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30.ドSの目は誤魔化せない

 ウィップ邸で私は仕事中だったと思しきジークと対面した。


「結婚したから挨拶回りしててさ。本当はお前の親父の顔を見に来たんだけど、兄貴たちともどもいねえって言われちまってよ。でも俺もフィーナも小説が好きだから、経営に携わってるジークに会ってこーぜって話になったわけだ」


 いけしゃあしゃあとのたまっているが、ジーク以外が不在なことは執事を捕まえて聞き出してある。ジークからしたらむげにはできないし、口元が引くついていることから乗り気でないことは容易に察せられた。


「父上に代わり、お祝い申し上げます。ご結婚、おめでとうございます」


 形式的に告げられた言葉に、エルヴィンは相好を崩す。


「おう、ありがとな! ほら、フィーナも突っ立ってないでこっちに来てみろ。小説がいっぱいあるぞ」

「あ……はい」


 エルヴィンのように距離を詰めることができない私は扉付近で待機していたけど、呼ばれてジークの至近距離に来た。毒舌やら嫌味を食らってばかりいたから、大人しいジークと言うのに違和感しかない。


「あなたでも小説をお読みになるのですね。意外でした」


 口調は丁寧だったが、早速ジークは噛みついた。だけどエルヴィンは


「だよなー。けど話題になる前から小説を読んでいた俺からしたら、世間がようやく俺に追いついて来たって感じだぜ。何を隠そう、ベイル様に勧めたのだって俺なんだからな」

「見栄を張るためにベイル様のお名前を出すのはどうかと思います」

「いや、本当なんだって! なんだ、その目! さては全然信じてねえな!?」


 ジークにあしらわれ、さらに言い募るエルヴィンを尻目に私はテーブルに置かれていた小説へと目を向ける。


 エンカウントとカンパネラで出版された本にはそれぞれマークがついていた。ここに置かれているのは、どれもかつてカンパネラで出版された小説だ。


「この小説、読んだことがあります。不器用な2人の恋物語で、好きでした」

「え……」


エルヴィンの相手をしていたジークは目を見張った。


「これは……そんなに数も出ていない作品ですが、ご存知なのですね」

「はい。パン屋の看板娘と常連客の男性の日常を描いていて、特に事件とか大それたことが起こるわけではないけど、だからこそリアルで惹き込まれる作品だったと思います」

「そ、そうですか……」


 声を上擦らせながら、ジークは眼鏡を押し上げる。


「へー、なんだか面白そうだな。俺も読んでみたくなった」

「でしたら、書店で買ってください。エンカウントで取り扱ってますので」

「なんだよ、貸してくれねえのか?」

「購入していただかないと作家の収入になりません」

「あー、なるほどな。じゃあタイトル、メモさせてくれ」

「でしたらこの紙とペンを使ってください」


 ジークがテーブルにあった紙とペンをエルヴィンに差し出し、エルヴィンがメモしだす。どうやら本当に興味がわいたらしい。


(こういうのって嬉しいよね。それにジークも作家さんのことを考えてくれてる。リナが一手に担ってるわけじゃないみたいでよかった)


 でもジークはジークでやりたいことがあったはずだ。今の状況に満足しているのか、気がかりではあった。


「そういえば、前に女性作家の作品を読んだのですが、タイトルを忘れてしまいまして」


 完璧主義者のジークが忘れるとは珍しい。私が知っていたら教えてあげられるかもしれない。


「女性作家、ですか……。内容は覚えてますか?」

「はい。政略結婚をしたものの一度破綻し、関係を再構築する話でした。女性の主人公は確か赤毛の癖っ毛で……」

「あー、知ってます! それはたぶん……」

「待ってください。よろしければ書いていただけますか」

「あ……はい」


 少し変だなとは思ったけど、女性というだけで蔑む傾向にあったジークが女性作家の作品を読んでくれていたことが嬉しく、私はペンを手にタイトルを書いて見せた。


「ありがとうございます」


 ジークは私が書いた紙を手に、テーブルの引き出しを開ける。そして中から何かを取り出すと、私が書いた紙と見比べた。


(何やってるんだろ……?)


 成り行きを見守っていたら、みるみるジークの表情が険しいものへと変わっていく。


「そんなはずは……いや、しかし……」


 何か1人で葛藤しだしたと思ったら、やがて手に持っていたものをテーブルに並べた。


「これを見てください」


 言われて見ると、ジークが引き出しから出したのはポップの見本としてかつて私が書いたものだとわかった。


「筆跡が同じなんです」


 ひゅっと喉から息が漏れた。


「それに書かれている内容も先ほどあなたが話した内容とほぼ同じ。この本の認知度の少なさと筆跡の件を鑑みるに導き出される答えは1つだが、非現実的なことだというのは否めない。よって、説明を求めることとする」


 ジークは鋭い眼差しで私を射抜いた。


「貴様……これはどういうことだ。答えろ」

「ひっ」


 射殺す勢いに気圧されてよろめくと、エルヴィンが支えてくれた。


「そんな怖い顔するなよ。それじゃフィーナが委縮しちまうって」

「黙れ。その見た目もだが、結婚というのも……何がどうなってそうなったというんだ」

「あー、俺たちの関係も気になっちゃう感じか」


 エルヴィンはなぜかニヤつくと、私を残して扉の方へと歩いていく。


「俺は席を外すから、二人は納得いくまで話せよ」

「ちょ、ちょっと!」


 追いかけようとしたけど、ガシッとジークに手をつかまれた。


「洗いざらい吐くまでここから逃げられると思うな」


(警察に捕まった犯人の扱いー!)


 こうして私はアリシアとアダムの時とは打って変わった、尋問のような時間を過ごすことになったのだった。



          ◇ ◇ ◇



「……荒唐無稽な話だが念書も書かせたことだし、ひとまず本当のことだと受け入れてやろう」


 数々の質問と小言を浴びながらこれまでの経緯を話し終わった末に、嘘ではないという念書まで書かされ、私はすっかり気力を奪われていた。


「素知らぬ顔で私の前に現れたことは許しがたいが、貴様の事情も考慮して不問にしてやる。感謝するがいい」

「はいはい」


 こってりしぼられたが、私としても得るものはあった。


「やっぱりジークが腹黒いことを考えてリナの懐に潜り込んだことがわかって、安心したよ」

「ふん。私をそのあたりの有象無象と一緒にするな。だが、猫をかぶっていたわけではなく別人だったことが知れたのは朗報だ。まずはあの女を叩きのめしてくれる」

「そのためにも魔導書をどうにかしなきゃなんだけど……リナの傍にいて見たことあったりする?」

「いや、リナ本人も傍らに控えているノエルもそれらしいものを持っているのは見たことがない。ただリナはエスパーダ邸にいることが多いからな。可能性としてはやはり屋敷内のどこかに保管しているのだろう」

「場所を探れたりは……」

「応接室までなら私でも入れるが、それ以外は無理だ。リナは身近な人間以外は寄せ付けないようにしているからな」

「となると……一番知ってそうなのはノエルってことね」

「そうなるが、リナ・エスパーダの飼い犬となったあいつがそう簡単に口を割るとは思えない」

「……ノエルだけは自らリナに取り入ったんだよね?」

「ああ。それも衆人環視の元、歯の浮くようなセリフを言い放ってな」

「まあ……ノエルならやっても不思議じゃないね」

「小説なら読めるが、実際に口にする者がいるとは恐れ入った」

「……小説って?」


 疑問を口にすると、ジークは本棚にあった青い背表紙の本を手に取った。


「この小説のセリフと同じだった。役者というのも伊達では……」


 私はジークの手から本を奪い取ると、タイトルに目をやる。


〝悪女を愛した男〟


 それはゲームでも紹介されていた、アダムが初期の頃に書いた小説だった。

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