17.それぞれの愛
母様に見張られている中、姉様たちが協力してノエルを僕の部屋に通してくれた。
「アダム、元気ーって……うわ」
部屋に足を踏み入れるやいなや、ノエルは紙の山を見回して苦笑する。
「てっきり小説書けなくてしょぼくれてると思ったら、どうしちゃったの、これ」
「表向きはアリシアの名義にして、リナから手紙が届いたんだ。この状況を小説のように物語調にして紙に一枚ずつ区切りよくまとめてほしいって」
僕は紙に書いた小説をノエルに見せた。
「本じゃなくて紙なんだ?」
「そう。でも続き物になってるんだ。番号を振ってあるから、その順に読んでいくと続きがわかる」
「へえ……って、俺も出てるじゃん。しかも名前そのまんまなんだけど」
「うん。これまであったことを正確にみんなに知ってほしかったんだ。だから僕も偽名じゃなく、本名で登場させてる」
「ふーん。でも小説は販売禁止されてるよね? こんなの出したら更に立場悪くならない?」
「これは販売しない。無償でバラまくから」
「バラまく!?」
いつもはノエルの突拍子もない行動に僕が驚かされてきた。だけど今回は違う。
「前にリナに頼まれてショートストーリーを書いたことがあったけど、それは読みきりだったんだ。でも今度は続き物にして、先が気になるように書いてる」
「なるほど……確かに本だと分厚さにげんなりするけど、これくらいならそこまで大変じゃなさそうだね」
「それにこの騒動は人々の関心を引いてるから、そういうの目当ての人も読んでくれるかもしれないし、続きが読みたければ持ってる人を探さなきゃいけない」
「話のネタにもなるってことか……あ、でもさ。これって結末はどうなるの?」
「この話がどうなるのか決めるのは読者だよ。これを読んでもリナを悪女と決めつけるのか、それとも見方を改めてくれるのか……」
僕が答えを出すのを決めあぐねている間に、リナは悪女にされてしまった。だけどリナはこの機会を逆に利用しようとしてるんだから本当にすごい。
「僕が偽名を使ってたのは……身分を隠してたのもあったけど、自信がなかったからでもあるんだ。自分じゃない存在としておけば、失敗してもなかったことにできるから」
でも、リナはそんな僕を見つけてくれた。だからもう一切偽らないと決めた。
「……アダムってさ、リナちゃんのこと好きなの?」
「えっ!? そそ、それは……」
「あーはいはい、もうそのリアクションでわかっちゃったよ」
取り繕おうとしたけど、百戦錬磨のノエルには無駄なあがきだったみたいだ。
「面白い子だよね、リナちゃんって。公爵令嬢なのにどこか親しみやすいし、俺のことも見下すどころか人脈を利用しようとするくらいだし」
「ノエルもひょっとして好き……だったりする?」
「え?」
「その、アリシアから……リナの頬にキスしたって聞いて……」
「あー、あれね。んー……好きっていうか、興味に近いかな。ほら、俺に落ちない子って珍しいでしょ?」
「うん……」
ノエルは僕と違って美形だし、女の子の扱い方がうまい。だからいつも女の子に囲まれている。
「今回だってさ、俺ならアダムのところに潜り込めるって使い走りにするし。こんな色気のないお願いされたのなんて、初めてだよ」
いつも人当たり良く笑い、みんなに好かれている。だけどずっと一緒にいたからか、気づいてしまった。
(ノエルはたぶん、誰のことも好きじゃない)
愛を囁いていても、その目はどこか冷静だ。
「えーと、彼女に届けるのはどれ?」
「これだよ」
まとめた原稿に目を落とし、ノエルがぽつりとつぶやく。
「これを届けなかったら、さすがの彼女も俺に縋り付いてくるかなぁ」
どっと嫌な汗が噴き出た。
「ノエル……」
「うそうそ、冗談だよ。ちゃんと届けるから、そんな顔しないで」
ポンと俺の肩を叩き、原稿を手にノエルは去っていった。
(……僕はこのままここで大人しくしてた方がいいんだよね)
大勢の人の前に出るのは苦手だし、小説を書いていたことが公になってしまった今、外に出たら標的になってしまう。
(でも……リナは悪女として矢面に立たされてるのに、僕だけが守られてていいのかな)
リナが書いていた計画だって、成功する保証はない。もし失敗した場合、彼女は夢も書店の経営権も失ってしまう。
(リナが傷つくのは嫌だ)
僕はノエルのように美形なわけでも、ジークさんのように賢いわけでもない。だけど僕には彼女と同じ夢を目指して、ここまで頑張ってきた意地がある。
「……っ」
リナとは納得する答えが出たら聞かせてと言われて別れたきりだ。その答えを僕は彼女に伝えなきゃならない。戦う決断をした彼女に、ふさわしい形で――。
◇ ◇ ◇
アリシアとノエルの手を借りて、何とか反撃ののろしとして必要だった原稿を手にすることができた。
増刷して秘密裏にバラまく準備を進める一方、私は城へ出向いた。
「例の計画はどうなってる?」
人払いをした城の一室で、私はベイルと向き合っていた。
「おかげさまで順調です。あとはタイミングを見計らってベイル様が後押ししてくれれば、撲滅派にも十分対抗できると思います」
「そうか。……アリシアはどうだ? 店の営業を止められて、落ち込んでないか?」
「大丈夫です。ああ見えて結構たくましいんですよ。それよりベイル様……確認なんですが、本当に小説が好きだって公言してしまっていいんですね?」
「……仕方ないだろう。これもアリシアのためだ」
ゲームでは恋愛小説を読んでいることを隠しに隠していたあの陛下が、愛する者のために自ら打ち明けようとしているだなんて。
(尊い……!)
と、これがゲームであったなら拝んで終わっていたのだが。忘れてはいけないのは、アリシアが攻略キャラとくっついた場合、私の身が危なくなってしまうという点だった。
(友好関係を結んでいれば問題ないかもと思っていたけど、今回予期せぬところから悪女に仕立てられたことを考えると安心できないのよね)
悪さをしてなくても悪女として設定された者は悪女になってしまう運命なのかもしれない。その危険性を回避するために少なくともアリシアには攻略キャラとくっついてもらわない方がいい……と、頭ではわかっているものの。
(陛下が割とアリシアに対して純粋だから、妨害しようと思えないのよね)
そもそも妨害をしたら、それはそれでゲームのままの悪女になってしまうわけで……。
(幸いアリシアは陛下を常連のライルさんとして認識してるから恋愛には発展してないようだけど、今回小説継続のために動いてくれたのを知ったらアリシアの陛下に対する悪印象も変わりそうだし……)
そこでもしライルがベイルだったと知れようものなら、一気に恋愛に発展するかもしれない。なのでそこのところの確認を前もってしておきたかったのだ。
「ベイル様は……アリシアに正体を打ち明けるつもりはないんですか?」
「ない。ライルとしてアリシアと接してみてわかったが、あいつは今の生活が好きなんだ。そこに波風を立てるような真似はしたくない」
(うわー、更に尊い……!)
悪女としてバッドエンドを迎える危険性がなければ全力で推すのに、自分の身の上が嘆かわしい。
「では計画通りに、小説ばら撒きと同時にベイル様は小説援護スピーチを行うということでいいですか?」
「ああ」
小説撲滅撤回に向けての打ち合わせを入念に行い、あとは決行日を待つのみとなった。




