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27.奪われたもの

「このタイミングでそんな話が出たってことは、小説のいざこざと無関係じゃないってことですか」


 驚く私と違い、エルヴィンの表情は険しくなった。


「何を言われたんですか。話してください」

「そう熱くなるな」

「なるに決まってんだろ!」


 声を荒げたエルヴィンはずんずん距離を詰めるとベイルの胸ぐらをつかんだ。


「そりゃ立場があるから、難しいのはわかってる。だけどな、俺はお前に幸せになってもらいたいんだよ」


 ともすれば不敬罪と言われかねない行為だけど、エルヴィンは真剣だった。その眼差しや声からは、本気でベイルのことを考えている熱意がひしひしと伝わる。


「……この手で何人も殺してきたんだ。幸せになれるとは思っていないし、なる気もない」

「国を守るためには誰かがやるしかなかった! それに城で待つことだってできたのに、お前は自ら戦場に立つことを選んだ。他が何て言おうが、関係ない。お前は幸せになるべき人間だ」


 ベイルルートで彼の過去には触れたけど、本当のところを私はわかっていなかったのだと痛感する。


(ここではゲームの出来事がフィクションじゃない。実際に起こったことなんだ)


 アリシアにライルとしてではなく正体を明かしてはどうかと提案した際、ベイルは「あいつは今の生活が好きなんだ。そこに波風を立てるような真似はしたくない」と話していた。


だけどあの言葉の裏には、愛する人と幸せになるべきではないという思いもあったのかもしれない。


「わ、私の知り合いの話ですけど」


 エルヴィンの配偶者としか見られてなかったとしても、何か伝えたくて。私はぎこちなく口を開いた。


「その人は好きな人がいるのに、本当の自分をさらけ出せなくて……。でも私はその人が彼女をどれだけ大切にしているか知っています。周囲から恐れられていても、困ってる人には手を差し伸べてくれる優しい人だって……知ってるんです」


 ドクドクと心臓が早鐘を打つ。


「もしその人が端から幸せになるのを諦めていたら、私もエルヴィンと同じことを言います……!」


 一思いに言い切ってから、ハッとする。


「…………」


 ベイルにとって今や私は知り合いでもなんでもない初対面の女だ。こんなことを言われたところで――


「お節介な夫婦だな」


 ベイルは小さく苦笑する。その姿を見てエルヴィンが胸ぐらをつかんでいた手を離すと、どっかり玉座へと腰かけた。そして少しばつが悪そうに告げる。


「好きな女を人質に取られた」

「!」


 アリシアの顔がよぎり、胸が締め付けられた。


「彼女を守りたければ婚約を受け入れるよう言われている」

「なんだそれ。王族に対して恐喝まがいなことしやがって……。リナ嬢ってのはとんでもねえな」

「……ある時を境にリナは人が変わったようになった。あれはもう俺が知るリナじゃない」


(あ……)


 気づいてくれていたことは嬉しかった。でもこの口ぶりだとリナは相当好き放題にやっているらしい。


「小説継続のために他の方々と奔走されていましたよね? みなさんはどうなったんでしょうか?」


 洗いざらい聞きたくなる気持ちを抑えて尋ねると、ベイルの表情が暗くなった。


「俺は接触を禁止されていてな。お前達さえよければ、俺の代わりに様子を見て来てくれないか」

「なんだよ、そんな困ってるなら早く言えっての」

「……言えるわけないだろう。お前はもう王家専属騎士ではないのだから」

「じゃあ俺、復帰するわ」

「えっ!? そういうのありなの?」


 あまりにあっけらかんと言うものだから、思わず私まで敬語を忘れて素で尋ねてしまった。


「知らねえ。ありってことでいいんじゃねえか? なっ、ベイル!」

「リナに知られると厄介だ。あくまで秘密裏に動け」

「了解! フィーナ、早速行ってみようぜ」

「う、うん」


 謁見の間を出てから私たちはエンカウントへ向かった。



          ◇ ◇ ◇



 馬車に揺られ、エンカウントに向かうまでの道中はそこまで変わっていなかった。だけどエンカウントとカンパネラが並ぶ通りに出て、私は愕然とした。


「エンカウント二号店……?」


 カンパネラだったそこにはなぜかそんな看板が掛けられている。


(ジークはエンカウントをつぶすためにここに店を構えたはず。だから移転ってことは考えにくい……となると、買収されたとか?)


 だけどあのジークが目の敵にしてるリナに自分の店を明け渡すとは思えなかった。


(ひとまずこっちに顔を出してみよう)


 念のため外套で身を隠してからエルヴィンと共にエンカウントへと足を踏み入れる。


(だいぶ様変わりしたみたい……)


 現代の書店にあったようにアリシアとポップを書いていたりもしたけど、それらが見当たらない。そして――


「小説が……ない」


小説を置いていたはずの場所には学術書が置かれていた。


「すみません。小説は2号店の方で販売することになったんです」


 背後から声をかけられ、ドキリとした。


(アリシア……!)


 たくさんの時間をこの書店で一緒に過ごしてきた。書店が様変わりしても、アリシアがまだここで働いてくれていたことにホッとする。


「そうなのか。俺達、アダム・ルチカーの小説目当てで来たんだけどさ」


 動けずにいる私に代わり、エルヴィンがうまく場をつなげてくれた。


「ありがとうございます。アダムの小説……とっても面白いですもんね」


 そう答えたアリシアの声は震えていた。


「でも私、新刊より昔の小説の方が好きなんです。だからそちらをお勧めしたいです」


 何かがあったことは間違いない。私は意を決し、振り返って口を開いた。


「前はここに小説が置かれていましたし、向かいの店は別店舗だったと思うんですが……」

「ああ、すみません。以前もお越しいただいていたんですね。おっしゃる通り、前はカンパネラってお店だったんですけど、エンカウントと合併しまして……」

「合併、ですか……」


 なんだか腑に落ちずにいると、


「この書店のオーナーが合併話を持ち掛けたところ、カンパネラのオーナーは手を組まれる決断をされたんです」


 アリシアがそう補足してくれた。


(リナが出した条件をジークは承諾したんだ……)


 経営者として、利益になる選択をするのは当たり前だ。そう頭ではわかっているけど、利益よりプライドを優先して突っぱねる方がジークらしいと思えた。


「俺、〝小説撲滅に抗った軌跡〟も読んだんですけど、リナ嬢ってのはよっぽどすごい人みたいですね」


 エルヴィンが探りを入れると、アリシアの表情がこわばった。


「ええ、リナ様は……」


 呼び方の変化に二人の関係性が決定的に変わったことに気づく。


「っ……」


 そして口ごもり、涙を目にためたアリシアを見るに、間違いなく彼女の身にも何かあったのだろう。


「すみません、デリケートなこと聞いちまったみたいで……」

「いえ、こちらこそ……驚かせてしまいましたよね」


 出会ったばかりの頃のアリシアは吹けば飛んでいってしまうような脆さがあったけど、この店で働き始めてからは泣き言を言わなくなった。だからこれはよっぽどのことだ。


 アリシアは私たちに恐縮しながらポケットからハンカチを取り出す。その際に何かが落ちて、私は身を屈めてそれを手に取った。


(これは……)


 その時ちょうど扉が開き、店内に入って来たのは――アダムだった。

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