24.アラサーの意地
「そう警戒するなよ。職業柄いろんなやつを見てきたから、人を見る目はあると思ってるんだ」
ぎこちなくしていた私の緊張を解くように、エルヴィンがそう口火を切った。
「それにフィーナはベイル様のことを話したとき、笑ってただろ? 小説好き以前にベイル様は周囲から恐れられてる。普通はロマンチストなんて言われたって信じない。だけどお前はあの人のことをよく知ってる口ぶりだったと思うんだが……どうだ?」
元王家専属騎士団長を務めていただけあって、彼は洞察力に優れていた。
「…………」
少し考え、私は皇家の紋章が入ったブローチをエルヴィンに見せた。
「ベイル様とは小説をきっかけに知り合って……これはその時にいただいたの」
「あのベイル様に気に入られるとは……やるな、フィーナ」
ベイルとの接点を打ち明けてもエルヴィンは訝しむどころか感心して見せた。その姿を見て、一縷の希望のようなものが芽生えた。
「こんなことを話しても信じてくれないかもしれないんだけど……」
この人なら力になってくれるのではないか。そんな思いに駆られて、私はエルヴィンにこれまでのことを打ち明けた。
◇ ◇ ◇
「……なんだかそれこそ小説みたいな話だな」
すべてを聞き終えたエルヴィンの第一声に、私はうつむく。
「やっぱり信じられないよね……」
「いや、信じるぜ」
あっさりそんなことを言うものだから、反応に困った。
「えっ。本気?」
「ああ。言ったろ、人を見る目はあるって。リナ・エスパーダと共作だって話をした時のお前の反応も、そういう経緯があったなら説明がつくしな」
さすが元騎士団長と言うべきか。エルヴィンは動じることなく冷静だった。
「にしても、ちょっと妙じゃねえか?」
「妙って……?」
「リナ・エスパーダだよ。魔法が使えるってんなら、魂の交換云々なんてせず、自分がいいように見られるように魔法をかけちまう方が手っ取り早いだろ?」
「それはそうだけど……実験って言ってたし、あえてこういう方法を選んだんじゃない?」
「にしてもよ、俺なら記憶を消すか口封じのために殺すぜ」
恐ろしいことを言われてゾッとすると同時に、こうして飼い殺しにするよりそっちの方がリスクもコストもかからないのは確かだ。
「証拠隠滅のために殺すよりも……とか、セラスと話していた気はするけど……」
「それも一理あるが、権力があればもみ消すことだってできるだろ? 殺しすぎたらさすがに足がつくだろうが、お前1人……しかもこの世界に元から存在しなかった奴を消す方法はいくらでもある」
「怖いこと言わないでよ……」
だけど殺して人気のないところに埋めるなり、それこそ魔法でどうとでもできる気はする。そうしなかったということは、何か理由があるはずだ。
「……そういえば、魔導書に代価を支払えば魔法が使えるって言ってた。魂の交換や召喚とか、〝魔法〟って言葉もあって何でも思いのままにできると思い込んでたけど……」
本当に何でもできるのなら、エルヴィンも言ってたように周囲に好かれる魔法をかければいい。ただエンタメにおける魔法ものでも『人の心は変えられない』とか『死んだ人は生き返せない』といったお約束事がある。
「リナはそこまで魔法を使えない……あるいは何かしらの縛りがある、とか?」
「まあそう考えるのが妥当だな。魔導書を媒介にしてるってんなら、そいつを燃やせば無力化できるかもしれねえ」
一人でいた時はリナが絶対的な強者だと思い込んでいたけど、付け入る隙があるとするなら。
「私……、王都に行こうと思う」
〝魔法〟という点において不明瞭なところが多いけど、リナが公爵令嬢だという事実は変わらない。魔法が使えなかったとしても、相手は私をどうとでもできる。でもやっぱりみんなが置かれている状況を思えば、ここでじっとしていることはできなかった。
「みんなの様子が知りたいし、近くで動向を観察すればリナについても何かわかるかもしれないし……!」
「まあ待てって。乗り込むにしても探るにしても1人だと何かあった場合、対処しづらい。だから俺も行く」
「そんな……お母さんのことも心配だろうし、そこまで迷惑かけられないよ」
「……俺は十年近く騎士としてベイル様に仕えてきたんだ。こんなことを言ったら不敬かもしれねえが、俺にとっちゃ弟みたいなとこもあってよ。そんなベイル様がきな臭いことに巻き込まれてるってのに、ここで指くわえて見てるわけにはいかねえ。騎士ってのはな、主君の危機には何が何でも駆けつけるもんだ」
騎士団長の地位を退いても尚、その忠誠が揺らぐことはないのだろう。エルヴィンの決意が固いのを見て、私も覚悟を決める。
「わかった。王都に詳しいエルヴィンに協力してもらえるのは……すごく心強い。よろしくお願いします」
頭を下げると、雑に頭をなでられた。
「そういう堅苦しいのはなしだっつったろ? あと乗り込むにしても怪しまれないようにこっちも偽装する必要がある」
そこでエルヴィンはじーっと私を見た。
「同い年だし、夫婦ってことにすっか」
「ふ、夫婦!?」
「ああ。俺の伴侶なら身柄を怪しまれることもねえし、結婚したからベイル様に報告に来たっつーことなら、お前ともども謁見できる」
「……なるほど」
元王家専属騎士団長の肩書は伊達じゃない。エルヴィンを咎められる者はそういないだろう。
「そうしてもらえるとすごく助かるよ。奥さん役が私で申し訳ないけど……」
「なんでだ? 見知らぬ世界で事業始めたとか、お前はすげえ女だと思うぞ?」
「そっ……そんなことないよ」
褒められることなんて乙女ゲーの中だけだったから、現実の破壊力たるや凄まじかった。
「むしろ旦那役が俺で悪いな。ま、あくまでフリだから我慢してくれ」
エルヴィンは私の年齢や見た目を一切気にしていないようだった。
(そもそもエルヴィンからしたら、よくわからない世界から来た異星人なのに。こんなに親身になってくれるなんて……)
団長時代のことは知らないけど、部下から慕われていた姿が容易に想像できた。
「あ、フィーナって勝手に名付けられたようなもんだよな? 本名で呼んだ方がいいか?」
「そうしてくれると嬉しいけど、エルヴィンが変に思われるよね? あだ名って言うには違いすぎるし……」
「けど、無理やり変えられた名前名乗りたくねえだろ。納得いく名前で呼ばれたいだろうし、俺も呼びたい」
「っ……」
フィーナと名乗ったり呼ばれるたびに、〝江角梨菜〟はもうどこにも存在しないのだと嫌でも実感させられてきた。だけどそんなことは誰にも言えず、私は二度と名前を名乗れないし呼ばれないのだと思っていた。
「あっ、でも自分を貶めた女と同じ名前でもあるのか……。呼ばれたい名前があったらそれでもいいぞ」
エルヴィンの配慮は涙が出るほどうれしかった。
(まあ人前で泣くとか、恥ずかしくてできないんだけど)
だから唇を噛みしめて、目に力を入れる。
「ありがとう。けどリナって名前だと人目を引いて作戦に支障が出るかもしれないから、フィーナで大丈夫」
「おう。じゃあ周りに誰もいない時はリナ呼びにすっか」
ニカッ笑うエルヴィンに私も笑い返す。
「うん!」
「そうと決まれば色々準備しなきゃだな。王都での潜伏場所はツテがあるから任せてくれ」
「あの……お母さんのことは本当に大丈夫?」
「なんだ、気にしてたのか? 回復してきてるし、ここで協力しない方がどやされるって」
リナの言いなりになるのはもうおしまい。私はここからの反撃を胸に誓った。




