。」
ルイカはスマホで調べだした。
そういうことじゃないとハルトは思ったが言わなかった。
「『中国古代の楽器「ぎょ(虎が伏したような形の木製の楽器)」の音が、人を驚かすようなものであったことから、この言葉が生まれたとも言われています。』だって。面白いね!」
ルイカはクスクス笑っていた。
「どうやってギャフンと言わせるのさ。」
ハルトは空になった弁当箱を片付けながら興味本位で聞いてみた。
「そうだね、まずは証拠集めかな。」
ルイカはそう言ってポケットからペンを取り出した。
「これ、私が作ったの。ここにカメラがついててね、ここを押すと録画と録音ができる優れもの。もちろんペンとしても使えます。」
ルイカは嬉しそうにハルトにそのペンを見せた。
「作ったの??」
ハルトはペンを受け取り、観察した。
「胸ポケットに入れておいて、いじめっ子に絡まれたら録画して。」
ルイカはそう言うと「またね」と言って行ってしまった。
ハルトは屋上でルイカに渡されたペンを眺めた。
普通の女子高生がこんなものを作れるはずがないと思った。
「スパイか探偵かよ。」
ハルトは独り言を言って屋上をあとにした。
────
ハルトは教室に戻る前にルイカに渡されたペンをブレザーの胸ポケットに入れてスイッチを入れてみた。
どうせ教室に行けば誰かが何かしらしてくると思ったからだ。
案の定、教室に入ったハルトに「便所から帰還か」とニヤニヤしながら言うクラスメイトがいた。
いつもならウザいなと思うハルトだったが、今は録画できてると思うとなんだか楽しかった。
それが顔に出てしまったのだろう、「何ニヤしてんだよ!キショッ!」と言われて足を蹴られてしまった。
ハルトは『足元は映らないからやめろよ』と思って嫌な顔をしてしまった。
それが痛そうな顔に見えたのか、クラスメイトは満足したように自分の席に帰って行った。
まわりのクラスメイトたちは何も言わずにクスクス笑っていた。
ハルトはできるだけその様子が映るように遠回りして席に戻った。
どのくらいの容量があるのかわからなかったのでハルトは席につくとペンのスイッチを切った。
ハルトはうまく撮れてるかどうかもわからなかったが、なんだか楽しい気持ちになっていた。
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放課後も同じように録画をしながら学校を出た。
バスに乗るまではちょっかいをかけてくるやつがいる。
校門を出ると隣のクラスのチャラチャラしたグループがハルトに近づいてきた。
「綾波ちゃーん。バス代がなくて困ってるのよ。貸してくれないかしら?」
ハルトはあっという間に囲まれて、ふざけた話し方の男子生徒に肩を組まれた。
「ごめん。今お金ないんだ。」
ハルトは俯いてそう答えた。
「PayPayでもいいんだよー?あるよねー?」
男子生徒は馴れ馴れしくつきまとい、ハルトは逃げ出すことができなかった。
「PayPayやってないし、本当にお金ないんだよ。」
ハルトは財布を出して男子生徒に渡した。
男子生徒はハルトの財布をあさり、「本当に何もないじゃん」と言って笑った。
「同じクラスの多田に取られたから。」
ハルトは数日前に財布は空になっていたことを伝えた。
「なんだよ、多田のやつ!」
男子生徒は眉間にシワを寄せてハルトのお腹にパンチをした。
「次はちゃんとお金持ってきてね!綾波ちゃん!」
男子生徒たちは笑いながら去って行った。
バス待ちをしていた生徒たちはハルトの方を見てヒソヒソと何かを言っているだけだった。
すぐにバスが来て、ハルトはお腹を抑えながらバスに乗った。
痛かったが、証拠を押さえられたと思って少し嬉しかった。
────
ハルトは駅前につき、あの公園に行ってみることにした。
大きな駅ではなかったが、この時間は中高生や買い物中の主婦なんかが歩いていて賑やかだった。
ファーストフードの店には楽しそうにハンバーガーを食べる学生がいてハルトは羨ましく思った。
公園につくとハルトが思ったとおりルイカがいた。
何をしているのか藤棚の下でノートに何か書き込んでいる。
「何してるんですか?」
ハルトが話しかけるとルイカはノートに書く手を止めてゆっくり振り向いた。
「考えをまとめていただけだけど。」
ルイカはノートを閉じるとハルトの方にやってきたかと思うとベンチに座った。
「あの、これ今日の分を録画してみました。確認できないので中身がどうなっているかわかりませんが。」
ハルトはブレザーの胸ポケットからペンを取り出してルイカに渡した。
ルイカは受け取り、リュックからノートパソコンを取り出すとペンを半分に折った。
真ん中からUSBの端子が現れた。
それをノートパソコンに差し込むと録画した画像が再生された。
「ふーん。」
ルイカはデータをパソコンに移動するとまたペンをハルトに渡した。
「どうですか?証拠になりますか?」
ハルトは不思議とワクワクしていた。
何かのミッションをこなしたようなそんな達成感があったのだ。
「そうね、これだけじゃ足りないけどね。」
「明日も撮ってきます。」
ハルトは嬉しそうにベンチに座っているルイカにそう言った。
「嬉しいの?またいじめられるのに。」
ルイカは首を傾げてハルトを見ていた。
「えっ?いや、そういうわけじゃないけど。」
ハルトはびっくりしてうまく切り返せなかった。
ルイカはノートパソコンをリュックにしまうと、またノートを出して何かを書き出した。
「あの、横蜂さん。連絡先とか聞いてもいいですか?」
「なぜ?」
「会いたいときにどこにいるのか聞きたいし。それに…」
ハルトはその言葉を出していいのか少し迷った。
ルイカはポカンとハルトの顔を見ていた。
「友達になってください。」
ハルトは顔が真っ赤になっているのに気がついた。
自分から友達になってだなんて人生で初めて言ったかもしれないと思った。
「いいよ。友達という定義が何かはわからないけど、君がそれを必要だと言うなら問題ないわ。」
ルイカはすぐにスマホを出して「何が知りたいの?電話番号?LINE?インスタ?XとFacebookもあるけど。」と早口でまくし立てた。
「あ、えっと、とりあえずLINEかな。」
ハルトは焦ってスマホを出して慣れない操作をした。
友達申請など久しくしていなくてやり方がわからなかった。
「貸して。」
ルイカはオロオロしているハルトのスマホを奪い、両手で2台のスマホを操作した。
「はい、できたよ。」
ルイカはそう言うとスマホをポケットに入れてノートを持ち、また藤棚の下へと行ってしまった。
「ありがとう!よろしくお願いします!」
ハルトはこういう時になんて言っていいかわからず、大きめの声でそう言ってしまった。
思っていたよりも大きな声だったのでハルトは恥ずかしくなった。
ルイカはそんなハルトをチラッと見て「またね」とニヤリと笑った。
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塾の実習室でハルトはスマホを眺めていた。
(こういうときはこちらからメッセージを送ったほうがいいのだろうか?それともスタンプか何かを送ろうか?)
ルイカとの何もないトーク画面を出して、どうするべきかと悩んでいた。
どれくらい悩んでいたのかわからないが、気がついたら授業の時間になって慌てて教室に入った。
結局ハルトはその日、何も送れずに終わった。
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