34.本当のヒロイン
「えっ!?」
やっぱり考え直したいとかそういうことだろうかと思っていたら、
「間接的だったから、告白にカウントしないでほしいんだ。全部片付いたら、改めてするから」
顔が真っ赤なアダムを見るに、かなり勇気を振り絞ってくれたんだろう。
「わ、わかった……」
なんだか妙に気恥しく、私も簡潔に了承することしかできなかった。
◇ ◇ ◇
ノエルは話していた通りうまく立ち回り、屋敷の間取り図や魔導書の隠し場所と思しき場所の調査を秘密裏に進めてくれた。
(パーティーの日取りも決まったし、招待状も融通してもらえることになったけど……なんだかうまくいきすぎてて逆に怖い)
リナが静かなのも不気味で、得体のしれない怖さがあった。
「おいおい、やけに浮かねえ顔だなぁ」
「あ、エルヴィン……」
私とエルヴィンは城からほど近い宿に泊まっていた。といっても部屋は別々で、こうして時間を合わせて私の部屋で情報交換をしたり、作戦を練る日々が続いていた。
「もうすぐ作戦決行だぞ? なんか悩んでんなら今のうちに吐き出しとけよ」
「悩んでるってわけじゃないんだけど……もうここに滞在して一週間経ったのに、特にリナから何か仕掛けてくるわけでもないから……」
「ああ、警戒してたから肩透かし食らった気はするけどよ。これでリナが魔法を自在に使えるわけじゃねえって可能性は上がったな」
エルヴィンは人脈を駆使してリナのことを探ってくれていたけど、リナが魔法を使えることはおろか、魔法を使ってるところを見た者も見つからなかった。
「魔導書についてはベイル様やジークに調べてもらったが、今となっちゃそこまで強力な魔導書は現存してねえらしい。まあそんなもんがあったら悪用されないよう厳重に保管されてるわな」
「そうだよね……」
ゲームでも魔法を使える人は限られていたし、ステータスも体力や知力といった現実的なものばかりで、この世界で魔法はそこまでポピュラーなものではなかった。だけど魂の入れ替えが実際に起こったことである以上、軽視するわけにもいかない。
「得体が知れねえ相手ではあるが、お前は一人じゃねえ。だからドーンと構えてろって」
バシッと背中を叩かれ、苦笑する。
「ダメだね、私……。うまくいくことより最悪なことばかり考えちゃって……」
「あ? 別にダメではねえだろ。歳を重ねて酸いも甘いも知ってきたら、楽観視できなくなってくるのは当然だって。そういう人生経験豊富な先人がいるから、この世はうまく回ってんだ。じゃなきゃ不測の事態に直面したとき、対処できねえよ」
「エルヴィン……」
後ろ向きだとウザがらず、前向きにとらえてくれていることに安堵する。それと同時にこんな同期が現世の職場にいたら頼もしかっただろうな、と思わずにはいられない。
「本当に私、エルヴィンと知り合えてよかったよ」
「やめろよ、これが最後じゃあるまいし」
「いや、本当に……感謝してるの。私一人じゃここまでのことはできなかったよ。ありがとう」
ぺこりと頭を下げると、エルヴィンは気まずそうに頬をかいた。
「まあ……あれだ。こうして知り合ったのも何かの縁だし、お前がどんな選択をしても俺をはじめ、この縁がそう簡単に切れることはねえ。それだけは覚えとけ」
「うん」
リナに関しては小説に関する独裁的な経営をやめてもらうことと、私も携われるようにしてもらえたらと思っている。もし魔法の支配が他のみんなに及ぶものじゃなかったら、平和的に解決できるかもしれない。
(乙女ゲーをしながら同じ日常を繰り返してきたときは、やりたいことや叶えたいことなんてなかったのに……)
リナの事情であったにしても、この世界に来れたことに私は感謝していた。
このままことが丸く収まれば、なんて。平和な世界で育った私は、まだ自分の常識内でしか物事を計れずにいたのだ。
◇ ◇ ◇
パーティー開催日当日。ノエルの協力のかいもあり、私、エルヴィン、アリシア、アダム、ジーク、そしてライルに扮したベイルの六人はパーティーの招待客として、エスパーダ邸に入りこむことに成功した。
ノエルはリナの横に控え、会場の外に出ないよう見張ってくれることになっている。
「お兄ちゃん……部屋にいるのかな」
各自手にした間取り図に目をやる中、アリシアはやっぱりセラスのことが気になるようだ。
(万一に備えてアリシアはベイルと一緒にセラスのところに行ってもらうことになってるけど、心配よね……)
「アリシア、行くぞ」
「あ……はい。みんなも気を付けてね」
ベイルと一緒にアリシアがセラスの部屋に向かうのを見送り、私たちもあらかじめ分担してあった場所へと散っていった。ノエルの調べてはカギがかけられた部屋もあったが、「開けられそうだったから開けておいたよ」とのことだった。
(あんな笑顔で言われちゃうと、誰も突っ込めないって……)
なんてことを思い出しつつ、問題のカギがかかっていた部屋に入ってみる。
(うわ、本だらけ……)
部屋一面本棚に本が並べられていて、しかもどれもかなり年季の入ったもののようだった。
(書庫……なのかな? )
背表紙を眺めながら観察していると、『愛憎不落』と言うタイトルが目に留まった。
(ゲームと同じタイトルだ……)
ちょっと気になり、抜き出して中身を見てみることにした。
(ん?)
表紙には『愛憎不落』と書かれた下に『アリシア・クレムリンの物語』と書かれていた。
(なんでアリシア……?)
最初のページをめくり、目を通していく。
◇ ◇ ◇
アリシア・クレムリンは両親を早くに亡くし、自身も病弱で十歳まで生きられないだろうと宣告されていた。兄であるセラスは手を尽くしてくれたが、願いもむなしくこの世を去る……はずだった。
しかしこの世界のヒロインであるリナ・スパーダが対価を払ってアリシアを生かしたことにより、この世界は大きく変わることとなる。
――魔導書が欲するのは、その者の一番大切にしているもの。
ヒロインとして愛され、幸福な一生を送るべく努力していたリナはヒロインと敵対する『悪女』に成り下がった。代わりにアリシアがヒロインとなり、リナは悪女として殺される役どころとなった。
この世界において『悪女』はヒロインが幸せになるための障害であり、排除されるべき存在なのだ。醜悪で自己中心的で手段を選ばない。誰もから憎まれるべき存在。
彼女の意思は関係ない。この世界はアリシア・クレムリンを中心に回りだしたのだから。
◇ ◇ ◇
「どういうこと……?」
そんな話はゲームに描かれていなかった。『愛憎不落』のヒロインはアリシアだと思っていたけど、もしこの話が本当だとしたら、固定概念が覆されることになる。
「この後は……」
さらにページをめくると、ゲームでいうところのエンディングまでの流れが書き綴られていた。
ベイルルート、ノエルルート、ジークルート、アダムルート、各種バッドと、その全てで必ずリナは死ぬ。ある時は首をはねられ、またある時は火あぶり、串刺し、毒殺と……どのエンディングにもリナは生存していない。
(ゲームではこういう役どころだから仕方がないと思ってたけど、リナからしたら自分が享受すべきだったものをアリシアに奪われたことになる……よね)
――彼女が加害者でなく、被害者だったのだとしたら。
そう考えると、リナに対する見方も変わってくる。




