25.ある騎士の物語
――王都から離れた、自然豊かな町。田舎だが、俺はこの町が好きだった。
俺は平民で、学もなかった。そんな俺が唯一誇れるのは、父親譲りの図体のでかさだけだ。でかいから力もある。そんじょそこらのやつに負けなかった俺は成長するにつれ、自分の強さがどこまで通用するのか試したくなった。そのころ王都では身分に関係なく騎士の志願者を募っていたから、両親の反対を押し切って十五の時に家を出た。振り返ると無鉄砲で親不孝な息子だったと思う。
俺のように平民の志願者はごろごろいたが、厳しい訓練が進むにつれ数は減っていった。俺より強い上官を見れば手合わせしたいと思ったし、それまで学ぶなんて機会がなかったから訓練自体が新鮮で、苦しかったけど楽しいと思えた。だけど戦争が始まってからはそんなことを言っていられなくなった。
そもそも志願者を募っていたのは、戦争で戦うために必要だったからだ。一人、また一人と仲間が倒れていく戦場を俺は駆け回った。純粋に強さを求めていたはずなのに、死にたくなくて必死だった。
俺は生き延びて次々と戦果を挙げた。そのたびに出世して、遂には異例の速さで隊長に任命された。皇帝から呼び出されたのはそんな時だ。息子に剣術を教えてやってほしいということで、俺は十歳のベイル様と引き合わされた。戦いに明け暮れて擦り切れていた俺にとって、ベイル様との時間は童心に戻れるというか、ともかく救いだった。
しかし皇后が精神を病んで亡くなり、相次いで皇帝も亡くなってからはそうも言っていられなくなった。国の行く末や民の命がまだ少年だったベイル様に重くのしかかり、皇帝として即位した少年は強くなることを余儀なくされた。俺はそんな彼の補佐をすべく、王家専属騎士団長になった。
お互い戦争が終結するまで血にまみれ、戦い抜いた。その甲斐あって平和が訪れたものの、強さにとりつかれたベイル様は剣を振るう機会を失い、どこか抜け殻のようになった。そして俺も、十代二十代前半は若さや勢いで何者にでもなれると思っていたが、現実を知り、限界があるのを感じ始めていた。そんな時にたまたま立ち寄った書店で小説と言うものに出会った。
そこには俺が失ったものであったり、夢見たものが綴られていた。それが戦争を経て乾ききった心に染みて、妙に泣けた。ベイル様にも勧めたら最初は見向きもしなかったが、俺のしつこさに根負けして読んでくれた。そうしてちょっとずつ、ベイル様も年相応の青年らしい感情を見せるようになっていった。
遠く離れた故郷に住む父さんから手紙が来たのはそんな時だ。元気だった母さんしか覚えていなかったが、俺が歳を取るように両親も歳を取る。それでも俺のことを風の便りで知って、毎日祈ってくれていたらしい。そんな母さんが倒れて療養を余儀なくされている。母さんは伝えることに反対したらしいが、父さんは伝えるべきだと筆を取ったらしい。一度顔を見せに来いと書かれていたから、俺は久々に故郷の土を踏んだ。
王都に比べれば田舎で刺激に欠ける。だけど俺はこの町が好きだったことを思い出した。
老いた両親はたまに顔を出すだけでいい、自分の仕事を全うしろと言ってくれたが、後輩も育っているし、隊長の座を辞するいい機会だと思った。
ベイル様は仏頂面でわかりにくかったが、俺を引き留めはしなかった。それがベイル様なりの優しさであることがわかるほどには長い時を過ごしたつもりだ。
王都を去り、両親との時間を取り戻すかのように過ごしていくにつれ、戦争で荒んだ心も晴れていった。ここには売っていない小説をベイル様は時折俺に送ってくれた。
周りから嫁はどうするんだとせっつかれ、元騎士団長だというのもあって縁談を勧められたが全部断った。もう少しだけ家族との時間を持ちたいというのと、血で汚れた自分が家庭を持てるのかという漠然とした不安があった。
毎日決まったことの繰り返し。それでもいいと思っていたが、隣の空き家に訳ありっぽい人間が引っ越してきた。というか、いつの間にか住んでいたといった方が正しいのかもしれない。明かりが灯るのを見かけても、住人の姿を見ることはなかった。けれどしばらくして遂に姿を見せたのは同い年の女だった。
最初の印象を言ったら怒るだろうが、妙に覇気がない、暗い女だと思った。けれど事情を聞いて腑に落ちた。あんなことがあった後ならそりゃ家から出る気にはなれなかっただろうし、誰とも会いたくなかっただろう。
外に出るようになってからの彼女は顔を合わせれば挨拶をしてくれたし、街の人とも交流するようになった。みんな口にはしなかったが、なんとなく訳ありだと感じてはいた。それでも受け入れたのは、彼女が礼儀正しく真面目だったからだ。
そういった人柄やベイル様に対する印象、俺ももらった皇家の紋章が入ったブローチを見て、彼女の話が信用に足ると判断した。しかもそれだけでなく、ベイル様や彼女の助けになりたいと思って、気づけば「俺も行く」と言っていた。
酸いも甘いも知って、もう勢いに任せてこの町を出ていくことはないと思っていたのに。だけど……いや、不謹慎だってことはわかってる。でもなんだかワクワクしている自分がいたりもするんだ。
俺にとって小説に出てくる主人公は、自分の叶えられなかったことを叶えて、夢を見せてくれる存在だった。あんなふうになれるとはもう思っちゃいない。それなのに年甲斐もなく、心がたぎった。
もしかしたら、これが最後の無茶かもしれない。まあ話だけ聞いて送り出せるほど俺は大人になり切れてなかったってことか。
◇ ◇ ◇
「もろもろ手配できたから、明日出発する。リナもそのつもりでいてくれ」
リナの家を訪ねて偽装した通行許可証を渡すと。
「フィーナ・ランスロット……勇ましい名前……」
「ああ、俺の妻ってことになってるからな。気にくわないかもしれねえけど、公の場で名乗るときはこう名乗ってくれ」
「いやいや、ここまでしてもらって文句言える立場じゃないよ」
これまで胸に秘めていたことを話したからか、リナは堅苦しさが取れて、自然体になった気がする。
「エルヴィンの評価を落とさないようにしなくちゃ……」
眼鏡を押し上げ、髪を撫でつける姿に思わず吹き出す。
「そんな身構えなくてもよ、俺には十分すぎる嫁さんだって!」
「!?」
褒めたつもりなのに、リナは目を白黒させて後ずさった。
「その、エルヴィンって……素でそういうこと言ってるんだよね?」
「だとしたらなんだ?」
「いや……うん、動揺してボロを出さないようにするよ」
よくわからないが、リナの表情が思いのほか明るくてよかったと思う。
「王都についたらベイル様に謁見して、お前の……エンタメなんとか……」
「エンタメ世界に広め隊?」
「ああ、それそれ。その仲間がどうなったかの確認と、リナ・エスパーダの動向を探るってことでいいな?」
「うん。この姿でみんなと会うのはちょっと怖いけど……」
そう言ってためらう気持ちが俺にも少しわかる。別人になっちまったのもあるし、眩しいんだよな。まだこれから何者にでもなれるやつらってのは。
「そいつらが本当の仲間なら、姿が違っても何かしら伝わるもんがあるはずだ。負けんなよ。悪者を倒すってのは小説のお約束なんだからよ」
「主人公って柄じゃないんだけど……」
口ではそう言いつつ、リナは前を向く。
(そうだ、主人公はこうでなくちゃな!)
こうして俺は待ち受ける苦難から主人公を守る相棒として、再び王都に足を踏み入れることになった。




