32.軽薄な男の初恋
(好きな子……?)
ノエルの言葉を脳内で反芻し、ぽかんと口を開く。
「なっ、ななな、何言って……」
「ははっ。やっぱりアダムってわかりやすい。でもさ、あのリナは別人だよ」
アダムをからかっていたと思ったら、ノエルは急に核心をついてきた。
「別人って……どういうこと?」
「俺達が知ってるリナちゃんじゃないってこと。別人格なのか、記憶喪失なのか、それとも最初から〝リナちゃん〟は存在しなかったのか……」
「そんなことない! いるよ!」
ムキになって否定するアダムをノエルは静かに見つめる。
「いるって断言できるのはどうして?」
「そ、それは……」
「アダム、何か知ってるんじゃないの? だってさ、おかしいよね。リナちゃんの様子が一変してからアダムは彼女と距離を置いてたし、話題にも出さないようにしてたのに」
「彼女は僕の小説じゃなくて、僕の名前を使って稼げればなんでもいいみたいだったから……そんな人とは僕だって会いたくないよ」
こんなふうに語気を強めて嫌悪感をあらわにするアダムは初めてだった。
「そんな人、か。まあ今のリナはアダムが好きになった子じゃないもんね」
(また〝好き〟って言った……!)
私はこれ以上聞いちゃいけない気がする。かといってここから出ていくわけにもいかない。
(恋をしたことがないって言ってたし、恋愛の好きじゃなくて人として好きってことかな)
同じエンタメ世界に広め隊の仲間として、私もアダムのことは好きだ。外見が違っても私が今まで一緒にやって来たリナだと気づいてくれた、大切な仲間――
「そうだよ。だから今のリナとノエルが男女の関係だったとしても平気。僕はリナの外見を好きになったわけじゃないから」
(あれ……?)
アダムはいつになく強気な表情でノエルを見据えている。対するノエルもまた、笑みを消してアダムを見ていた。
「外見を好きになったなんて俺、一言も言ってないよね? 俺に落ちない子に興味があるってだけで……」
「嘘だ。ノエルはいつも受け身で、誰かのために自分から動くことなんてなかった。なのに情報を集めるためにあちこち駆け回ってたよね。あれってリナによく思われたかったからでしょ? 自覚してないみたいだから教えてあげる。ノエルは、リナが好きなんだよ」
言い争いが始まったと思ったら、アダムがとんでもないことを言い出した。
(なっ、何てこと話してるの? ノエルもきっと否定する……)
だけど、ノエルは微動だにしない。
「興味に近いとか言って、はぐらかしてさ。リナを陥れようとしてる人を突き止めようと、誰よりも躍起になってたくせに!」
アダムになじられ、黙ったままだったノエルはやがてぽつりと呟いた。
「好き? 俺が……リナちゃんのことを?」
「そうだよ! って、どうして僕が教えてあげなきゃいけないのさ。こういうのはノエルの得意分野なのに……」
ヒートアップしていたアダムはそこでやるせなくなったのか、途端にしょぼくれた。
「いや、ノエルのことだから僕が好きなの知って、あえて言葉にしなかったのかもしれないけど……。なんかもう、行動に出てるんだよ。好きってさ……」
「俺ってそんなにわかりやすい?」
「あ……やっぱり自覚なかったんだ。ノエルっていつもはもっと余裕があって、そんなに一生懸命になることなかったよ」
アダムに指摘され、ノエルは首をひねる。
「えー。なんかそれ、軽薄っぽくない?」
「ぽいじゃなくて、軽薄だったの。誰のこともそこまで突き抜けて好きじゃなかったでしょ、ノエルは」
「さすがアダム。俺のことを俺以上に理解してるね」
「いや、褒められても嬉しくないよ。それに恋敵としては強敵すぎるし……。あーどうして僕、教えちゃったんだろう。ノエルが本気出したら、僕なんて足元にも及ばないのに……」
頭を抱えてアダムがうずくまると、ノエルも屈んだ。
「アダム、わかってないなぁ。軽薄な男より誠実な男の方が断然有利でしょ」
そう言って、アダムの肩に手を回す。
「正直俺、好きなおもちゃを取られちゃったみたいな感覚でいたんだけど、よくよく考えたらこれって独占欲だよね。どうやら俺……リナちゃんのことがすっごく好きみたい」
(~~~っ!!)
告白の応酬に、私は歯を食いしばって耐えた。
(アラサー女子に告白ラッシュは眩しすぎるって!)
ゲームでも告白シーンはあったけど、現実はその比じゃない。
(なんとか耐えたけど、今後私はどんな顔で2人と接すればいいんだろ……)
隙間から覗き見ると、二人は言い争っていたのが嘘のように、肩を組んで和気あいあいとしていた。
(ああ、幼馴染尊い……!)
と、合掌して拝みかけ、
(いや、存在に感謝してる場合じゃない! アダム、軌道修正して……!)
本来の目的を思い出し、私はアダムに念を送るべく食い入るように見つめた。しかしこれがよくなかった。
「ん?」
アダムではなく、ノエルがこっちを見たのである。
(うわっ!)
慌てて視線をそらしたけど、そういえばノエルにはナンパキャラ特有の特技があったことを思い出す。
(全方位、女の子からの熱視線はキャッチするとか特技の欄に書いてあったけど……あれは冗談だよね?)
心臓が早鐘を打つ中、
「あっ、ノエル、そっちはダメ!」
「なんで? 何かまずいものでもあるの?」
ノエルの声が近づいてくる。
(まずいまずいまずい!)
このままでは〝友達のクローゼットに潜むヤバイ女〟としての第一印象を刻み付けてしまう。
(盗み見してた内容も内容だし、印象最悪だよ!)
なんとか開けられないよう、中腰になって内側からネクタイがかかってるところを押さえてみた。
「んー……ここ、かな」
やがて扉一枚隔てた先にノエルの声がし、扉が引かれた。
(!!)
開けられないように踏ん張るも、
「あれ……なんで開かないんだろ」
開かないということが更に疑惑を深めてしまった。
「そ、そこは建て付けが悪くなっちゃったんだよね」
アダムが助け船を出してくれたけど、
「クローゼットが開かないなんて困るでしょ? 俺が開けてあげるよ」
(こんなところで親切心出さないでー!)
二十代の男性と三十代の女性。結果は目に見えていた。
均衡していた力が崩れ、引っ張られるようにして扉が開き――
「きゃあっ」
私は外に放り出された。
「リナ!」
慌てるアダムと、その声に反応して目を見開くノエル。
「リナ……?」
前のめりに倒れるところだったけど、その前にノエルが私を抱きとめてくれた。
「あ……ありがとうございます……」
一応お礼は言ったものの、穴があったら入りたい。それくらい今の私は不審者以外の何者でもなかった。
「……聞きたいことはいっぱいあるんだけどさ」
ノエルに冷ややかな目を向けられ、私は罵倒されることを覚悟したのだけど。
「君……エリザベート様と話していた人だよね」
「え?」
不審者呼ばわりされると思っていたら、予想もしていなかったことを言われてしまった。
「アダム、この人だよ」
逃がさないように私の両手を拘束して、ノエルは背後のアダムに告げる。
「隣国の王女の遣いだって身分を偽って、エリザベート様に接触してた」
「っ!」
盲点だった。確かに一連の騒動はリナが裏で手を回していたと話していたし、その時に彼女の姿を見たとすると――
「違います、それは私であって私じゃなくてですね……!」
「そうなんだよ、ノエル。実は……」
「リナちゃん、だなんて言わないよね?」
囁くようにそう言うと、ノエルは私に顔を近づけた。




