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20.本当の悪女は……

 殺意を向けられることなんて、生きていてそうそうないだろう。できることならこんな経験はしたくないけど、私がこの場所で姿をさらした真の目的はこれだった。


(ベイルが私の味方をしたことで、私を悪女にするシナリオが覆るかもしれない。そうなったら困るから、まだ大義名分があるうちに私を消そうとするはず)


 何かしらの動きがあることは予測できたから私も護身用の魔法がかかったチョッキをドレスの下に着ていたし、セラスも――


(あれ?)


 隙を見せるためにセラスには少し離れた位置に待機してもらっていた。でもなせか姿が見えない。


(こうなったら私が……!)


 ステータスを信じるならそう簡単にやられはしないはずだ。だけど……やっぱり怖いものは怖い。


「死ね!」


 繰り出されたナイフを叩き落とす勇気はなく、


「ひっ」


 すんでのところで避けたけど、相手は攻撃の手を緩めなかった。ナイフの刃先がまっすぐ私に突き出される。


「っ!」


 息をのむ片隅で、短髪の男性が私と刺客の間に滑り込み、剣を振るった。


 ギイン、と刃物がぶつかり合う音が響き、刺客の手からナイフが弾き飛ぶ。刃先が太陽の光を反射して落ちていくのがやけにスローモーションのように見えたけど。


「リナは悪女なんかじゃない!」


(えっ)


 短髪の男性の声で現実に引き戻された。


「ベイル様が話されていた通りだ。僕……アダム・ルーチカが小説執筆を始めたのは三年前……リナと知り合う前だ。それにモチーフを指定されたことはあっても、小説の内容は僕に一任されている。小説が悪影響を及ぼすというなら、その責を負うべきは僕であってリナじゃない」


 人の目が怖くて前髪を伸ばし、ヘルメットのように独特な髪型をしていたのに。


「アダム……?」


 振り向いた彼は、ホッとしたように笑う。


「僕の考えを伝えに来たよ、リナ」


 遮るものがなくなったことで、あの日夢に同調してくれた綺麗な翡翠の瞳がよく見えた。



          ◇ ◇ ◇



 アダムが助けてくれたおかげで刺客は取り押さえられ、私は無傷だった。


「お嬢様、申し訳ありませんでした」


 セラスは待機中に別の刺客に妨害されたらしい。


「こちらは刺客を取り逃してしまいましたし、アダム様の助けがなければお嬢様が無事だったかどうかわかりません。私は執事失格です」

「もういいってば。取り逃がしたのは、私のもとに駆け付けるのを優先したからでしょ?」

「そうですが……言い訳にすぎません」


 セラスはずっと自分を責めていて、十分反省してるように見えた。


「セラスにはいつも助けてもらってるし、これくらいでクビにしたりしないから」


 ベイルに加えてアダムが真実を自ら語ったことで、私に対する見方は変わった。とらえた刺客は誰の差し金か聞き出すべく城に連れていかれ、アダムはエリザベート様と話すことになった。


 暗殺未遂が起こったことでベイルが屋敷に護衛を派遣してくれたから、ひとまず私は小説に対する決議が出るまで待機となったけど。


「私よりエリザベート様は大丈夫かしら。今回のことで責められたりしないか心配だわ……」

「ノエル様が王女の関与をベイル様にもお伝えしたようですが、今のところ証拠がありませんからね。とらえた刺客が口を割れば状況は変わるかもしれませんが……」


 再会したときにアダムにもノエルと話したことは伝えたから、親子の縁がこじれることはないと思いたい。


「アリシアとジークにも直接お礼を伝えたかったわ」

「おふたりは小説の正当性を伝えるために駆け回っておられるようです。ですがお嬢様に対する疑いも晴れましたし、ばら撒き用の小説が功を奏しているようですから、まだ投票前ではありますが、小説撲滅は阻止できたといっても過言ではないかと」

「そうね。王女が強行手段に打って出ない限りは……良い形で決着がつきそう」


 屋敷に人は入れず、私は鉄壁の守りの中にいる。いくら王女と言えどもうかつに手は出せないだろう。


「決議が出たら、また忙しくなるわね。ばら撒き用の小説の結末をアダムに書いてもらうでしょ、小説の販売も再開されるからアリシアとジークには頑張ってもらわないとだし、ノエルにはたくさん助けてもらったから演劇に関しても実現に向けて話を進めていかなきゃ」


 今後のことを考えつつ、私はセラスに向き直った。


「これまで通り、あなたにも助けてもらうからよろしくね、セラス」


 セラスはじっと私を見つめる。


「お嬢様はお優しいですね」

「何よ、突然。褒めても何も出ないわよ」


 ちょっと恥ずかしくなり、ソファに座ってセラスが淹れてくれた紅茶を飲みながら目線をそらす。


「事実をお伝えしたまでです。お嬢様の頑張りによって、エスパーダ家の株も上がりました。今やリナ・エスパーダはベイル様にも支持される実業家ですからね。誰彼構わず手に回していた頃を知る身としては、変わりように涙を禁じえません」

「またまたー、そんな大げさな……」


 そこでふと、セラスの目から涙が一筋零れ落ちてるのに気づいた。


「ちょっ……本当に泣いてるの?」


 慌ててハンカチを差し出すも、セラスは受け取らなかった。


「私は……あなたにお仕えできて光栄でした」


 深々と頭を下げてから、セラスが顔を上げる。


「エスミリナ様。お別れです」

「!?」


 どうして私の前世の名前を知っているのか、とか、お別れとはどういう意味なのか。


 疑問が頭を飛び交い、言葉にする前に急速に体から力が抜けていく。


「え……」


 ティーカップが手から滑り落ち、ガチャンと音を立てた。


「な、に……これ……」


 ソファに身をゆだね、愕然としていると。


「悪いけど暴れられると困るから、体の自由を奪わせてもらったわ」


 セラスの背後から歩み寄る人物を見て、私は心臓が止まりそうになった。


「私……?」


 そこには服装こそこの世界のものではあるものの、黒縁眼鏡で冴えない前世の私が立っていた。


「お疲れ様、リナ。あなたを選んで正解だったわ」

「どういう……こと?」


 セラスにも目を向けるけど、彼はもう私を見ていなかった。


「人間の本質はそう変わるものじゃない。私もそうだったわ。いくら頑張っても私を好きになるどころか、嫌われてばかりで……いい加減嫌気が差したから、ある実験をすることにしたの」


 私の姿をしたその人は、歩み寄ると持っていた書物を掲げて見せた。


「この魔導書に代価を支払えば、私は魔法が使えるの。だから魂の交換は可能かどうか試してみることにしたのよ」

「交換って、じゃああなたは……」

「リナ・エスパーダよ」


 散々見慣れた顔のはずなのに、彼女が微笑むとまるで違った人のように見えた。


「でもね、大事な体を預けるんだもの、適当な魂ではダメでしょう? それに騒ぎになっても面倒だわ。だからいくつか条件を設けたの。その中でもこの世界を熟知していることは重要よね」


 熟知どころか、私は同じ名前の彼女に同情さえしていた。


「それと現状に満足していないこと。その方が新たな人生を歩めるとなったら、奮起してくれるでしょう?」


 これまでの頑張りが走馬灯のようによぎっていく。


(そうだ……ここで生きていくならって……そう考えて私はエンタメに活路を見出した)


「何より相性と言うのがあるみたいでね。まさかこの世界の住人じゃない子を召喚することになるとは思わなかったけど、あなたに白羽の矢が立った。すぐに魂を交換して、私はあなたの体に宿って様子を見させてもらっていたの。あなたは想像以上だったわ」


 彼女は微笑んで立ち上がるとセラスの首に手を回した。


「これもセラスのアシストのおかげね」

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