22.栄える者と廃れる者
「ねえ、お兄ちゃん。リナの様子……いつもと違わない?」
小説に関する投票前にアダム様と話し合ったエリザベート様が訴えを取り下げたものの、ベイル様の宣言通り投票は行われ――小説は大多数の支持を得て存続が決まった。
リナ様とジーク様が経営する書店でも販売停止が解除されたことで連日客が殺到し、アリシアも対応に追われていた。だからしばらくは気づかないと思っていたのに。
「違うって……何か気になったことでもあったのかい?」
「その……忙しいからかもしれないんだけど、態度がちょっとそっけないように感じて……私だけじゃなくて、他のみんなに対してもそうなの。せっかくみんなで協力して小説撲滅を阻止したのに、お祝いもしないって言ってたし……」
誰かとなれ合ったりしないリナ様を知ってる身としてはなんら不思議はなかったが、アリシアやフィーナに関わった人にとってはそうではない。
(やっぱり気づき始めたか……)
リナ様と彼女は別人だ。
フィーナだからみんなと交流していく中で絆を深め、ここまでやってこれた。他者と関わっていく以上、アリシアのように外見が変わらなくても違和感を覚える者は出てくるだろう。
「リナ様はお忙しいのさ。アリシアだってそうだろう?」
「そうだけど……」
アリシアは不承不承と言った体でうなずく。
「リナを中心に集まってたのに、それもなくなっちゃって……なんだか寂しいな」
「…………」
フィーナと関わった面々は変わった。でもリナ様と私以外、フィーナのことは知らない。
彼女はここから遠い田舎町で暮らしている。何も言ってこないところを見るに、リナ様の条件をのんだのだろう。
(抵抗しようにも今の彼女にできることは限られている。それでもきっと彼女は……)
不意に心臓が痛み、耐え切れずに膝をつく。
「お兄ちゃん!?」
「はあっ……は……」
かなりの負荷がかかったから仕方がない。だけど、あと少しだけ。
「だい……じょうぶだ」
勝手なことはわかってる。それでも彼女の可能性に賭けてみたいと思った。
◇ ◇ ◇
――山に囲まれた田舎町にある、レンガ造りの小さなおうち。そこが私の新しい家だった。
リナから自分の体に魂が戻ってから、私は気を失っていたらしい。その間にこの家に運ばれて、気が付いた時には誰もいなかった。日用品と食料は用意されていたから困ることはなかったけど、今まで築き上げたものが奪われたショックは癒えない。
エスパーダ邸に乗り込むなり、真実を公表する手段を考えたりもした。だけどただの平民の私が訴えたところで不敬罪で捕まるのがオチだ。
(唯一使えるものといえば……)
日用品にまじって、ベイルからもらった皇家の紋章が入ったブローチが入っていた。セラスが入れてくれたのかもしれないけど、これを持って自分こそがリナだと訴えたとしても、盗まれたと言われたらおしまいだ。
(小説撲滅は阻止できて、販売も再開したのに……一切関わることができないなんて)
こんな田舎町でも、通販を利用して小説を所持している人がちらほらいる。私も利用してみたところ、小説は問題なく届いた。
(読む分には問題ないってことね)
ばら撒き用の小説は王都のみ配布だったため、要望が多かったのか結末込みで書籍化されることになったらしい。
(小説はハッピーエンドでも私は……)
顔を上げた先にあった鏡に自分の姿が映る。服装が変わっただけで、そこに映っていたのは三十歳の冴えない私だった。
(モブ中のモブって感じ……)
リナだった時はみんなと並んでも見劣りしなかったけど、今の私じゃ場違いすぎる。
(ここで、静かに暮らす。それが私には合ってるのかもしれない)
命を懸けて敵と戦う、だとか、差し違えても、とか、客観的には燃える展開だけど、いざ自分の身に降りかかってみると、強敵に立ち向かうよりも怖さが勝った。
少しずつ外に出て、ご近所付き合いもしたりして。この町の人はみんな素朴で優しかった。
(ここにいる限り、傷つくことはなさそう)
元の世界に戻れないことも、みんなに会えない悲しさも全部、時間が解決してくれるかもしれない。
「……っ」
だけど、今は割り切れない。一人でいることなんて慣れていたはずなのに、この世界では周りに誰かしらいて賑やかだったから。だから余計に一人が心細くて、涙が出た。
◇ ◇ ◇
「これ、書き直してくれない?」
久しぶりにみんながエンカウントに集まったのに、リナちゃんはそう言ってアダムに原稿を突き返した。
「なぜだ。訳を聞かせろ」
「ライルさん、落ち着いてください」
食って掛かりそうなライルさんにアリシアちゃんが声をかけたけど、当の彼女も納得してはいなそうだ。
「他のみんなよりもっと私に尺を割くべきだわ。だってあんな怖い思いをしてまで作戦を決行したんだもの。当然のことでしょう?」
リナちゃんは悪びれずにそう言い放つ。
「まるで自分一人の手柄だとでも言いたげだな?」
「そうなのよ、ジーク。さすがね、わかってるじゃない」
ジーク様の毒舌にも顔色一つ変えずに余裕の表情を浮かべる。うまく言えないけど、何かがおかしかった。
「……初めてだね」
突き返された原稿を手に、アダムが静かに口を開く。
「今まで内容については僕に任せてくれてたのに」
「だって、みんなが読みたいのは私のことじゃない。結局ノエルがつかんだ情報だってガセだったし」
「それは……!」
さすがにムッとして言い返そうとしたら、
「ああ、ごめんなさい。王女の名を騙った第三者によるもので、ガセとは言い切れなかったわね」
詫びてはくれたけど、まったく誠意を感じられなかった。
「第三者によるものだってわかったのはアダムが刺客を捕まえて、ベイル様が聞き出してくださったからでしょ。リナを悪女に仕立て上げるために誰かが暗躍していた情報自体は間違っていなかったわけだし、ノエルさんに失礼だよ」
「私に口答えするの?」
アリシアちゃんに対し、リナちゃんが冷ややかな目を向ける。
「口答えって……。私はリナの友達として……」
「エンカウントに雇ってあげてるのが私だって忘れてない? あなたを今すぐクビにしてもいいのよ?」
「リナ様、それは……」
ずっと口を挟まず静観していたセラスもアリシアちゃんを攻撃されて黙っていられなかったのだろう。だけど――
「お黙りなさい。私はこの子に言ってるのよ!」
リナちゃんは容赦なくアリシアちゃんを突き飛ばした。
「きゃあ!」
「アリシア!」
咄嗟にライルさんが抱き留めたけど、リナちゃんに非難の目が集まった。
「お前……さっきからどういうつもりだ。これ以上アリシアを傷つけるなら黙っていないぞ」
「へえ? あなたの秘密を握っている私に、そんなことを言ってもいいのかしら?」
リナちゃんは動じることなく、悠然と口角を上げて見せた。
「まさか俺をゆすろうとするとはな。俺に啖呵を切ったお前とはまるで別人だ」
ライルさんの言葉に、その場にいた誰もが思ったはずだ。
(そう、別人なんだ。何もかも……)
俺が知ってるリナちゃんは理由もなく誰かをけなしたり、攻撃するような子じゃなかった。
あのジーク様が好敵手と認めるほどで、少なくとも俺が見ていた限り、アリシアちゃんを信頼して店を任せていたし、アダムの作家としての意思を尊重してくれていた。そして大切な店の常連のライルさんに対し、あんなことを言うはずがない。
「俺も……今の君は嫌いだな」
いつも笑顔で余計な敵を作らないようにしてきた俺ですら、この時だけはそう言わずにはいられなかった。




