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26.剣を交えて

 エルヴィンと一緒に馬車に乗り、途中で野宿したりもしながら私は再び王都へと戻って来た。


「…………」


 転生したと思い込んでた時は、ゲームの背景と同じアングルを見つけては喜んでいたのに。今の心情はあの時とまるで違う。


「……大丈夫か?」


 城への道すがら、緊張が顔に出ていたのだろう。エルヴィンが心配そうに声をかけてくれた。


「うん。リナが待ち構えてたらどうしようかと思ったけど、ここまでは大丈夫だったね」

「まあ王都は人の出入りが激しいからな。いくらエスパーダ家でも一人ずつ確認できるほどの権限は持ってねえってこった」


 以前エルヴィンと話したように、魔法が万能なら私が戻ってきたことを感知したりもできそうだ。だけど仮説を立てたように、何もかも魔法で解決できるというわけではないらしい。


(私が戻ってくる可能性を全く考えてないって可能性もあるけど、着いて早々取り囲まれる事態にならなくてよかった)


 入城手続きはエルヴィンが馬車から顔を出しただけで


「エルヴィン様じゃないですか! お久しぶりです!」


 と門番が色めき立って難なくクリアした。


(あの門番、私がリナだった時によく顔を合わせてた人だ……)


 こっちは認識できても、向こうは私がリナだとわかるはずもない。


「そちらが奥様ですね。はい、お通りください!」


 一瞥されても特に何も言われず、私たちは入城した。


「怪しまれなかったね」


 門番から離れたところで声を潜めてそう言うと、エルヴィンはニヤリと笑った。


「俺の嫁を怪しむなんてあいつにはできねえよ。ぺーぺーの時から世話してやってたからな。それにお前はどっからどう見ても貞淑な妻って感じで疑う余地がねえ」

「そ、そう?」


 落ち着いた色合いの服に、左手の薬指にはエルヴィンとお揃いの結婚指輪をつけている。地味目な容姿も相まって、確かに警戒すべき相手には見えないかもしれない。


「俺もできる限りフォローするから、お前はどんと構えてろよ」


 馬車が止まり、扉が開く。降りようとしたところでエルヴィンが私に待ったをかけた。


「ストップ! ここは俺がエスコートさせていただきます」


 先に馬車から降りたエルヴィンはそう言って、私の手を取る。


(うう……)


 これまでも他の人の手を借りて降りたことはあるけど、そうするのが一般的だったからなんとか普通に振る舞うようにしてきた。だけどこれは……。


(リナならともかく、自分だとこの状況に耐えられない……!)


 地味女をエスコートさせることに申し訳なさを感じながら降りると、エルヴィンは私の手を握ったまま歩き出す。


「えっ。あの、手……」

「新婚ってことになってるから、こうした方が自然だろ?」


 耳打ちされ、そうか……と納得はしたものの、男の人と手をつなぐなんて小学生以来だ。


(まずい、手がじんわりしてきた気がする……!)


 耐性がなさすぎて挙動不審な私の歩くペースにエルヴィンが合わせてくれて、なんとか謁見の間へとやってこれた。


「この先にベイル様がいるが、まあ肩の力抜いて気楽に行こうぜ」

「う、うん……」


 ベイルと会うのは小説撲滅を阻止するための計画を練って以来となる。この姿で会うのも緊張するけど、私が王都を去ってからどうなったのかが気になるところだ。


 謁見の間への扉が開き、その先に玉座に座すベイルの姿が見えた。


「エルヴィン、よく来たな」


 ベイルは立ち上がると、傍らに置いていた二つの剣を手に取る。


(え……なんで剣? ま、まさか……)


 リナによってベイルが懐柔され、敵に回ったのかもしれない。だとしたら逃げ――


「フィーナ、下がってろ」


 そう言うと、エルヴィンがベイルの元へと歩き出す。


「いやー、ベイル様にこんな早く再会できて嬉しい限りです」

「ぬかせ。その減らず口を叩けなくしてやる」


 ベイル様が手にしていた剣の一つを投げ、エルヴィンが難なくそれを受け取る。


「腕が落ちていないか確認してやろう」


 と言ったかと思えば剣を抜き、ベイルは素早く距離を詰めてきた。


「手荒い歓迎ですね……っと!」


 エルヴィンも鞘から剣を抜くと、ベイルの振るった剣を受け止めた。金属同士が激しくぶつかり合う音に、心臓をつかまれた心地になる。


「エルヴィン……!」


 下がってろと言われたけど、加勢した方がいいのではないかと声が上ずった。エルヴィンはベイルの剣を受けたまま、声を張る。


「そんな心配すんなって! お前が見てる前でやられたりしねえよ。それに……」


 ベイルの剣を押し出すようにエルヴィンが動く。


「っ!」


 それを受け流そうとベイルが動いたところで、エルヴィンの剣が一閃した。


「王家専属騎士団長ってのはな、誰でもなれるもんじゃねえんだよ!」


 ベイルの手から離れた剣が宙を舞い、床へと落ちる。


「なるほどな。妻を娶って腑抜けたと思ったが、そうではないらしい」

「むしろ逆ですって。養うべき家族ができたことで、更に強さに磨きがかかって……」

「相変わらずうるさいな、お前は」

「酷っ!」


 さっきまで緊迫していたのが嘘のように、二人は軽口を言い始めた。


(えーと……殺す気はなかったってこと、なのかな?)


 でも落ちている剣はどう見ても真剣だ。じゃれ合いにしては度が過ぎている。


「お前のことだ。書面にあった通り、まさか本当に結婚の報告をしに来たわけではないだろう?」


 剣を拾い上げて鞘にしまいながら、ベイルはエルヴィンに目を向けた。


「さっすがベイル様。話が早くて助かります」

「時間が惜しい。本題に入れ」

「いや、その前に! 俺の妻を紹介させてくださいよ。ほら、フィーナ」


 手招きされ、慌ててエルヴィンの横に並ぶ。


「フィーナと申します……」


 裾を持ち上げて頭を下げるも、ベイルの反応は淡泊だった。


「ああ。で?」


 小説や恋愛絡みの話をしていた時は同じ秘密を共有しあう友達のようなものだったから、嫌でも関係値がゼロになったことを思い知る。


「かつて王都に住んでいたフィーナから小説にまつわる騒動が起こっていたって話を聞きまして。ベイル様、小説が好きだって大々的に打ち明けたそうじゃないですか」

「……そうせざるを得ない状況だっただけだ」

「ベイル様の話やリナ嬢の活躍で騒動は収まったそうですが、フィーナが言うには発売されたこの小説と実際の出来事には食い違いがあるみたいですし」


 エルヴィンが鞄から〝小説撲滅に抗った軌跡〟を取り出すと、ベイルの顔が曇った。


「王都でアダム・ルーチカが書いてばら撒いてた小説と内容も違うそうじゃないですか。俺も読みましたけど、ベイル様は少し後押ししただけでほぼリナ嬢一人の手柄ってことになってて、なーんか情報操作されてる印象を持ちまして。ほら俺、現役を退いても心は騎士のままなんで。ベイル様が妙なことに巻き込まれてるんじゃないかなーと思って、こうして参上したわけです」


 あらかじめ打ち合わせていたことではあるけど、エルヴィンはひょうひょうと語って見せた。


「実際のとこどうなんです? リナ嬢とやり合ってたりするんですか?」


(えー! それはいくらなんでも単刀直入すぎない!?)


 ズバリ聞いたエルヴィンに目を白黒させていると、ベイルが小さくため息をついた。


「やり合ってはいないが、婚約話が持ち上がっている」

「!?」


 『婚約』という予想外の言葉に私は声が出そうになるのを慌てて飲み込んだ。

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