31.この感情の名は
『ノエルって何を考えてるかわからないよね』
付き合ってきた大半の女性から俺はそう言われてきた。それはそうだ。だって俺はみんなが望む男を演じてきただけだから。
愛を望む人には愛の囁きを、癒しを求める人には可愛げを、寂しさを埋めてほしい人には温もりを。俺はその時々で相手が望む男になって見せた。そうしてお金をもらって生きてきた。軽蔑する人がいたって構わない。俺にとって生きるとはそういうことだった。
「ねえ、ノエル。あなた、どうして私の執事になったの?」
隣で眠っていたと思ったリナがそう囁いてくる。
「なんだ、起きてたんだね」
「いいから、質問に答えて」
「そんなの最初に言ったでしょ、『俺は自分のことを嫌いな君ごと愛してる』って」
「…………」
無理強いに恫喝。彼女はのし上がるために手段を選ばない。アダムの小説にあった『悪女』そのものだ。だけどなんでだろう。ふとした瞬間、暗い表情をしていることに気づいてしまった。
まるで無理をしているようなその様子が気になっていたら、セラスさんが血を吐いて倒れた。瞬時に取り繕ったけど、動揺した彼女を俺は見逃さなかった。
――彼女には、公にできない秘密がある。
人格がまるで別人のように変わったのと何か関係があるかもしれない。
今までは誰かのために演じてきたのに、正直、こんな気持ちは初めてだった。俺は初めて俺のためにアダムの小説にあったような悪女を愛する男を演じている。
「俺こそ君に聞きたいなぁ。セラスさんは君にとってどういう存在?」
「……どういうも何も執事よ」
「じゃあ俺がセラスさんを殺してもなんとも思わない?」
「!!」
何か反応があるかと思ったけど、想像以上だった。彼女は飛び起き、怯えるように俺から距離を取る。
「ごめん。あまりに君がセラスさんのことばかり気にしてるから、ちょっと意地悪を言いたくなっただけ」
「本当? 本当に殺したりしない?」
「本当だよ」
念押しをされて、そんなに俺はそういうことをやりそうな人に見えてるのかな、だとしたら役になり切れてないなぁってちょっと反省した。
「セラスさんのことが大事なんだね」
「……彼が死んだら、一人になるから」
「一人? 俺がいるよ」
「あなたは……無理よ。私と一緒にはいられないわ」
俺を信用していないなら追い出すことだって、もっと言えば殺すことだってできるのに、彼女はそうしない。
「じゃあどうして俺を傍に置いてくれてるの?」
「……あなたも孤独な人だから」
彼女はそう言うと再びベッドに横たわり、目を閉じた。もう俺との話はおしまい、と言うことか。
「君もきっと……孤独なんだね」
言葉にするのは難しいけど、たぶんそういうことなんだろう。だから演じて、本当の自分を隠している。
(セラスさんのことが大切なのは間違いないけど、それよりも孤独になるのを恐れてるようだった)
でもそれだと彼女の行動は矛盾する。少し前のように振る舞えば彼女はたくさんの人に愛されるのに、なぜむしろ遠ざける行動ばかりしているのか。
(……セラスさんなら知ってるのかな)
彼は吐血して以来、自室で養生していると聞く。身内であるアリシアちゃんはおろか、リナ以外とは面会謝絶で回復したのかどうかすらわからない。
(この分だと死んではいないか)
アリシアちゃんが言うにはセラスさんは持病もなく、健康だったみたいだ。それなのになぜ急に吐血したのか。わからないこともあるけど、わかったこともある。
(約束のことがあるから君ならすぐに〝悪女を愛した男〟のセリフだって言ってくれると思ったのに、気づいてもくれなかったね)
アダムの小説は全部読んでいたはずだし、特に好きだと話していたのを聞いたことがある。それなのに無反応だったから、なんとなく目の前のリナは〝リナちゃん〟ではないのだとわかってしまった。
(ねえ、リナちゃんを一体どこにやったの?)
そう問いただしたいのをぐっとこらえ、俺は何食わぬ顔で彼女の横で目を閉じる。
(俺はリナちゃんに会うためならなんだってする。でももし彼女ともう会えないなら、その時は――)
◇ ◇ ◇
「ノエルは、リナが私じゃないことに気づいてるかもしれない」
「まあ落ち着け。リアクションをしなかったからと言って、すぐに別人と断定するとは……」
そう言いかけ、ジークは息を吐き出す。
「いや、あの時はさして気に留めなかったが、確かに貴様なら小説からの流用を真っ先に指摘するか……」
「リナは私がこれまでやっていたことを全部把握してるわけではないみたいなの。屋敷にこもって必要以上に外に出ないのもぼろが出ないようにするためかもしれない」
「私に書店の経営権をゆだねたのも同様の理由だろうな。しかしつかみどころがない男だと思っていたが、あの男……一歩間違えれば殺さねないというのに、大したものだ」
「感心してる場合じゃないってば。アダムが会うって話してたから、そっちに行ってみる!」
「待て」
飛び出しかけたところ、ジークに腕をつかまれた。
「敵の巣窟に入った以上、ノエルが正常な状態でいるという保証はない。他はともかく、あいつに正体を明かすのは危険だ。リナにリークされる可能性も考慮し、慎重に行動しろ」
「……わかった。アダムに頼んで探るだけに留める……」
「それが賢明だ」
ジークなりに私を案じてくれていることはわかっている。だけどノエルはこうと決めたら臆せず、自分が傷つくことすらいとわない危うさがある。
ゲームでもノエルが死んだり殺したりと顔に似合わないことをやってのけてしまうエンディングは多かった。何がどう転ぶかわからない危険性を一番はらんでいるノエルを一人にしてしまっていることが妙に不安で、胸がざわついた。
◇ ◇ ◇
エルヴィンはこれまで得た情報をベイルに伝えるためいったん別行動をとることになり、私はルーチカ邸に向かった。アダムに事情を話したところ、ちょうどノエルがこれから原稿を受け取りに来るらしい。
「確かにノエルは鋭いから、フィーナが直に話すのはやめておいた方がいいかもしれないね」
「実際3人にバレちゃってるからね……。ひとまず私は隠れて様子をうかがうことにするよ」
アダムの部屋のクローゼットに隠れさせてもらうことになり、隙間からやり取りを静観することになった。
(この歳でこんなかくれんぼみたいなことをする羽目になるとはね……)
そんなことを思っていたら、ノエルがやって来たという知らせが来た。
「じゃあフィーナ、バレないようにね」
「了解!」
息を押し殺し、隙間に目を当てスタンバイする。
「アダムー、原稿貰いに来たよー」
そんな気楽な声と共に、ノエルが姿を現した。執事になったというだけあって、セラスが着てたようなスーツを身にまとっている。
「う、うん。用意できてるよ」
ぎこちなく原稿を手にすると、アダムはそれを差し出す。
「ありがとー」
ノエルが受け取ろうとするも、アダムは手を離さない。
「ん? どうしたの?」
「その! はっ、話をしたいなー……なんて……」
明らかに挙動不審だ。指摘されるのではないかとハラハラしていると。
「話? 珍しいね。俺がリナの執事になってから、ちょっとよそよそしかったのに」
「それは……、ノエルが何を考えてるのかわからなかったから……」
そこで沈黙が落ちた。
(うう、気まずい……)
仲が良かった二人しか知らないから、私のことでぎこちなくなってしまったことを申し訳なく思う。
「リ、リナはどうしてる?」
「ああ、やっぱり気になるよね」
なんとか立て直したアダムにノエルは微笑んで告げた。
「好きな子のことはさ」




