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9.バッティング

「リナ・エスパーダと申します。私をご存知だなんて驚きました」

「ああ、聞いてない? 俺ね、アダムと友達なんだ」


(あっ!)


 そういえば陰キャのアダムと陽キャのノエルは一見接点がないように見えるけど、実は幼馴染だったのを思い出す。


「アダムから君とアリシアちゃんの3人で面白い事業をすることになったって聞いてさ。あいつ、いつもは『僕はやめておくよ……』って消極的なのに、目をキラッキラさせてて。アダムをやる気にさせた子がどんな子か気になっちゃってね」


 ノエルは平民でありながら容姿の良さと人を楽しませる才能を武器に立ち回り、高い身分のパトロンが数えきれないほどいる。まだそこまで演劇の文化は根付いていないけど、彼はたまにパトロンの協力を得て仲間と共に公演しているはずだ。


「あのさ、アダムから君の計画も聞いたんだけど……よかったら俺も仲間に入れてくれない?」

「えっ」

「ほら俺、結構顔広いし。口利きとかできると思うんだよね〜」


(た、確かに……)


 コミュ力お化けのノエルに営業を担当してもらえたら、私もそのぶん別の仕事ができる。かなり魅力的なお誘いだった。


「あ、ただし一つ条件があるんだ」

「…………」


 うまい話には裏がある。何を要求されるのか身構えると、ノエルはにっこり笑った。


「アダムの小説を舞台化することが決まったら、主役を俺にすること」

「え……それだけ?」

「うん。本人は謙遜するけど、アダムの小説ってすごいでしょ? 俺はもっとあいつの小説を読んでもらえたらなーってずーっと思ってたんだ。けどあいつ、現状維持っていうか。多くを望まないし、俺が宣伝してもなかなか広められないしでやきもきしてたわけ。でも君が起爆剤になってくれたおかげであいつもいつになく前向きだし。友達として協力したいんだ」


 ノエルはそう言うと、私の手を取った。


「もちろんリナちゃんとも仲良くなりたいって下心もあるけどね?」


(うっ!)


 金色の流し目で射抜かれて、思わずよろけかけた。恋愛経験値が低い私にとって、ノエルは劇薬みたいなものだ。


「ありがとう。その……仲間が増えることは喜ばしいわ」


 スッと距離を取って、なんとか息を整える。そんな私を見てノエルは目を細めた。


「ふふっ。アダムから話を聞いた時はもっとやり手な女の子って感じだと思ってたんだけど、嬉しい誤算だな〜。あ、そうだ。親睦を深めるためにもこれから——」

「おい」


 威圧的な声に、私とノエルが振り返ると。


「……話は聞かせてもらった。俺も今話していた計画に混ぜろ」

「は!?」

「えっ。君も仲間になってくれるの?」


 ベイルの申し出にノエルは嬉しそうな顔をしたけど、私は真意が読めなさすぎて顔が引きつってしまった。


「文句があるのか?」

「い、いえ……」


 睨まれて、慌てて首を振る。仲間になってくれること自体はありがたいけど、今のベイルは正体を隠しているわけで……。


「ところで君、名前は?」


 ベイルの正体を知らないノエルが遠慮なく尋ね、どうするのか見守っていると。


「……ライルだ」


 目を泳がせながらベイルは一文字違いの名前を言い放った。


「ライルかぁ。うーん……気のせいかなぁ、君の顔、どっかで見たことある気がするんだけど」

「そ、そ、そんなことはない。どこにでもいる顔だ」


(それ言ってて悲しくない!?)


 ベイルは人を欺いたりせず、己の力でここまで来た。皇帝だけど計略を巡らせてのし上がってきたタイプじゃないから、嘘をつきなれていないのだ。


「そうかなぁ? んー……もう少しで思い出せそうなんだけど」


(このままじゃまずい!)


「ノエル、ひとまずこれ、営業してほしい人のリスト! 小説を売り込みに行って来てくれる!?」

「えっ。今すぐ?」

「ええ。あなたの処世術を遺憾なく発揮してちょうだい!」


 半ばリストを押し付け、私はノエルを店から追い出した。


「「…………」」


(沈黙が重い……)


 でも、いつまでもダンマリというわけにはいかない。私は意を決して口を開いた。


「あの……」



          ◇ ◇ ◇



 ベイルは内心かなり焦っていた。今日ここに来たのは、アリシアに近づくためにまずは彼女の友達兼雇い主のリナに秘密裏に接触しようとしてのことだ。皇帝としての印象があまり良くないことは自覚している。舞踏会のあの日だって、アリシアを怖がらせてしまった。


だからこそ、皇帝ではなく一般人として知り合うことが大事なのだ。幸い、これまでお忍びで出かけたことは多々あったため、変装はお手のものだ。問題はどう接するかだった。


ひとまずリナがいる書店に赴き、機会を伺おうとしていたのだが。突如、妙な男が乱入して来たのだ。そしてその口からアリシアの名前が出た時、ベイルは大いに動揺した。


(アリシア、だと!?)


 そこから聞き耳を立てていると、なんと乱入して来た男はあっという間にリナの仲間になってしまったではないか。


(遅れをとるわけにいくか!)


 聞いていたところアダムという男は心配なさそうだが、目の前の男は容易くリナの手を握ったり、歯の浮くようなセリフを吐いたりしている。このままではアリシアもこの男の毒牙にかかるかもしれない。心配と闘争心がせめぎ合い、深く考える間も無く彼は


「俺も今話していた計画に混ぜろ」


と言ってしまったのである。


(いや、経緯はどうであれ、ひとまず本来の目的は果たせたわけだ。まったく問題ない)


 そう自分に言い聞かせていると、リナがノエルを半ば強引に追い出した。そして2人きりになったリナは、言いにくそうに口を開いた。


「あの……ベイル様ですよね?」

「!?!?」


 心臓が飛び出すほどの衝撃がベイルを襲い、思考回路が停止した。


「なっ、何を言って……」

「その、実はとあるルートからベイル様が小説を好きとの情報を入手しまして……」

「し、知ってた……のか?」

「はい……」

「っ……」


 居た堪れず、かといってこのまま去って吹聴されるようなことは避けねばならない。そもそも「とあるルート」とはなんなのか。ぐるぐる様々な思いが駆け巡り、口をついて出たのは——


「口外してみろ。お前を殺す」


 暴君として、お決まりのセリフだった。

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