19.悪女、リナ・エスパーダ見参!
小説存続のため、いよいよ行動に移す日がやって来た。
「お嬢様、みなさん所定の場所に向かわれました」
ばら撒き用の小説はアリシア、ジーク、ノエルをはじめ、小説制作に関わっていた人や小説撲滅に反対派の協力の元、ベイルが小説継続のスピーチをする時間に合わせてばら撒くことになっている。
「アダム様からの連絡はありませんでしたね……」
「エリザベート様の監視の目もあるし、ばら撒き用の小説を書いてくれただけありがたいわ」
私も小説に目を通したけど、そこには嘘偽りのないアダムの思いが込められていた。言葉を交わさなくても、私達にはこれだけで十分だ。
「私も拝見しました。あれを読めばお嬢様が世間を騒がせている悪女ではないことも伝わるでしょうし、今回の計画が成功した暁にはみなさんとの絆もより強固なものとなるでしょう」
「そうなるといいけど、小説撲滅派も黙ってないでしょうし……。何かあれば、次の手も考えないとね」
「そうですね。……お嬢様、そろそろ時間です」
時計に目をやったセラスに言われ、私は軽くうなずく。
悪女に仕立て上げられてからと言うもの、私の生活も以前とは一変した。
街を歩けばヤジを飛ばされ、買いたいものがあっても「あんたに売る者はない」と追い出され、やり手だった公爵令嬢の転落を面白がった者たちはこぞって私を攻撃した。そのためアリシアやセラス伝いに指示を伝えてもらい、私は表立って行動できなかった。だけどもうそんな生活も終わりだ。
人々が行きかう広場の只中にいた私は、着ていた外套を脱ぎ去った。
「おい、あれ……リナ・エスパーダじゃないか?」
「なんでこんなところにいるのよ」
案の定、気づいた人たちからは好奇と侮蔑の目を向けられる。
(さあ、反撃といこうじゃないの)
時計塔の鐘が鳴り、鳥が飛び立つ。それと共に、高台から無数の紙が飛び交った。
「何あれ!?」
「新聞か?」
みんなが天を仰ぎ、紙へと手を伸ばす。一人、また一人と紙を手にするのを見て、私は声を張り上げた。
「お集りのみなさま! ごきげんよう、リナ・エスパーダです」
優雅に一礼し、微笑んで見せる。
「世間では私がアダム・ルーチカをはじめとする複数の殿方を騙して利益を得ようとした悪女とされているようですが、真実は異なります。それを知ってもらうためにアダム本人に事の顛末を書いてもらいました。真実がお知りになりたい方は、そちらの紙を番号順に読んでみて下さい」
一瞬呆気にとられた人々だったけど、我に返った人がいち早く声を上げる。
「こんなもの、どうとでも捏造できるだろ!」
「あら。それをおっしゃるなら私が殿方を騙したというのも捏造できますよね?」
「エリザベート様が嘘をつくはずないでしょう!」
「そうよ! それに小説なんて空想の話を書き連ねたもので利益を得ようなんて考えられませんわ!」
「まあ。小説の存在を否定されるんですか? そんなことを知ったらベイル様も悲しまれるでしょうね」
「どうしてここでベイル様の名前が出てくるのよ。小説とは何の関係もないでしょう!」
「それがあるんですよねー。詳しくはこちらをご覧ください」
この世界には水面を通して遠隔で音声込みの映像を立体的に映し出せる魔法が存在する。水がないといけないのと範囲が限られるのが難点だが、この広場にはうってつけの大きな泉があるのだ。
あらかじめジークに頼んで、ベイルのスピーチはこの広場以外でばら撒きを行った主要スポットでも見れるようにしてもらってある。
「見ろ、泉が……!」
水面から映し出されたベイルの姿に、さすがに騒がしかった人々も口をつぐんだ。
「ベイル・ステファノスである。小説が悪影響を与える書物として排除すべきと言う訴えを受け、それに対する俺の考えを聞いてもらうために異例ではあるが、このような形を取らせてもらった」
玉座に腰かけ堂々とした佇まいで話しながら、ベイルはおもむろにアダムが初期の頃に書いた小説――〝悪女を愛した男〟を取り出した。
「これは数年前に俺が初めて読んだ小説だ。気まぐれで手に取ったものだが、俺はこれを読んで深く感銘を受けた。立場上、自由が制限されているからな。この物語の主人公のように自由に生きれたらと憧れもした」
よくないものとされていた小説を陛下が読んでいたことを知り、人々に動揺が走った。
「まさかベイル様が読まれていただなんて……」
「小説に対する見解が噂されているものと違うわね」
前世でもそうだったけど、名のある人の言葉だったり面白おかしく書かれた記事によって真実はいくらでも捏造される。真実を把握してない人はそれっぽい方であったり、面白い方を支持したり悪とされるものを叩くのが世の常だった。
世界が変わっても人の本質は変わらない。ただ誰か特定されにくいネット社会と違って、この世界で皇帝であるベイルを表立って叩こうとする命知らずはさすがにいなかった。
「現実がままならないからこそ、こういったものに一時の夢を見る。俺はそういった楽しみがあってもいいのではないかと思う。もちろん強制するつもりはない。だが……俺は小説が好きだ!」
ベイルは手にしていた小説をめくりだし、あるページを突き出す。
「この互いに思いを伝えあうシーンは涙なしには読めない。たかが文字だと思うかもしれないが、侮るべきではないぞ。この小説を読んで、俺はこんなものを生み出すものがいることに驚いた。これも立派な才能だろう」
熱がこもっていたことに気づいたのか、そこでベイルは咳払いをして小説を閉じた。
「王家転覆であったり、犯罪を増長させる内容かどうかの精査はするべきかもしれないが……俺は書き手の自由を尊重したいと思う。そしてこの件に関してリナ・エスパーダに嫌疑がかかっているが、みなの手に渡った紙に事の顛末は記載されている」
ベイルの言葉に、人々は手にしていた紙へと目を落とす。
「これはアダム・ルーチカが自分の身に起こったことをありのまま書いたものであり、関与したものもみな事実であると認めている。俺は先に読んだが、なかなかに面白かった。しかしこれは事実に基づいているからな、結末がどうなるのかは俺にもわからない。面白い試みだろう?」
そう言ってベイルは不敵に笑う。
「一週間後、訴えに対する決定を下す。この件に関しては小説撲滅に賛成か反対か、民にも投票してもらうつもりでいる。それまでに自身の考えをまとめておいてくれ。以上だ」
ベイルの姿が消えると、人々の目線はまた私に集中した。
「というわけで、そちらはベイル様の許可を得て配布させていただきました。何があったのかお知りになりたい方は番号順に読んでみてください」
ぺこりと一礼して、引き上げようとしたところ。
「ベイル様までたぶらかすなんて……この悪女め!」
ナイフを手に一人の人物が私に向かってきた。




