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3.ヒロインと友達になってしまった

 できることなら「失礼しました!」と言ってマッハで立ち去りたかった。だけどそんなことができる状況ではなく——


「どうやら私が陛下からの信頼も厚い宰相、へラード・ウィップの息子だと知らないようだな」


(いや、知ってますー!!)


 ぐちぐちねちねちうるさいこの男——ジーク・ウィップはプライドが高いドSで、パラメーターの知性が低いと散々バカにしてくるのだ。


(うーん……攻略キャラとは会いたくなかったんだけどな)


 なんとか波風立てずに立ち去りたかったけど、残念ながらジークにロックオンされたみたいだ。


「父上の功績を知らないようだから教えてやろう。父上は……」


 マシンガンのようにうんちくを言い始めて、うんざりする。


(貴族社会では女を下に見てる風潮があるけど、ジークっていいとこの坊ちゃんだからそのあたりが露骨なんだよね)


 ゲームではことあるごとに言いくるめられたけど、こちとら三十年生きてきたのだ。言われっぱなしは癪に障る。


「申し訳ありません。まさか女性につっかかるような低俗な方が、あのウィップ家のご子息だとは思いませんでしたわ」


 にっこり笑って応戦すると、ジークの片眉が上がった。


「低俗?」

「そちらの方が見つけた羽ペンを横取りしようと、いちゃもんをつけていたではありませんか。心の広い方であれば、そんなことをするはずがありません」


 女が自慢のうんちくをぶった斬り、それどころか噛みついてくるなんて予想外だったのだろう。口籠るジークに私はドレスの裾を持ち、会釈した。


「申し遅れました。私、リナ・エスパーダと申します。以後、お見知りおきを」


 これ以上、彼に用はない。また何か言われる前に私は退散することにした。


「かっこいい……!」

「ん?」


 熱い視線を感じて、振り向くと——


「はうっ!」


 恥ずかしげに顔を覆う少女が目に留まる。


(あれ、この子って……)


 ふわりと流れる銀髪を青いリボンで結んでいる、小動物のような可愛らしい子。


「アリシア・クレムリン!?」


 ヒロインの名前を口走ってしまい、ハッと口元に手をやるも……。


「は、はいっ、そうです! あの、お噂はお兄ちゃんから伺っていて……お会いできるなんて感激です!」


 目を輝かせながらアリシアはぐいぐい迫って来た。


(あ〜、関わらないようにしてたのに、なんでこう立て続けに出会うかな……!)


「アリシア。お嬢様が驚かれてるから、少し落ち着いて」


 影のようについてきていたセラスもさすがに黙って見ていられなかったのだろう。アリシアと私の間に入って、引き剥がしてくれた。


「ええと、ここじゃなんだから場所を変えましょうか」


 無言のまま睨んでいるジークの眼差しから逃れるために、私は二人を伴って歩き出した。



          ◇ ◇ ◇



「お兄ちゃんから聞いていたリナ様とこんなところでお会いするなんて思いませんでした!」


 エスパーダ家が所有するブティックのVIPルームで一息つくことにしたものの、アリシアは道中からずっとテンションが高かった。


「あのジーク様を黙らせてしまうなんて、すごいです!」

「あはは……ありがとう」

「お嬢様、私からもお礼を言わせてください」


 そう言うと、セラスは深々と頭を下げた。


「妹を助けていただき、ありがとうございます」

「いや、本当に大したことはしてないから」


 そもそも売り言葉に買い言葉で応戦しただけで、からまれていたのがアリシアだと気づいていたわけじゃない。


「もしお嬢様が止めに入ってなければ……大変なことになっていたと思います」


 すうっと目を細めたセラスを見て私は震え上がった。


(さては消すつもりだったな……!)


 幸か不幸か、私が追い払ったから事なきを得たらしい。ジークには感謝してほしいくらいだ。


「実はジーク様には昨日の舞踏会でも怒られたんです。私っていつもこうなんですよね。昨日はベイル様の足を踏んじゃいましたし、ノエル様にはからかわれましたし……」


 ノエル・ボーゲンは舞台役者で、ゆるふわな雰囲気ながら女たらしなキャラだ。その場には出不精な小説家のアダム・ルーチカもいたはずだが、影が薄いから認識していないのだろう。


(回避したつもりだったけど、マップイベントを失念してた)


 ゲームではマップ上にキャラが表示されていて、そこに行くことによって好感度が上がるイベントが発生していた。ただし登場はランダムだったから、目当てのキャラの好感度を上げたいのにそのキャラがいない、なんてこともあった。これが『愛憎不落』の難易度が高いと言われている要因の1つだ。


(今はマップがないから、どこに誰がいるかはわからない。これじゃ回避するのはまず無理ね)


 できることといえば、見つけ次第速やかに姿を消すくらいだ。でもそれも時と場合による。


「あのっ。リナ様、私とお友達になってもらえませんか?」

「あーはい、とも……」


 解決策を思案していた私は、はたと目を見開いた。


「友達!?」

「はい。私……先ほどの勇姿を見て、リナ様のようになりたいと思ったんです。あっ、もちろんこんなことを言うのは失礼だってわかってます。でも……このまま何の主張もできない、道端の石ころのような存在で終わりたくないんです。お願いします!」


 敵対するはずの間柄なのに、慕われるってこれいかに?


(いや、呆気に取られてる場合じゃない! 断らなきゃ!)


 アリシアには悪いけど、こっちは自分の命がかかっている。死のリスクを自ら高めることはできない。


「せっかくのお願いだけど……」

「さすがお嬢様! 妹の友達になってくれるなんて、兄としてこんなに心強いことはありません」


 待て待てセラス。断りの言葉、ガン無視じゃないか!


「あのね、友達になるとは一言も——」

「妹は何かと言いがかりをつけられることが多くて、心配していたんです。私も仕事をしているため、四六時中妹を見てやれません」


(こ、こいつ……力技でねじ伏せる気!?)


「お嬢様なら歳が近いですし、女性同士の方が相談もしやすいと思うのです。男の私では至らない点も多いですから……」


 強気かと思いきや、絶妙に弱々しさを見せてくる。目で訴えてくるところがこの兄妹はそっくりだった。


(ここまで言われて断ったら……)


 妹のお願いを断る×妹を悲しませた=よし、消そう。


(ダメダメダメ!)


 殺される方程式をかき消し、私はうなだれた。


「わかったわよ。友達に……なるわ」

「「ありがとうございます!」」


 喜び合う二人を尻目に私は人知れず涙した。


(なんでよりによってヒロインと友達になっちゃうのよー!)

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