さようなら
幸樹は校舎を見上げていた。その校舎は戦前に建てられたものだ。とても古くて、趣がある。見ているだけで、心が和む。3年ここで学んだから、そう思うだけではない。この外観自体、心が和むのだ。
この校舎は藤瀬小学校が開校した時からあるらしい。とても歴史があるが、今年の3月でその校舎は役目を終える。そして、その校舎は解体されるという。寂しいけれど、老朽化が進行して、大きな地震が起きたら倒壊する可能性があるという。安全上の理由から、それは避けられないんだろうか?
「もうすぐこの校舎ともお別れなのか」
幸樹は寂しそうな表情だ。もうこの校舎にはもう戻れない。4月の入学式の頃には、すでに解体作業が始まっていて、もう校舎は見られなくなるだろう。様々な人々が行きかい、通い、学び、入学、そして卒業したこの校舎はもうすぐ、跡形もなくなる。
「いろんな思い出があったけど、どれも楽しかったな」
幸樹は振り向いた。そこには真新しい校舎がある。その校舎は旧校舎に比べて小さい。かつては何百人もいた藤瀬小学校も、今では10人を割った。生徒数が減少したのだ。この学区に住む子供たちが減少したのだ。今では廃校、そして統合のうわさもある。信じたくない話だが、本当の事だ。近隣住民の中には、藤瀬小学校の卒業生が多い。多く卒業生は、藤瀬小学校が廃校になるんじゃないかという不安する人も少なくない。
「来月からはあの新しい校舎か」
新しい校舎はバリアフリーが徹底していて、清潔感のあるトイレが魅力だ。だが、これがどれぐらい校舎でいられるんだろう。多くの住民が思っている。
「入りたくても入れない。来月にはなくなってしまう」
幸樹は残念がっていた。もうこの校舎には入れない。残念だけど、これからは新しい校舎で学ばなければならない。残念だけど、それは致し方ないんだろうか?
「寂しいな・・・」
突然、幸樹は光に包まれた。一体何だろう。
「うわっ!」
幸樹が目を開けると、そこには旧校舎がある。幸樹は振り向いた。そこには新しい校舎がない。どういう事だろう。昔に迷い込んだんだろうか? 幸樹は今の状況が理解できなかった。
「ここは?」
幸樹は見上げた。ひょっとして、昔の藤瀬小学校に迷い込んだのか?
「昔の校舎?」
外から見ると、窓からは多くの生徒がいる。その生徒は、どこか昔の風貌だ。ひょっとして、昔の藤瀬小学校にタイムスリップしたのかな?
「こんなに多くの生徒がいたんだな」
幸樹はここが藤瀬小学校だとは信じられなかった。今とは違い、とても多くの生徒がいる。とても賑やかだったんだろうな。そして、この辺りにはもっと多くの人がいたんだろうな。この頃は、廃校のうわさは全くなかったんだろうな。
と、運動場が騒がしくなった。幸樹は振り返った。運動会が行われている。
「これは運動会?」
運動会には多くの人がいる。生徒も来ている人も多い。とても多くの人がいるんだな。
「こんなに多く来ていたんだな」
とても賑やかだな。今の運動会は人が少なくて、とても寂しい。とてもこの風景からは信じられないな。
「この頃はとても賑やかだったんだな」
また幸樹は光に包まれた。そこは廊下だ。先日までいた旧校舎の廊下は板張りで、ぬくもりがある。あの頃と一緒だ。それに、多くの教室がある。今ではその多くは物置になっていて、入る事は少なくなっている。そこもかつては教室だったんだな。1クラスにどれぐらいの子供がいたんだろう。全く想像できない。
「ここは教室?」
幸樹は部屋の前の看板を見た。そこには数字がある。今では『1年』なのに、『1-1』や『1-2』がある。1つの学年に2つもあったとは。きっと多くの子供がいたんだろうな。
「こんなにクラスがあったんだ」
幸樹は再び光に包まれた。目を開けると、そこは元の風景だ。
「何だ、幻を見てたのかな?」
ふと、幸樹は考えた。昔は藤瀬小学校も、この辺りもとっても賑やかだったんだな。今では全く想像できないけど。
「この小学校はどうなるんだろう。あと何年あるんだろう」
そして、幸樹は思った。この小学校はあと何年あるんだろう。そして、この集落は、あと何年あるんだろう。子供たちがみんないなくなったら、住んでいる人は減り続け、やがて集落からは人がいなくなってしまうんだろうか? そうなったら、故郷はなくなってしまうんだろうか?