23.心残り
(ああ、またなのね)
自分に向けられる眼差しに辟易する。好感度がゼロの状態ではなく、ある程度上がっている今回ならあるいは……と思ったのに。
(私は結局悪女としてしか生きられない)
努力してステータスを上げても誰からも好かれず、破滅していく。結果は変わらなかったから、私は考え方を変えてセラスと共に賭けに出た。
(この世界が私を悪女にしようとするなら、もういっそ……)
そうして決死の覚悟で実行したら、私と同じ名前の子が召喚された。正直、運命だと思った。
「セラス、行くわよ」
「はい」
セラスは大人しく私の言葉に従う。
「お兄ちゃん……」
アリシアが咄嗟に引き留めるべく、服の裾をつかんだけれど。
「……ごめん」
振り切るセラスがどんな気持ちでいるかなんて、アリシアにはきっとわからない。わかりっこないのだ、絶対に。
◇ ◇ ◇
「本当に大丈夫?」
家に一人でいると嫌でもリナとの一件を考えてしまうから、私は思い切って働きに出ることにした。といっても、私にできることは限られてくる。
雇ってもらえそうなところはないか探していた時に声をかけてくれたのは私より一回り年上で、この町でみんなから姉貴分と慕われているハンナだった。彼女は子だくさんで、シッターを探していたらしい。
「はい。任せてください」
「助かるわ~! うちの子、みんなわんぱくでさ……」
と、話してる最中に下二人が追いかけっこを始めた。
「こら! 静かにしなさい!」
「やだー!」
「逃げろー!」
捕まえようとしたハンナの手を逃れた二人は、外へと逃げていく。
「あの子たちが特に手におえなくてね……。悪いことしたら遠慮なく叱っていいから」
「わかりました。とりあえず、探してきますね」
そうして探しに行こうとしたところで、
「ちびども、大人しくしろ!」
そんな声とギャーギャー叫ぶ声がしたと思ったら、
「ハンナー、ちびどもがまた……って、あれ、あんた……」
逃げた二人を両脇に抱えた屈強な男性が姿を見せた。
「あ……エルヴィンさん……」
「さん付けはするなって何度言えばわかるんだ、同い年なんだからさ」
彼は私の隣の家に父母と一緒に住んでいる。私が引っ越してきてからしばらく姿を見せなかったことを心配して、様子を見に来てくれてから少しずつ話をするようになった。
「わかる気がするよ、あんたって年齢より老けてるもんねぇ」
「いや、老けてるんじゃない。大人びてるんだ!」
むきになってハンナに言い返す姿に思わず笑ってしまう。
「おい、笑ってないで援護しろよ」
「なんだい、元騎士様ともあろうものが女に助けを求めたりして。呆れるねぇ」
「えっ。エルヴィンって騎士だったの?」
初めて知った新事実に驚いていると、エルヴィンは苦笑した。
「なんだよ、見えねえってか?」
「ううん。武闘派な感じはしてたけど……」
「エレナ……エルヴィンの母親が体調崩しちまってね。王都はここから遠いだろう? だから騎士をやめて戻って来たのさ。王家専属騎士団長にまで上り詰めたってのに、顔に似合わず優しいだろう?」
「一言余計なんだよなー、ハンナは」
「だよなー」
「わかるー」
エルヴィンに便乗するように頷く子供たちに、ハンナは容赦なくげんこつを食らわせた。
「あんたも余計なこと言うんじゃないよ!」
エルヴィンもげんこつの餌食になると思われたが――
「うわ、待った! ほら、ハンナが気になってるって言ってた小説持ってきてやったんだ!」
子供たちを下ろすと、エルヴィンは肩にかけていた鞄から一冊の本を取り出した。表紙には〝小説撲滅に抗った軌跡〟とある。
(あ……。ばら撒き用の小説を本にしたものだ)
私も気になってはいたけど、どうやら無事に出版できたらしい。
「なんでも今回はあのリナ・エスパーダとの共作らしいぜ」
「えっ?」
「なんだ、フィーナも興味あるのか? 俺も自分用に買ったから、よければ先に読むか?」
差し出された本へと恐る恐る手を伸ばし、ページをめくる。
(何これ……ばら撒き用の小説と違う)
他のみんながやったことまでリナがやったかのように書き換えられていて、アダムの小説の良さが完全に殺されていた。
(エリザベート様が悪者のように書かれているし、こんなふうにアダムが書くはずない)
「フィーナ、どうしたんだい。怖い顔して……」
私の異変に気付いたハンナが心配そうに声をかけてくれた。
「ああ、ごめんなさい。その、ちょっと……」
私はその先の言葉を飲み込んだ。だって説明のしようがない。
(こんなの自分の名前で出版したくなかったはずなのに……アダムはきっと傷ついてる。ううん、アダムだけじゃない)
アダムが書いた小説が好きだったベイルも、小説の良さに着目してエンカウントと並ぶ書店を作り上げたジークも、アダムの夢を応援していたノエルも、私と同じ夢を追いかけてくれたアリシアも……みんながこの状況に納得しているとは思えなかった。
(それがわかっているのに、私は……何もできないの?)
何度もリナに立ち向かうことを考えては諦めた。だけどこのまま……傍観者のままでいいとは思えない。
「さっき、王家専属って言ってたよね? エルヴィンは今でも王都に行ったりとか、王家の人と会ったことあったりするの?」
足がかりにならないだろうかと、そんなことを尋ねてみると。
「こっちに戻ってきてから王都には行ってねえけど、ベイル様とは面識あるぜ。というか、俺が剣術教えてた時期もあったし」
「そうなの!?」
「ああ。だから結構付き合いは長かった。……ベイル様が小説を好きなの、フィーナは知ってるか?」
「あ……うん」
「そうか、なら話は早い。何を隠そう、ベイル様に小説を勧めたのは俺なんだぜ」
「えっ!」
「戦いに身を投じてたけど、戦争が終結して時間を持て余してたからさ。暇つぶしになるんじゃねえかと思って勧めたら、俺よりハマっちまって。ベイル様は見かけによらずロマンチストなとこがあるんだよなー」
「ふふっ、わかる気がする」
恋愛小説を愛読し、アリシアに対して強気に出れない姿を思い出して笑ってしまった。
「へえ、ベイル様がそんな方だなんて知らなかったよ」
ハンナは意外そうに首を傾げた。
「それに……小説がお好きなのかい?」
「少し前に公にされたの見ませんでしたか? ほら、水魔法で……」
「魔法? こんな田舎でそんなものを見る機会なんてそうそうないさ」
「そうだな。王都にいたなら話は別だがよ」
エルヴィンの補足にハッとする。ベイルの姿を映し出す魔法には限界があって、流れたのは王都のみ。話を聞いたならともかく、見ることは不可能だ。
「フィーナは王都から来たんだな」
別に隠す必要はないかもしれないけど、今までぼかしていただけに答えに窮した。そんな中、
「ねえー、おなかすいた」
「すいたー」
子供たちがハンナの足元にまとわりついて騒ぎ出す。
「はいはい。あたしはこいつらに何か食わせてくるよ」
何か察したのか、ハンナは子供たちを連れて家の奥へと姿を消す。あとには私とエルヴィンだけが残された。
「ここじゃなんだし、少し歩かねえか?」
「うん……」
並んで歩きながら、私は口を滑らせたことを後悔していた。
(三十歳で独り身な上、身寄りもないのに引っ越して引きこもってたってだけでもわけありっぽいのに、王都から引っ越してきたなんて何かやらかした感満載だよね……)
エルヴィンのように正当な理由をでっちあげられなくもないけど、この人に嘘は通じない気がした。




