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33.取り合い

「ダメーーーーっ!!」


 今まで聞いたことがない叫び声と共に、アダムがノエルに捨て身タックルをかまし。


「うわっ!」


 ノエルはアダムともども倒れ、床に無造作に置かれていた原稿用紙が舞い上がった。


「またキスしようとして! ぼ、僕だって怒るんだからね!」


 真っ赤になって怒るアダムはノエルに馬乗りになっていたけど。


「……また、って。俺、彼女にキスはしたことないはずなんだけどなぁ」


 その言葉を聞くやいなや、自分の失言に気づいたらしく青ざめた。


「あ、ちが、今のは……」

「まいったな。かまをかけただけのつもりだったんだけど、まさか当てちゃうとはね」


 すっかり戦意を喪失したアダムはノエルの上からどくと、困ったように私を見てきた。


(ここからノエル相手に言い繕うのは難しい……よね)


 リナのようにステータスがカンストしていたら窓から飛び降りるなりして逃げられたかもしれないが、三十代で運動もろくにしてない私には到底無理だ。


「ねえ、君……本当にリナちゃんなの?」


 問われて一瞬迷うも、私は観念して頷いた。


「ごめんなさい。……これが本当の私なの」


 並び立つには圧倒的に不釣り合いで、穴があったら入りたいくらいだ。縮こまっていると、


「俺、別に年齢とか容姿はどうでもいいよ。中身がリナちゃんってことが重要なんだ」


 いつになくノエルは真剣な目をして見つめてきた。


「どうしてアダムには明かして、俺には教えてくれなかったの?」

「いや、アダムにも明かすつもりはなったんだけど、バレちゃって……」

「……何があったか教えて。言うまで逃がさないからね」

「はい……」


 静かにキレているらしいノエルを前に、私は不可抗力であったことを話して聞かせたのだった。



          ◇ ◇ ◇



「異世界から来たなんて、君は存在自体が特殊だったんだね」


 最初は不機嫌だったノエルも、私の話を聞くうちに面白好きの血が騒いだらしい。途中で異世界にはどんなものがあるのか尋ねだし、アダムが軌道修正してくれたおかげで何とかここに至る経緯まで話せた。


「でも話に出てた魔導書は俺も見たことないなぁ。俺もこんな風に使い走りもしたりするから、四六時中リナの傍にいるわけじゃないしね」

「そう……。じゃあやっぱりパーティーの時に忍び込んで家探しするしかないみたいね」

「ノエル、リナに気づかれないように僕達を屋敷に招き入れることはできそう?」

「それは大丈夫だと思う。リナもパーティーの間は招待した人たちへの挨拶回りでしばらく会場の外に出ることはないだろうし」


 リナの執事になっただけあって、ノエルは彼女の予定や行動パターンを完璧に把握していた。


「にしても、リナが魔法を使えるって言うのは意外だった。少なくとも俺の前では一度も使ったことないからさ」

「私が知りえた情報の中のリナも魔法なんて使ってはいなかったし、使えるならもっと乱発してもよさそうなのに、今のところ魔法を使ってる形跡はないんだよね……」

「魂を入れ替える魔法しか使えない……ってことなのかな?」


 アダムの言葉に私は首をひねった。


「そうだとするとかなり限定した魔法になるよね。必ずしも自分にとってプラスに働くとは限らないし」

「そのあたりは魔導書を取り上げてから聞き出せばいいんじゃない? ひょっとしたら、君を元の世界に戻せる方法も隠してるだけかもしれないし」

「……うん、そうかもね」


 ノエルに言われてハッとした。


(そっか、元の世界に戻るって選択肢もあるのか……)


 元の世界に心残りがなかったから、ここで生きていくことに関してはそこまで悲観していなかった。


(戻ってもまた一人に戻るだけで、帰りを待っててくれる家族も友達もいないし……)


 そんなことを考えていたら、アダムが泣きそうな顔をしていることに気づいた。


「元の世界に……帰っちゃうの?」

「えっ」

「そしたらエンタメ世に広め隊も解散……だよね?」


 アダムは私が帰る選択をすると思ったらしく、意気消沈していた。


「……もし帰れたとしても、私はここでみんなと小説を広めていきたい。リナの時みたいにうまくはいかないかもしれないけど……」


 失敗するリスクが頭の中にちらつくけど、ここに来て味わったあの達成感や感動を手放したくはなかった。


「時間はかかっても、みんなで最初に掲げた夢を叶えたい。こんな私で良かったらだけど……」

「〝こんな〟じゃないよ。僕もアリシアも、君と一緒に叶えたいと思ったんだ。だから……残ってくれるなら嬉しい」

「アダム……」


 必要とされてることが嬉しく、私も思わず涙ぐみそうに――


「うんうん、好きな子が手の届かないところに行ったら困るもんね」


 私たちのやり取りを見ていたノエルにしたり顔で頷かれ、涙は引っ込んだ。


「なっ、何言ってるの。ノエル、黙って!」


 アダムが抗議したけど、


「いや、もう手遅れだよ。リナちゃん、俺たちのやり取り聞いてたんでしょ?」

「あっ」


 そうだった。ノエルに見つかったことでそれどころじゃなかったけど、クローゼットの扉一枚隔てたところで告白ラッシュを受けていたのだった。


「俺は君が帰るつもりならついていこうかと思ったけど、残るつもりなんだね。嬉しいな」


 そう言って、ノエルは上機嫌で私の右手を取る。それを見たアダムが


「ノエル! 抜け駆けしないで!」


 と私の左手を取って引っぱり……。


(あれ、これって……)


「これくらいスキンシップってことでいいじゃん」


 ノエルも負けじと右手を引っ張り、両者一歩も譲ろうとしない。


(これは……〝私のために争わないで〟とか言うシーンなんだろうけど)


 普通に左右で引っ張られたら痛い。と言うか、裂ける。


「ストップ! 二人の気持ちは嬉しいけど、三十代だからもっと労わって!」


 ちょっと情けないけど、私は少女漫画のヒロインより身の安全を優先することにした。


「あっ、ごめん! ノエルに負けたくなくて、つい……」

「ごめんね。いつになくアダムが張り合ってきたから俺も熱くなっちゃった」


 アダムもノエルも手を離してくれたけど、両者の間には火花が散っていた。


「あの、今はリナのことをどうにかしなきゃなので……」


 恐る恐る声をかけると、二人は私に向き直った。


「そうだね。リナがまた君に何かしてくるかもしれないし」

「そうならないためにも、僕達でできることはやらないと!」


 どうやら仲たがいせず、協力し合ってくれそうでほっとする。


「ノエルが協力してくれるのはありがたいんだけど、私たちに協力してるのがバレたら危ないから、くれぐれも気を付けてね」

「心配されるのも悪くないけど……大丈夫だよ。うまいことやるから」


 ノエルはアダムから預かった原稿を鞄に入れると、意気揚々と帰っていった。


「リナの執事になったって言うからちょっと不安だったけど、ノエルはいつも通りだったね」

「うん。小説の存続が危うかった時、情報を集めるために駆け回ってくれてたから……ノエルも裏で糸を引いていた人物に関してはずっと気になってたみたい」

「私としては誤解が解けて良かったよ」

「そうだよね」


 そこで会話が途切れ、沈黙が落ちた。


「…………」

「…………」


(いや、告白してくれた相手と二人っきりとか気まずいって!)


 何せこんな経験はこの三十年なかったから、対応に困る。


(乙女ゲーだと客観視できたり選択肢があるけど、そういうのもないし)


 二人は気にしていないようだったけど、私は今の自分に自信がない。だから余計に落ち着かなかった。


「さっきの告白だけど……」


 おもむろにアダムは口を開くと、恥ずかしそうにうつむいた。


「なかったことにしてもらえないかな」

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