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28.奪えぬ絆

「アリシア……? どうしたの?」


 アリシアが泣いているのに気づいたアダムが慌てて駆け寄ってくる。どことなくやつれた気がするのは気のせいだろうか。


「あ……その、リナ様との話をしてたらちょっとね……」


 急いで涙をぬぐうと、アリシアは苦笑して頭を下げた。


「ご心配おかけしてすみません。なんだか最近、涙もろくなっちゃって……」


 たぶん私たちが気にしないようにそう言ったのだろうけど、私は心配でたまらなくなった。


「あのこれ、ポップ……ですよね」


 手にしていたポップを渡すと、アリシアは少し笑顔になった。


「あ、そうなんです。リナ様と書いたことがあって……」


 懐かしむようにアリシアはポップを手で包み込む。


「書店の品位を下げるから外すよう言われてしまったんですけど、どうしても捨てられなくて全部とってあるんです。これは一番最初に書いたものなんですよ」


 私もよく覚えている。私とアリシアが一言ずつセールスポイントを並べて書いて飾っていた。それを見つけたアダムが少し気恥ずかしそうにしてた姿まで、まるで昨日のことのように思い出せる。


「ポップなんて私は知らなくて……。リナ様はこういう画期的なアイデアをよく出されてたよね?」


 傍らのアダムに投げかけたのに、当のアダムは深刻な顔をして何か考え込んでいた。


「アダム?」

「あっ……うん。そうだね、物知りと言うか……」


 どこか心ここにあらずと言った様子のアダムだったけど、不意に私の前に立った。


「あの、恐竜に興味あったりしますか?」

「え?」


 うろたえたけど、あまりに私を見るアダムの表情が真剣だったから、気圧されて頷いてしまった。


「ティラノサウルス、トリケラトプス、プテラノドンとかなら知ってます」


 私が答えた瞬間、アダムだけでなくアリシアも息をのんだ。


「リナ、なの……?」


 ドクンと心臓が高鳴り、咄嗟に後ずさった。


「待って。ねえ、そうなんでしょ?」


 アリシアに問われて、最初にアダムと会った日のことを思い出す。店を出ていきかけたアダムを引き留めるべく、私は恐竜の名前を叫んだ。


「嬉しかったから、あの日のことはよく覚えてるんだ。それにさっき〝ポップ〟って言ったよね? 一般的じゃないのに」


 見た目も違うし、信じてもらえないと思っていた。でも……。


「わ、私……」


 認めてしまっていいのか、今後のこともあるから明かすべきではないのか迷っていると。


「いやー、そっか。異世界の言葉ってのは動かぬ証拠だよな!」


 事の成り行きを見守っていたエルヴィンが感心したようにうなずく。


「バレちまったことだし、素性を隠して探るより当事者に協力してもらえた方が手っ取り早いしさ。こいつらにも話しちまったらどうだ?」

「そんな簡単に言わないでよ。話すことで巻き込んでしまう可能性だってあるんだから」


 エルヴィンには藁にも縋る思いだったのと、見ず知らずの人だったからある意味打ち明けやすかった。だけどこの二人は違う。


「リナ、僕は知りたいよ。このまま何もわからないままは嫌だ」

「私も! 急に冷たくなって、どうしてなんだろうってずっともやもやしてた。だけどやっぱり何か事情があったんだよね? だったら教えてほしい」

「だとよ。適当に言いくるめられる雰囲気じゃねえし、観念して話してやれよ」


 結婚した設定なのに、エルヴィンはすっかり二人の味方だ。


「わかった、話すよ……」


 そうして根負けした私は、アリシアとアダムにこれまでのいきさつを話すことになったのだった。



          ◇ ◇ ◇



「あなたが異世界から来た人だなんて……! でも確かにそれなら斬新なイデアや聞いたことがない言葉を使ってたのも納得だよね!」

「うん。別人みたいだと思ったのはあながち間違いじゃなかったんだ。それにゲーム……っていうのはイメージがつかめないけど、この世界とは違う世界があるってことに驚きを隠せないよ。不謹慎だけど僕、ちょっと感動してる……!」


 アリシアとアダムは驚きこそすれ、私の話を全面的に信じてくれた。身構えていた分、なんだか肩透かしを食らった気分だ。


「私よりも、みんなはどうなったの? さっきちらっとジークの話は出たけど……」

「ああ、彼はリナとエンカウントを共同経営することになって、今はリナのところにいるんだ。セシルさんは体調を崩したみたいで、新しくノエルが執事として雇われてる」

「私もお兄ちゃんには会えてないの。どういうつもりで加担してたのか問いただしたいけど、面会は難しいと思う」

「そう……」


 ジークとノエルはリナについたということを知り、気持ちが沈んだ。


「アダムは? リナとの共作は勝手に書き換えられてるようだったけど……」

「……うん。リナにこのエンカウントをなくすって言われてさ。僕がリナの指示に従うって条件で残す約束を取り付けたんだ」

「えっ……」

「小説の販売は二号店に取られちゃったし、経営の方針も変わっちゃったけど、ここはなくしたくなかったの。だからアダムと2人で頑張って守ってたんだよ」


 たくさん傷ついて、奪われたはずなのに。二人はそんな苦労を微塵も感じさせないように笑って見せた。


「ごめんなさい。私……、自分のことばかり考えてた」

「謝らないで。私が逆の立場だったら、たぶん……ここには来れてないよ。強い人に立ち向かうのは怖いし……ライルさんも何か脅迫されたみたいでね。大事な常連さんだったのに、私は……守れなかった」


 唇を噛みしめ、アリシアはうつむく。その姿に胸が締め付けられた。


「みんなのためにも……リナをどうにかしなくちゃ」


 ここに来るまでは弱気な考えもまだ胸の内にあったけど、もうそんなことは言っていられない。これはもう私だけの問題ではなく、リナに関わったみんなの問題なのだ。


「エルヴィンが提案してくれていたように、リナが持ってる魔導書の類を何とか出来たら勝機は十分にあると思う。せめて場所さえわかれば手の打ちようはあるんだけど」

「お兄ちゃんは教えてくれないだろうし、ジーク様やノエル様も難しいよね……」

「おーい、俺の存在を忘れてないか?」


 エルヴィンは自分の存在を誇示するように胸を張る。


「この中で面が割れてないのは俺だけだし、ベイル様の関係者を向こうもむげにできねえと思うんだよな」

「まさか1人で乗り込む気? 危険すぎるよ」

「こちとらそんなの慣れてるって。それに無策で突っ込むほどバカでもない」


 私の心配をよそに、エルヴィンは不敵に笑って見せる。


「俺が調べたところ、リナ嬢は話題になったのを利用して、さらに事業を拡大しようと目論んでるみてえでな。大物と接点を作るためのパーティーを定期的に開いてるらしいんだ」

「ああ、そのパーティーなら僕も客寄せのために参加させられたことがあります。名門貴族や事業主ばかりで、参加するには専用の招待状が必要だったはずです」

「つまりそれさえ用意できたら潜り込むのはさほど難しくねえってこった」

「でも魔導書がエスパーダ邸にあるとは限らないんじゃない?」

「いいや、高確率であるはずだ。魂を入れ替わる魔法を使うとき、持ってたって言ったろ?  それが魔法を使うための条件ってことは大いにありえる。いざって時に手元にないんじゃ話にならねえからな」

「……結構大きかったから常に持ち歩くのは難しそうだし、リナが現れたときに手にしていたことを考えると、確かにエスパーダ邸に最初からあったと考えるべきかもしれない」

「そういうこった。とはいえ人海戦術で探すのは無理となると……」


 考え込むエルヴィンに私はおずおずと口を開く。

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