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21.全て彼女のシナリオだった

(え……?)


 アシストと言うのがどういうことかわからなくて、困惑してセラスへ目を向ける。


「セラスにはね、あなたの動向を観察して時には行動を促し、時には周囲の人望を得られる試練を演出するよう命じておいたの。ほら、弱者が苦難に打ち勝つ姿って涙を誘うでしょう?」

「演出って、そんなこと……」

「あら、思い当たることがあると思うけど?」

「…………」


 ゲーム開始時のフラグを折ってこのまま引きこもるべきか迷ってるとき外に促したのも、悪女認定されてピンチだった時にやり返すよう提案してくれたのもセラスだった。


 それにジークがエンカウントの近くでカンパネラを立ち上げたこと。小説を取り扱ってることによる業務停止。どれもセラスからもたらされた情報で私は知ったけど、どうして私が察知できなかったのか。身内が関与して内々に進めていたことだとすれば、説明がついてしまう。


「じゃあ……刺客に襲われた時、傍にいなかったのも……」

「冤罪に追い込まれ、それでも仲間によって身の潔白が証明されたのに襲われる悲劇。そんな光景を目の当たりにしたら、みんな同情するでしょう? ああもちろん、アダムが助けに入るのは織り込み済みよ。大切な体を傷つけられたら困るものね」

「そういう演出をするためだけに……隣国の王女まで巻き込んだの?」

「ふふっ。まだわからない? 一目惚れしたベイルのためにあなたを悪女に仕立て上げた王女なんていないわ。あれはその方が盛り上がると思って、私が裏で手を回したの」


 ガツンと殴られたような衝撃が走った。困難にぶつかるたび、乗り越えてきたことはなんだったのか。憤りか悔しさか、唇が震えた。


「架空の敵相手にみんなが上手に踊ってくれたおかげで、私は富と名声を手に入れた。私に見向きもしなかったベイル、ノエル、アダム、ジークも今じゃ私に一目置いている。ふふっ、私の実験は大成功だったってわけ!」


 絶望に叩き落とされながらも、私はどうにかして助けを求められないか考えた。だけど王女の手の者から身を守るために屋敷に待機することになったのも計算の内だったのだろう。


外敵に対しての備えは万全でも、中に敵がいた場合は――


「抵抗しようなんて考えないでね、リナ。私はあなたの頑張りに感謝しているの。召喚することはできても元いた世界に戻してあげることはできないのだけど……あなたには一生暮らしていけるだけのお金と、ここから離れたのどかな田舎町に住まいを用意してあるわ」

「ふざけないで。そんな自分勝手なこと……」

「あら、悪い話じゃないと思うわよ? この世界であなたが何の助けもなく生きていこうとしたら、もっと苦労するもの。でも働くことなく、楽な生活ができる。前の世界よりも恵まれてるんじゃない?」


 確かに心を擦り減らして何十年も働くのはつらい。だけど私がこれまで生きてきた経験を活かしてエンタメ普及に取り組んできたのに。それらすべてをリナに渡してしまうのは嫌だった。


「頑張ってきたのは私よ。あなたじゃない……!」

「でもあなたがここまでできたのは、公爵令嬢のリナ・エスパーダだったからでしょう?」

「それは……」


 反論しかけたけど、できなかった。男性社会で女性が事業を行いにくいとはいえ、公爵令嬢だったからクリアできた問題がいくつもある。少なくとも平民だったなら、同じことをなすのにもっと時間を有していただろう。


「戸籍も用意してあげたから、家庭を持つことだってできるわ。ほらこれ」


 差し出された戸籍には、〝フィーナ・ラクリマ〟と明記されていた。


「こんなの私の名前じゃない……」

「でもあなたはリナ・エスパーダでもないでしょう? 小説事業も私がちゃんと引き継いであげるから、あなたはフィーナとしての人生をスタートすればいいわ」

「元に戻るとして……小説事業に私も……」

「どうして私が年の離れた平民のあなたを傍に置かなきゃいけないの?」


 蔑みと嘲笑。前世でも幾度となくこういう扱いをされてきた、あの感覚がよみがえる。


「貴族社会で荒波にもまれるより、あなたは田舎町で分相応な生活を送るべきよ。あなたが盾突かなければ、私もあなたの生活を脅かしたりしないわ。ね、私がここまですることなんてないのよ? それだけあなたの頑張りに感謝してるってことだとわかってちょうだい」


 まるで聞き分けのない子供に言い聞かせているようだ。


(私の意思は関係ないのね……)


 おそらく体の自由を奪ったのは、さっき口にした紅茶だ。通常時なら逃げれる望みもあったけど、この状態で二対一では勝ち目がない。


(リナとなって仲間と一致団結して事業を起こし、苦難を乗り越える。まるで小説のような、そんな夢を見ていただけ。夢は……いつかは覚める)


 私に抗う術はない。そしてリナじゃなくなった私には、みんなの横に並び立つ資格すらないのだ。


「わかってくれたみたいね」


 肩を落とした私を見て、リナは微笑んだ。


「では……魂の交換を始めましょうか」


 魔導書が輝き、私とリナの体が光りだす。


(セラス……)


 セラスは何も言わず、じっと耐えるように目を伏せていた。


 やがて体から浮き上がるような感覚と共に、私とリナの魂が交錯した。



          ◇ ◇ ◇



「リナ様、ご気分はいかがですか?」


 いつか聞いた問いに、口を開けかけるも――


「体が軽いわ。やっぱり年増の体はなじまなくて苦労したもの」


 鋭いナイフのような言葉に、思わず私は口を閉ざす。


「それにしても戸籍や住まいを準備するだなんて、セラスってばフィーナに情が湧いちゃったの?」

「ご冗談を。せっかくリナ様は名声を得たのですから、証拠隠滅のために殺すよりも寛大な処置を施したとする方がよいと思ったまでです」

「そう。まあ足元をすくおうとする輩はいるでしょうし、あの好条件をフィーナも蹴りはしないでしょう。後は任せるわ」

「承知いたしました」


 ぼんやりした意識の中で、ふとゲームでセラスは「リナ様」と呼んでいたことを思い出す。


(そういえば私のことはいつも〝お嬢様〟呼びだったっけ)


 それでも使い捨てのコマとして切り捨てず、口添えをしてくれたと思いたいのは私がセラスをまだ信じたいからなのかもしれない。


 少し冷たい指先が私の手に触れる。


「あなたとの日々は楽しかったですよ、お嬢様」


 そう聞こえた気がしたのは夢か、それとも現実だったのだろうか。

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