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35.理想と現実

 この世界はエンディングを迎えると最初の舞踏会の日に巻き戻るらしく、みんなそれぞれの役どころで物語を紡いでいるらしい。


 ヒロインはアリシア、そんなヒロインと恋をする四人のヒーロー、そして悪女のリナ。


 リナの執事として働いているセラスは、アリシアの命を救ったことから付き従っていたようだ。しかしヒロインが幸せになるためには悪女は滅びなければならず、この世界のルールによってセラスがリナを手にかけている話もあった。


 そして最も残酷なのは、世界が巻き戻る中、魔導書を使った影響でリナだけは記憶がリセットされず、蓄積されているらしい。つまりリナはこれまで自分がどんなふうに殺されたのか息絶えるその瞬間まで記憶していたということだ。


 悪女の役どころになってからは役にあった言動、行動以外は制限されてしまい、運命に抗うこともできずに数えきれないほどの苦痛と恐怖を味わってきた。


それが『悪女であるリナ・エスパーダ』の真実であることがわかり、私は愕然とした。


(……じゃあ私が呼ばれたのはどうして?)


 ページをめくっていた私はあるページで手を止めた。



          ◇ ◇ ◇



「そこ、ちょっと邪魔なのでどいてくださる?」

「は?」

「だから、邪魔なのよ」

「なんっ……!」


 憤慨した様子のジークを押しのけ、リナはぽかんとしているアリシアに目を向ける。


「あなたも、ちょっとどいてもらえるかしら?」

「あ……はい」



          ◇ ◇ ◇



 これまで出てきた形とは違う、悪女であるリナとアリシアの出会い。これは――


(私がリナになっているときの出来事だ……)


 その前のページに戻ってみると、悪女として死ぬループを繰り返していたリナがこの世界の人物が運命を変えることはできないと悟り、ある実験を試みたことが書かれていた。



          ◇ ◇ ◇



「リナ様、この実験は本当にうまくいくんでしょうか?」

「わからないわ。でももうこの方法しかない。セラス、今度はあなたが魔導書に代価を払う番よ」


 セラスにとっては「妹の親代わりとして幸せになるのを見届ける」ことが何より重要だった。そのため魔導書がセラスから奪ったのは……。



          ◇ ◇ ◇



「寿命……」


 表向きは体調不良としていたが、魔導書の影響によるものだったこと。そして実験を途中で中断せざるを得なかったのは、セラスの寿命が尽きるのをリナが恐れたからだと記されていた。


「来てしまったのね、フィーナ」

「!」


 背後からかけたられた言葉に驚き、恐る恐る振り返ると――


「悪女らしからぬ言動や行動はすべて阻止されてしまうけど、あなたを逃がすことはセラスたっての望みだったから、それらしい理由をつけて逃がしてあげたのに」


 悪女と呼ぶにふさわしい、毒々しい真っ赤なドレスを身にまとったリナは物憂げに私へと目を向けた。


「やっぱりあなたはこの世界の影響を受けない、異質な存在みたいね。羨ましいわ」


 ここに書いてあることは事実なのかとか、ノエルが見張っていたはずなのにどうして来れたのかとか、聞きたいことは山ほどあったのに。


「あなたは……悪女じゃないの?」


 私を羨ましいと言った彼女の目が勝気な口調と違って寂しげに見えて、思わずそんなことを聞いてしまった。


「……私が愚かだったのよ。セラスに乞われて、エスパーダ家が保管していた魔導書を安易に開いてしまった。あの時はアリシアを救ってあげられるのならと思っていたけど、その結果どうなったかは見ての通りよ。私がやることなすこと全てが裏目に出て、私の評価は地に落ちた。この世界のヒロインはアリシアで、私は悪役として彼女を引き立てて死ぬだけの存在。何度変えようとしても、私の運命は変えられなかった。だからね、考えたの。変えられないのなら、壊してしまえばいい。そのために召喚したのがあなた」


 微笑み、彼女は私へと一歩距離を詰める。対して私は一歩後ずさった。


「観察していたけど、あなたは何の制限もかけられてないでしょう? リナになったあなたがこのまま私を救ってくれるならと期待したけど、魂の入れ替えを維持するためにセラスの寿命が削られていくことがわかって、断念したの。でも……この世界を変えられるのはやっぱりあなたなのよ」

「ちょ、ちょっと待って。私なんて見ての通りの冴えないアラサーで、世界を変える力なんて……」

「ない、とは言わせないわ。あなたはこの世界でエンタメを広めようとしてたじゃない。そうしてたくさんの人に影響を与えた」

「あれは……ここで生きていくしかないって腹をくくったのと、リナ・エスパーダとしてならそれができると思ったからで……」

「でもこの世界の力が及ばず、自由に動けるのは事実でしょう? それにあなたが関わったことで、これまで見たことがないストーリーが紡がれていった。あなたがいると他のみんなもこれまでと違った表情を見せて、私も……こうしてまともに対話できてる。あなたならこの世界をこれまでと違う形に書き換えられるはずだわ」


 リナはそう言うと、懐からナイフを取り出した。


「何を……」


 言い終えるより先に、リナが自分の首筋にナイフを押し当てた。


「やめて!」


 血の気が引いて叫ぶも、ナイフはリナの首筋に刺さることなく皮一枚のところで止まっている。ナイフを持つ彼女の手は震えていた。


「ほらね。私は自分で自分を殺せないの。嫌われ者として生かされ続けて、最後にはいなくなってよかったと思われて死ぬ。そんなのはもうたくさん。お願い、私を救って」


(そりゃ私だって救えるものなら救いたいけど……)


 こういう時、リーダーシップを取れたらどんなにいいだろうと思う。だけど現実の私は迷ったり悩んでばかりだ。


「魔導書は……代価を払えばなんでも願いが叶うの?」


 運命を狂わせた根本について知る必要があると思い、ひとまず魔導書について聞いてみることにした。


「……ええ。でも願えるのは一人一つまでで、もう私の願いは聞き入れてもらえなかったわ」


 だから召喚に関してはセラスが願ったのだろう。つまりリナとセラスはもう魔導書を使う権利を失っている。


「じゃあ私があなたを救うよう願うことはできる……よね」

「……可能性はあるけど、最も大切なものを対価として取られると知りながら、願ったりはしないでしょう?」

「でも……私があなたの事情をみんなに説明してもあなたが悪女として振る舞うことしかできないとなると、根本的な問題は解決しないよね。ヒロインが幸せになるための物語である以上、悪女は邪魔する役どころだろうし。そうなってくると、この世界の設定を変えるしかないわけで……」

「アリシアを救おうとした私はこんな目に合ってるのよ? あなたもきっと後悔するわ」

「後悔、か……」


 この世界に来て大切にされたり、みんなと一緒に切磋琢磨したり、苦難を分かち合った日々がよぎる。モブにしてはかなりいい思いをさせてもらった。みんな個性的で、でも愛すべき仲間だ。


 ゲームの通り、アリシアと誰かがくっつくのはまだしも、悪だとしてリナが処刑されたり殺される姿は見たくない。かといってバッドエンドで誰かが死んだり苦しむのも嫌だ。


「私は家族も恋人もいないし、いつも代わり映えしない毎日の繰り返しで、もうずっとこのままなんだろうなーって思ってた。だけどこの世界で生きがいを見つけて、あれ、私ってこんなことできるんだーとか、元の世界の知識が役立ったりして、これまでのことって無駄じゃなかったってことに気づけたの。……初めて、生きてるのが楽しいって思えたんだよね」


 なりたかった自分になれた、というのだろうか。生きていてそんな瞬間がくるだなんて、思ってもいなかった。


「そう思えたのは知り合えたみんなのおかげだし、あなたの実験のおかげでもある。だからみんなが幸せになれる可能性があるならやってみたい」


 この世界に来る前の私だったら、こんな主人公みたいな役割は誰かに任せていた。そうしてその人の背中を後ろの方でただ見ているだけだっただろう。


(いつか私も、って夢見てるだけで、心のどこかで諦めてた。でもきっと、私にとっての〝いつか〟は今なんだ……!)

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