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16.悪女認定

「貴様はいずれ私自身の手で完膚なきまでに叩き潰す。そのためにも……」


 癖なのか、眼鏡を上げかけ……ないことに気づき、ジークはそっぽを向いた。


「今回は口出ししないでおいてやろう。泣いて感謝するがいい」

「あー、はいはい。ありがとう」


 口は悪いけど、ジークにしては譲歩してくれた方だ。なので一応感謝しておいた。


「にしても、エリザベート様は変わっちゃったなー。昔は面白い話を聞かせてくれる気さくな人だったのに」


 肩を落とすノエルに私は首を傾げた。


「気さく? あのエリザベート様が?」

「そうだよ。アダムが小説を書き始めたのだって、エリザベート様の話の面白さに触発されてだったし」

「そういう人だったら、むしろ小説には理解を示してくれそうだけど……」

「ルーチカ公爵が亡くなって、アダムが後を継ぐってなってから変わっちゃったんだよ」

「そう……」

「でもさ、小説を書くのを反対してるのって本心なのか怪しいなーとは思う」

「どういうこと?」

「アダムの小説が書店に並ぶたびに、エリザベート様は買ってるみたいなんだよね。あ、これ、ルーチカ家のメイドの子から聞いたから確かな情報だよ」

「買ってる? でもエリザベート様は小説を〝得体のしれないもの〟って言ってたけど……」

「えー。きっかけを与えたのはエリザベート様だし、アダムのこと溺愛してるから内容もチェックしてると思うけどなぁ」


 思い返してみれば、「得体のしれないものを書いているとそしりを受けている」と言っていた。これは本人がそう思っているとは限らないということかもしれない。だとすれば、そこに小説撲滅を回避できる活路がある。


「アダムって姉と妹がいるわよね? ノエル、二人から情報を聞き出せないかしら?」

「んー……エリザベート様よりはガード緩いからできなくはないけど、見返りが欲しいなー」


 人懐っこい笑みを浮かべながらも、ただ働きするつもりはないらしい。


「仕方ないわね……いくら欲しいの?」

「嫌だな、お金じゃなくて……」


 するりと猫のような身のこなしで傍に来たと思ったら、頬に口づけされた。


「なっ!」

「確かにもらったよ。じゃあ俺、二人のところに行ってくるね」


 ニッコリ笑って、ノエルは何事もなかったかのように店を出ていった。


「おい」

「え……ぎゃあっ!」


 なぜかわからないけど、ジークが私の頬をハンカチでごしごしこすりだした。


「痛いってば!」

「黙れ。あんな男につけ入れられるとは情けない奴め」

「はあ? なんで私が怒られなきゃいけないのよ」

「おふたりとも、落ち着いてください」


 セラスが間に入り、互いに距離を取ったところで――


「ねえ、リナ。今回のこと……アダムはどう思ってるのかな?」


 アリシアが遠慮がちに口を開いた。


「最近様子がおかしかったし、お母様から反対されてしまったら書くのをやめてしまったりしない……?」

「それは私にもわからないわ。確かなのは、小説が悪として撲滅されたらもう今みたいに書くことは誰にもできないってこと。私はそういう世界にはしたくない」


 一冊ずつ、店頭に並ぶ小説の背表紙を手でなぞる。まだ数は少ないけど、アダムを筆頭に創作と言う文化がこの世界にも根付き始めている。それをこんなところで終わらせたくはなかった。


「俺も同意見だ。小説のように学びがあり、ロマンがあるものを悪と決めつけ、排除しようとするのを見過ごすわけにはいかない」


 ゲームだとベイルは暴君だが、恋愛小説をバイブルとしてるだけあって味方に付いてくれるのはありがたかった。


(よく考えたらゲームだとそれぞれのルートは独立してるのに、ここでは小説を軸にみんなの目的が一致してるのよね)


 私1人だったら、立ち向かえていたかわからない。こうなってみて、アリシアをはじめとするみんなと出会っていてよかったと言える。



          ◇ ◇ ◇



 表向きは私が小説継続のために力添えしてもらいたいと嘆願した、ということで、撲滅派に対抗すべくベイルが立ち上がってくれることになった。


 ノエルはうまいことアダムの姉妹から情報を聞き出したらしく、それによるとアダムが小説を書いていることを知りつつ、エリザベート様は静観していたそうだ。


 しかし後継ぎとして社交界に出るのを拒否していることを周りが非難しはじめ、ペンネームを使っていたにも関わらず、小説を書いているという情報がどこからか漏れたらしい。


 小説を書いている=道楽として小説が良くないものとする考えが広まった。


 そこでエリザベート様はアダムは私によって小説を書かされているのであって、悪いのは書かせている私であり、〝小説〟の存在そのものとすることでアダムを守ろうとしているとのことだった。


 そう、つまり巡り巡って私は――


「悪女認定されてしまいましたね、お嬢様」


 屋敷で1人黄昏ていたのに、セラスは容赦なく切り込んできた。


「……別名義にしてたから書いてるのはアダムだって知られてないと思ってたけど、貴族の情報網を甘く見てたわ」

「今やお嬢様は気弱なアダム様を己の利益のためにたぶらかした、というだけでなく、遊び人であるノエル様を篭絡させ有力貴族の情報を引き出し、あの気難しいジーク様にも取り入って小説を売らせた悪女としてその名をとどろかせています」

「そんなのちっとも嬉しくないわ……!」


 悪女にならないように気を付けていたのに、恐れていた事態になってしまった。私はただ、エンタメを広めたかっただけなのに!


「まあ彗星のごとく現れ、真新しい事業を展開して成功していたお嬢様をよく思わない輩もいましたから、そういった者も今回結託してお嬢様を引きずり降ろそうとしているのでしょう」

「私は真っ当な手段でやってきたのに、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのよ……」


 結局権力だったり、数の暴力で排除されてしまう運命なのだろうか。だとしたら、もう怖くて何もできなってしまう。


「やられたのですから、やり返したらいかがですか?」


 いつもと変わらない表情と声音で、セラスはとんでもないことを言ってきた。


「や、やり返す? 本気で言ってるの?」

「本気です。要はどちらの主張を信じこませるかと言うことでしょう? お嬢様でしたらこの絶体絶命のピンチを乗り越えるどころか、チャンスに変えしまうのでは?」

「チャンス……」


 確かにこの騒ぎで小説の存在は周知され、注目を集めている。しかし販売を止められているため、誰も手にすることができない。しかし人間、禁止されているものほど読みたくなるものだ。


「販売が止められてるだけ……つまり金銭が発生しなければいいってことよね……」

「おや。何かいいアイデアが浮かんだようですね」

「ええ。悪女に仕立て上げられたのなら、利用させてもらおうじゃないの」


 私はみんなにある提案をすべく、ペンを手に取った。

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