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8.営業強化月間

 ベイルが恋愛小説……しかもアダムが書いている小説を好きなことは、ベイルルートで好感度を上げに上げまくった終盤で明かされる。彼と交流していくとわかることだけど、ベイルがヒロインであるアリシアにつむぐ胸キュンワードは小説からの流用だったりするのだ。


(そして誰にも知られないよう、視察と称して魔法で姿を変えて街中に来ては恋愛小説を物色してるのよね)


 そんな彼とアリシアは出会い、正体を知らないまま交流していくのがベイルルートだったりする。


(身分違いの恋のお約束よね。それこそアダムが書いた小説にもそういう類のがあるし)


 暴君になったのも彼の母が宮殿内でいびられ、精神を病んでしまったことに起因する。守りたいもののためには強さを身につけなければならなかった。そうして彼が強さを誇示し続けたことによって先の戦争に打ち勝ち、この国は他国に侵略されることなく平穏を保っている。


(だからベイルは小説みたいに、身分に関係なく自分自身を見てくれる存在を欲しているのよね)


 ベイルには攻略制限がかかっていて、先に三人の攻略キャラをクリアしてパラメーターを上げた状態じゃないと彼のルートには入れない。言い換えると一番求められるスキルが高く、攻略に手間がかかるキャラなのだ。


(今のアリシアじゃ彼に太刀打ちするのは難しい。となると……やっぱり私が接触してなんとか味方につけるしかないか)


「……リナ、本当に大丈夫なの?」


 考え込んでいたのを見て心配になったのか、アリシアが気遣わしげな目で私を見た。


「大丈夫。リナ・エスパーダはこんなことで怯んだりしないわ」


 そう。今の私は才色兼備で、幅広く事業を手がけるエスパーダ家の一人娘なのだ。


「こっちのことは私に任せて、二人はそれぞれのミッションをクリアしつつ朗報を待ってて」

「……わかった」

「くれぐれも無茶しないでね」


 私は力強く二人に頷いたのだった。



          ◇ ◇ ◇



 獲物を狙うには、まず餌でおびき寄せる必要がある。そのために私は営業に力を入れた。


リストにあげていた人たちにアポを取り、アダムが書いた本を手土産に渡り歩く毎日。靴の底がすり減る感覚が妙に懐かしく、追い返されても粘ってプレゼンを続けた。


「小説って言われても、興味ないのよね〜」


 女性に人気な香水を製造し、自身も美のカリスマとして社交界で名を馳せているグレイス侯爵夫人には


「あら、それはもったいないです。小説を媒体にすることによって、こちらの商品をより深く知ってもらうこともできますのに」

「……どういうことかしら?」


 商売に繋がると知って目の色を変えたのはこの夫人だけじゃない。私はあらかじめ用意しておいたプレゼン資料を彼女に見せた。


「ご覧のようにルチダ・アムカーの恋愛小説の購入者は女性が圧倒的に多いんです。ルチダはフィクションの中にもリアリティを混ぜ込むことをポリシーとしていて、小説内には実在するものが多数登場します。例えばこちらの小説にはこの化粧品が登場するのですが」


 私が取り出した口紅を見て、夫人は目の色を変えた。


「グローリー社の口紅……一時期爆発的にヒットし、品薄状態になったわね」

「はい。実はそのヒットした時期と小説が発売された時期が重なるんです」

「つまり……小説を読んだ女性がこぞって買い求めたということ?」

「ええ。作中では地味で消極的なヒロインがこの口紅をつけたことをきっかけに殻を破り、好きになった男性と対峙していく描写が丁寧に描かれています。ルチダが描く女性は何かしらコンプレックスを持っていることが多く、そこが読者に共感を持ってもらえるポイントとなっているのでしょう」


 私は自らの唇に口紅を塗って見せた。


「自分もこの小説のヒロインのようになれるのではないか。そんな憧れからオシャレを楽しむ方も少なくありません。他にもデートスポットであったり、食べ物であったり、ルチダの小説で出てきたものは人気が出る傾向にあるんです」

「……なるほどね。うちで出している香水を小説に出してもらえたら、売り上げが伸びる可能性もある、と」

「はい。ただ今まで通り長編小説はルチダのイメージに合ったものを題材にしてもらおうと思ってまして。そこに打算は挟みたくないんです」

「あら。お金を積んでもそこは譲れないということ?」

「はい。私はルチダの作品のファンでもあるので。その代わりに提案させていただくのは、御社の商品をモチーフにしたショートストーリーです。小説のように長文を読むのが苦手な人でも読みやすいよう、このように文量を抑えた話になります」

「……確かにこれくらいならすぐ読めそうね」


 サンプルを手に取った夫人はふと目を見張った。


「ここに出てるのは……うちのスリーピングビューティーね?」

「はい。眠る間際に吹きかけることで心地よい眠りへと誘う……。こんな香りの纏い方もあるのかと、斬新さに驚かされたました」

「ふふ。殿方を誘惑する香りもあれば、心を落ち着かせる香りもある……。女にしかできない経営もあるということよ」


 サンプルをめくっていた夫人はふと用紙へと顔を近づけた。


「この用紙の香りは……」

「気づかれましたか。そうです、スリーピングビューティーをまとわせてあります」

「なるほど……。香りを商売にしている以上、イメージとあっているかどうかは実際に試してもらわないとわからないデメリットがあるわ。だからこそ紙媒体でイメージや情報を知ってもらうことは有利に働くでしょうね」

「では……」

「まずはお試し、ということで。提携の話、承諾しますわ」

「ありがとうございます!」


 幸いにも名のある方々が提携を受託してくれたおかげで、渋っていた企業も提携を考え直してくれる流れになってきた。


(さあ、あとは……)



          ◇ ◇ ◇



 私はゲームでの記憶をできる限り書き起こし、ベイルが書店に来るであろう時間帯にスタンバイした。そして——


(来た!)


 いよいよ真打——魔法で見た目を変えたベイルが書店の扉を開けて入ってきたのだった。


「…………」


 ベイルは髪を黒く染め、できる限り目立たないようにいていた。だけど彼は攻略キャラな上に皇帝だ。いくら地味にしようと滲み出るオーラは隠しきれない。


(可哀想だけど、こっちの要求を飲んでもらうためにも秘密を暴かなきゃ)


 そう思って彼に声をかけようとした、その時だ。


「こんにちは〜」


 ゆるふわパーマがかかった茶髪の男性が空気を読まず店に入ってきた。


(え……。待って、まさか……)


「あ、君がここのオーナーのリナちゃんかな? 俺はノエル・ボーゲン。よろしくね!」


 にこっと笑いかけてきたこの男……予期せぬ攻略キャラの登場に私はあんぐり口を開けた。


(いや、なんであなたまで来ちゃうの!?)


 ゲームでも攻略キャラが複数登場することはあったけど、それはイベントの解放条件を満たした場合だ。


(……舞踏会をサボって出会いのイベントを発生させなくてもジークとアダムには会った。ってことは、この2人ともいずれ会う運命だったとか……?)


 にしても今日はベイルとの大事な商談を控えているのだ。ベイルの秘密を守るために、アリシアにも席を外してもらった。それなのに部外者がいたら、彼の秘密を暴くことができない。


(ここは……追い払うしかない)


 私はノエルにニコッと微笑み、会釈をした。

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