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29.ドSの憂鬱

「ジークやノエルに協力してもらえたりしないかな……?」

「ん? でもその二人はリナ嬢に与したんだろ?」

「そうだけど……あの二人だとそうも言いきれないというか……」


 私が言い淀むと、アダムも自信がなさそうな顔をしつつ、


「あ、やっぱり君もそう思う? そうなんだよね、最後にここでみんなが集まった時、二人ともリナに関しては思うところがありそうな様子だったし……」


 と話し、アリシアも


「共同経営になって私は追い出されると思ったけど、ジーク様がそのままでいいって言ってくれたの。リナが提示した条件をのんだのも、ジーク様なりにこの店を守ろうとしてくれたのかも。それにあのプライドの高いジーク様が実質エンカウントに吸収されることになるのをただ受け入れると思えないんだよね」


 と息巻く。


「私もそう思う。共同経営とは言っても名前をエンカウントにするのって傘下に入ったように見えるから、ジークは絶対嫌がりそうだし」


 私はチラリと通りの二号店に目をやる。


「それに、カンパネラを誰よりもいいお店にしようとしてたから……」


 対抗すべく出店して、得意げに店内を案内してくれたジークの姿が脳裏によぎる。手放すなら小説撲滅の動きが活発な時にだってできたのに、ジークは手を組むことを提案してきた。目先の利益や忖度で彼が動くとはどうしても思えない。


「……話聞いてて思ったんだがよ。ジークってひょっとしてウィップ家の三男か?」

「そう。宰相の息子で……」

「あー、やっぱな! 眼鏡かけた、愛想よくないやつだろ? 俺もちょくちょく城で顔を合わせたことあるし、あいつなら俺のツテを使えば怪しまれずに接触できるぜ」

「本当? 私……ジークに会ってみたい」


 「誰だ、貴様」って顔をされるのが目に見えてるけど、戦友のような付き合いをしてきたからか、ジークの真意を直に会って知りたかった。


「あの、私も探ってみるよ!」

「僕もノエルとは原稿を渡す時に会うから聞いてみる」


 どこか暗い顔をしていた二人の明るい顔を見れたことに少しほっとし、私とエルヴィンはウィップ邸へと向かったのだった。



          ◇ ◇ ◇



 ――カンパネラの看板が外され、エンカウント二号店と書かれた看板に付け替えられた日を思い出すたびに、はらわたが煮えくり返る。


 世間ではいち早くリナ・エスパーダに取り入ったとされ、父や兄からは見直された。


「くそっ!」


 苛立ち紛れに執務室のテーブルをたたく。まったくもって不愉快極まりない。


(あの女の腰巾着になど死んでもなってたまるか!)


 私はリナ・エスパーダと同じ土俵に立ち、経営の実力を知らしめた上で屈服させたかった。小説撲滅を阻止し、営業が再開された暁にはまた互いに知恵を出し合い、どちらが業績を伸ばせるか勝負するつもりでいたというのに。そう思っていたのは私だけで、あの女は私など眼中になかったのだ。


 エンカウントを残すことを条件にアダムの小説に注文を付け、あろうことか共作として自分の名前まで売り出した。あの女は今や権力や凶刃にも屈せず、夢や希望を与える小説を守るべく戦い抜いた経営者として英雄視されている。


(ばら撒き用の小説を書き換えて手柄を独占し、あれほど切り捨てたくないと話していた仲間まで脅す……結局のところあいつも欲にまみれた貴族だったわけだ)


 まったくもって不快だ。だがそれ以上に……失望した。


 あの女は私が思いつきもしない方法を打ち出し、負けじと抗ってきた。宰相である父のことは尊敬しているが、その父の息子だと知ると皆、こびへつらって戦おうとしない。そんな中、女でありながら食らいついてきたあの女のことを私は……悔しいが、どこかで認めていた。


 この女だけはこれまでの奴らと違うのだと。公爵令嬢らしからぬところはあったが、それもまた魅力……いや、個性だと思っていた。だからこそそれが全て偽りであったことが許せない。


(見ていろ……その鼻っ柱を必ず叩き折ってやるからな!)


 その思いだけで私は逆らうこともせず、粛々とリナの信用を得ていった。


 体調不良になったセラスの代わりにノエルを雇ったことには驚いたが、あいつらはどうやら男女の仲らしい。


(顔がいい男を侍らせて経営は人任せ。あんな軽薄な女に一目置いていた己の浅はかさが嘆かわしい)


 失望と、苛立ち。ノエルにエスコートされるあの女を見てからと言うもの、苛立ちは日に日に増すばかりだ。


 アダムを含め、エンカウントとカンパネラのそれぞれで契約していた小説家を私が管理することになり出版物の全てに目を通しているが、リナが口を挟むようになってからアダムは精彩を欠いている。


(読んだ感想を話していたことはあったが、あの時はさらに良くなる助言をするに留まり、修正を強制などしていなかった。今ではアダムの作家性を殺してしまっている。最も注目されている作家だというのに……)


 そしてより深刻なのは、小説の数が少ないためアダムの本を読んだだけで「小説とはこういうものか」と評価され、「期待していたほどではなかった」と興味をなくす読者が増えていることだ。


(小説の評価が落ちれば、公募で私が見出した作家の作品まで読まれる機会を奪われてしまう。他の作家が書いたものにもそれぞれの良さがあるというのに……)


 結局のところ、リナは自分とアダムの名を売るためにあの一連の事件をうまく利用したのだ。しかしそれなりの価値があるからこそ客は金を払う。このまま価値が下がり続ければ、やがて小説は廃れ、見向きもされなくなるだろう。


(……前はリナも全ての作品に目を通し、ポップだとか言う推薦文を書いて、他の作品も読んでもらえるよう工夫を凝らしていたというのに)


 何も経営者がそんなものを書かなくても……と小馬鹿にしたが、全作品目を通すのは骨が折れる。というより経営者がそこまでしなくてもいいような気がするが、向こうにできて私にできないはずがないと躍起になった。そうして気づいた。天性の才能以外にも、原石のような、磨けば光る才能を持った者たちがいることに。


(私が見下してきた者たちも、何かに秀でた才能を持っていたかもしれない)


関わってみなければわからないこともあるのだと知った。そしてそういった者たちのために自分が心を砕く必要があることも。


 そうしてたった一人でも自分がいいと思ったものを見てくれた時、莫大な富を得るよりも心を満たすものがあるのだということも知ってしまった。


(私は自分ではなく……こいつらを見てほしいんだな)


 テーブルに並ぶ小説の筆者の名をどれだけの人が知っているだろうか。自分だけでなく、誰かに知ってほしい。今ではポップを書いていたリナの気持ちがよくわかる。


(完全に興味を失われる前に、どうにかして他の小説にも目を向けてもらう施策を……)


 そこで扉がノックされ、執事が来客を告げた。


――王家専属騎士団長エルヴィン・ランスロット。平民上がりでありながら実力でその地位に上り詰めたことには敬服するが、人としてはなれなれしくて嫌いな部類だ。かといって門前払いにしていい人物ではない。


「よお、ジーク。元気にしてたか?」


 そこまで会話を交わしたこともないというのに、エルヴィンは旧知の友に会ったように距離を詰めてきた。


「ご無沙汰しております」


 社交辞令で応じつつ、距離を取ろうとしたところで。


「……お初にお目にかかります。フィーナ・ランスロットと申します」


 影が薄い、おおよそエルヴィンとは真逆の女性が恭しく頭を下げた。

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