2.攻略キャラとの出会い
(そもそもヒロインと張り合わなければ、死ぬリスクは減る……というか、この舞踏会を欠席したらよくない?)
そうすればヒロインとも攻略キャラとも出会うことはない。争いの火種がまるっとなくなるわけだ。
(よし!)
私は口元を抑え、よろよろベッドに倒れ込んだ。
「お嬢様!? お加減がすぐれないのですか?」
心配そうに駆け寄ってきたセラスに、私は力なく頷く。
「ええ。これではとても出席できそうにないわ……」
「わかりました、欠席の旨をお伝えするよう手配いたします。医者を呼んできますので、少しお待ちを——」
「あっ、その、大したことはないの。緊張しすぎて眠れなかったから、睡眠不足からくるものだと思うわ。だから……」
医者は呼んでくれるな、と念じるように見つめると、セラスは仕方がない子供を見るように表情を緩めた。
「……休息が必要、ということですね?」
「そう! 今すぐね!」
「かしこまりました。人払いをしておきます」
(話が早くて助かる〜!)
セラスはアリシアの兄でリナの執事でもあるから、サブキャラの中でも登場の頻度は高い。おまけに攻略キャラに負けず劣らずかっこいいから人気があるキャラだ。
(ただ……)
いかにも好青年なセラスだが、私は知っている。彼が極度のシスコンであることを!
(アリシアは最初パラメーターが低くてバカにされたり死にやすいから、心配なのはわかるけど。妹に害をなすって思ったら秘密裏に消したりするのはやりすぎだと思う……)
どういうわけか、セラスは証拠を残さずやってしまうのだ。そしてその矛先は時として、アリシアと敵対するリナに向かう場合もある。
(たった一人の家族だし、父親代わりだからってのもあるんだろうけど。容赦ないんだよね)
この事実は攻略制限がかかっていたベイルルートでセラスの口から明かされるから、現時点では誰も知らない。というか、知っていることがバレたらまずい。
「では、何かありましたらお呼びください」
セラスは一礼すると部屋から出ていった。
「はぁ〜」
とりあえず出会いのフラグはへし折った。この調子で極力メインキャラたちと関わらなければリナが悲しい最期を迎えることもないはずだ。——なんて、この時は思っていた。
◇ ◇ ◇
丸一日引きこもってみたものの、一生そうしているわけにもいかない。
(一日寝たら戻ってるってオチでもなかったし、今後の身の振り方を考えないと)
異世界転生ものもたしなんでいたおかげで取り乱すことはなかったけど、この世界でリナとして生きていくためには情報が圧倒的に不足している。
(他のキャラたちの動向も気になるし……)
そんなことを思っていたら、セラスが様子を見に来た。
「お嬢様、ご気分はいかがですか?」
「ああ……だいぶよくなったわ」
「それはよかったです。今日は天気もいいですし、どこかに出かけられてはいかがですか?」
「えっ」
転生したことを明かせない以上、自力で情報収集するしかない。でもリナ・エスパーダといえば……。
「私って……評判良くないわよね?」
「周囲から怖がられていますが、それもお嬢様の個性だと思います」
(いや、もう少しオブラートに包んでよ!)
とツッコミたいのを何とか飲み込んだ。さすがは執事と言うべきか、セラスはそれなりにリナとうまくやっていたらしい。でもリナはまだ致命的な悪事をしていないだけで、気の強さから周囲の人間と打ち解けず、孤立していたはずだ。
(外に出るのはリスキーよね……)
そんなことを思っていると、
「お嬢様が人目を気にするなんておかしいですね。やはり本調子でないのでは?」
セラスに怪しまれてしまった。
「そ、そんなことないわ。出かけるわよ、もちろん!」
なんとかそう取り繕い、着替えるからとセラスを追い出した。
(確かにリナは周りの目を気にするようなキャラじゃない。親しくしてる人がいないってことは、プラスに考えたらこれまでと多少違ってても気づかれにくいってことよね)
リナの両親は仕事で遠方にいるから顔を合わせることもないだろうし、これから生活していく上での情報さえ把握できればなんとかやっていけそうだ。
(ゲームでの知識を頼りにまずは生活圏内を確認しに行こう)
とはいえ、あまり目立つのはよろしくないだろう。クローゼットを漁り、なるべく地味な色合いの服に着替えた私は、使用人たちに見つからないよう屋敷を抜け出した……つもりだった。
「……お忍びがよかったのに」
「お嬢様おひとりで出歩くなどもってのほかです」
こっそり抜け出そうとしたらセラスに見つかり、外出はセラス同伴ということになった。
(まあセラスも仕事だし、仕方ないか……)
セラスも私に付き合うべくラフな格好に着替えてくれたけど、お目付役の目があるとある程度行動は制限されてしまう。
(ゲームだと、こっちの通りには雑貨屋が並んでたはず)
マップを思い浮かべて向かってみると、そこにはゲームの背景通りの店が並んでいた。
(うわ〜、二次元じゃなくて三次元! 感動〜!)
聖地巡礼に来た人よろしく、私はあちこち見て回った。なんなら背景と同じアングルになる場所を探したりもした。本気のオタク全開である。テンションは上がりに上がり、目の前のことしか考えられなくなる。だから、失念していたのだ。
「あ、あの……でも、この羽ペンは私が先に見つけて……」
「ああ言えばこう言う。『見つけた』という定義が視界に入れただけということであれば、私だって見つけていたさ」
店の前で言い争っている男女。だがしかし、私にとってはそんないざこざなんてどうでもよかった。
「そこ、ちょっと邪魔なのでどいてくださる?」
「は?」
メガネをかけた男が鋭い眼差しで睨んできたけど、私は彼の相手をしている場合じゃなかった。
「だから、邪魔なのよ」
「なんっ……!」
ぐいっと男を押しのけると、ぽかんとしている女の子と目が合った。
「あなたも、ちょっとどいてもらえるかしら?」
「あ……はい」
2人がどいたスペースに立ち、ゲーム画面を思い出しながら指でフレームを作ってみる。
「……うん。やっぱりここからのアングルだ。間違いない」
できることならスマホに収めたいけど、ここに撮影できる道具はない。仕方なく心のメモリーに残すことにする。
「この私を押しのけたばかりか、邪魔だと……? 言ってくれるじゃないか」
不穏な気配を感じ、そこでようやく私は我に返った。
「あ……」
深緑の長髪を1つに縛り、神経質そうにメガネを上げた青年。彼は——
(ジーク・ウィップ……攻略キャラだ!!)