4.続・攻略キャラとの出会い
メインキャラと関わりを持たない、というスローガンは転生二日目であえなく潰えた。とはいえこっちは公爵令嬢だから、平民のアリシアが会いに来ない限り、友達付き合いをすることはそこまでないと思っていたのに。
「おはようございます、リナ様!」
友達になってからというもの、アリシアはこうやって私の部屋の前で出待ちをするようになった。
「い、いつからいたの?」
「少し前からです。お兄ちゃんがリナ様の予定を教えてくれたので……」
(ちょっ、個人情報流出じゃないの!)
げんなりしたけど、小動物のようにちょこちょこついてくるアリシアを追い払う気にはなれない。というか追い払ったが最後、私はセラスに消されるだろう。
「……私といても楽しいことはないわよ?」
「そんなことありません! リナ様からいろいろ学ばせていただきます!」
「そう……」
「今日はエスパーダ家が所有しているお店の視察をされるとお聞きしました。女性でありながら経営にも着手されているなんて、本当に尊敬します!」
「まあこの時代、珍しいわよね」
手広く商売をしているエスパーダ家にはリナしか子供がいない。普通は女性として蝶よ花よと育てられるところだけど、両親は将来エスパーダ家を担う人材としてリナを育てた。経営をはじめとする勉学はもちろん、体術や芸術、ありとあらゆる教育を施した。それもこれも娘が男社会の荒波に飲み込まれないようにするための親心だ。
「私が任されているのは〝エンカウント〟って書店なんだけど、赤字を出したら経営権を取り上げられることになっているの」
「ええっ。援助してもらえたりは……」
「ないない。両親は現実主義者だからね」
ゲームではアリシアと張り合うようになってからというもの、恋にうつつを抜かしたリナは経営をおざなりにしてしまい、あれよあれよという間に店を廃業に追いやってしまった。そうして「やっぱり女に経営は無理だ」と後ろ指を指されたこともリナが悪役令嬢に身を落とした要因の一つと言える。
(公爵令嬢として嫁入りするより商売で生計を立てるって方が性に合ってるし、経営を任されている書店は私の生命線だから何としても死守しないと)
もう攻略キャラを振り向かせるために女を磨く必要はない。そのぶん経営に全振りする予定だ。
「書店って私にはあまり縁がなくて。小説とか、読んでみたいとは思うんですけど……」
(でも高いし、興味止まりってパターンか……)
エンタメが充実していた前世からは考えられないくらい、この世界では娯楽要素が少ない。オタクにとっては非常に生きにくい世界と言える。
「まだそこまで普及してないからイメージしにくいかもしれないけど、表現には無限の可能性があるの。書店だってうまくいけば、一大企業に発展する可能性も秘めてるし……!」
思わず拳を握って力説すると、アリシアは目を輝かせた。
「リナ様は未来を見据えていらっしゃるんですね。さすがです!」
「ま、まあね」
純度MAXの羨望の眼差しは、なんだかむず痒い。
「でも一人でやれることには限度があるわ。手を借りたくても今の私にはこれといった実績がないし……」
「わ、私、お手伝いします!」
迷いなく手を挙げてくれたアリシアを見て、ふっと笑みが漏れた。
「ありがとう。じゃあ……手伝ってもらおうかしら」
「はいっ!」
「……ああ、そうだわ。敬語、やめてもらっていいわよ」
「えっ! でも、私は対等な身分ではありませんが……」
「そうなんだけど……同い年だし、あまり堅苦しいのは好きじゃないの」
「そういうことならわかりま……いえ、わかった!」
気を取り直したように言い直すと、アリシアは私に笑いかけた。
「これからよろしくね、リナ!」
「ええ。よろしくね、アリシア」
パラメーターが低かろうと、アリシアはいい子だ。できたら彼女には幸せになってもらいたい。
(彼女とは友好関係を築いて、経営を極めていこう)
となると、考えなければならない問題が複数ある。
◇ ◇ ◇
「着いたわ。ここが私が任されている書店よ」
大通りに並ぶ店の中で一際年季が入った書店。こぢんまりとした外見だけど、品数は結構豊富だ。だけどこの世界では誰でも気軽に本を読めるというわけじゃない。
(読み書きができない人もいれば、本の値段が高いから、買えるのは貴族に限られてしまってる。そして何より……)
私は本棚に並べてある一冊の本を手に取り、ページをめくる。
(……殺伐とした内容で、ロマンもへったくれもあったもんじゃない)
前世のようにエンタメに特化した作品はまだ少なく、教訓を得るとか、ただただ下品だとか、読んでいて心躍る作品がない。つまり……つまらない!
(もっと大衆が熱狂するような内容のものじゃないと普及は難しい。だけど……この世界には救世主がいる)
——アダム・ルーチカ。ペンネームは本名のアナグラムのルチダ・アムカー。コミュ障の引きこもりだが、彼の書く小説はかなり面白く、既に一部の貴族にファンがついているのだ。
(活字の世界だと雄弁で想像力豊かなんだよね)
恋愛や冒険譚など、彼の書く話は前世のエンタメに近いものがある。
(うまく売り出せば、かなりの収益が見込めるはず)
今はフリーで書いているけど、エスパーダ家が彼と専属契約を交わせれば〝あの書店でしか買えない〟という付加価値をつけられる。
(極力関わりを持ちたくなかったけど、背に腹は変えられない)
こっちは彼が引きこもっている場所もわかっている。ただ問題は……彼が素直に了承してくれるとは思えないことだ。
(ゲームだとコミュ力のパラを上げることでいろんなキャラから情報を得て、その情報が小説に活かせそうってことでアダムも興味を持ってくれるんだよね)
しかしそれはアリシアが頑張った結果だ。ライバル関係でない今はアリシアがそこまで頑張る理由もない。
「リナ、どうかしたの?」
どうしたものか悩んでいたら、アリシアが気遣わしげに私を見た。
「あ……えっと、ある小説家に力になってもらいたいんだけど、それが一筋縄じゃいかなくて……」
と、そんな話をしていた矢先。カランとドアベルの音と共に書店の扉が開き、フードを目深に被った人が入ってきた。
(ん? あの人……)
私たちに気づくと、その人はスッと静かに隣の本棚へと移動してしまった。
「…………」
本棚の影に身を潜め、気づかれないようにその人へ目を向けると。
「おおお……この植物図鑑こそ僕が求めていたもの! この書店にならあると思った僕の目に狂いはなかった!」
声を潜めて興奮気味に早口で喋ると、その人は高々と植物図鑑を掲げてみせた。その拍子に、被っていたフードが外れ——
(!!)
薄紫の髪はヘルメットのように切りそろえられ、長い前髪で目は隠れている。かなり特徴的な彼こそ稀代の小説家、アダムだった。