15.救世主登場!
「あ、すみません。今はお店を閉めてまして……」
申し訳なさそうにアリシアがその客に声をかけ、
「あっ、ライルさん! 今日も来てくれたんですね!」
常連客だとわかるやいなや、暗かった声音が明るくなった。
(ライルって……ベイル様!?)
ちょうど脳内に思い描いていた人物の登場に私は身を乗り出した。
「エンカウントが業務停止になったと聞いて、お前のことが気になったから……来てやったぞ」
ツンデレ丸出しのベイルだったけど、アリシアは善意と受け取ったらしい。
「わあ、ありがとうございます! ライルさん、小説大好きですもんね」
「べ、別に……そこまででは……」
「そんな謙遜しないでくださいよ。あ、みなさんにも紹介します。このかた、エンカウントによく来てくださるライルさんです!」
「あー、君はこの前の……そっか、常連さんだったんだね」
〝ライル〟として会ったことがあるノエルはひらひら手を振っていたけど……。
「…………」
ジークはじっとライルを凝視していた。
(まずい。姿を変えてると言っても面影はあるから、城に出入りをしてるジークは気づいたかもしれない)
正体がバレるにしてもアリシアの前はまずい。あの苦手な陛下だと知ったら、ライルとして築いてきた友好度も無駄になってしまう。私は立ち上がり、
「ああっ、立ちくらみがー!」
と、大げさによろめいてジーク側に倒れ、
「な、なんだ、貴様……!」
ライルから私に注意が移ると同時に、ジークの眼鏡を取り上げた。
「おいっ! 何をする!」
「その……知的に見えるのが羨ましくて……つい」
苦しい。そんなことはわかっている。だけどジークはド近眼だから、眼鏡さえとってしまえばよほど近づかないと顔は認識できない。
そして距離感を無視しがちなノエルならともかく、ジークは自分からそういったことはしないため、このまま眼鏡を死守すればひとまずこの場は切り抜けられるはずだ。
「ちょっとだけ貸してほしいなー、なーんて……」
罵られる覚悟で、頑張って無邪気さを装ってみた。しかし――
「……そこまで言うなら貸してやらないこともない」
覚悟していた罵詈雑言は来ず、なぜかあっさり許可してくれた。
「私に憧れるとは、可愛いところもあるじゃないか」
(なんでほくそ笑んでるんだろ……?)
ちょっと不気味に感じたけど、手を組むことにしたから優しくなったのかもしれない。 なんにせよラッキーだ。
視力を奪うことに成功した私はにんまり笑ったが、ジークは当然気づいていない。
「実はですね、ライルさん。今まさに小説撲滅派に対抗するための作戦を練っていたんです!」
アリシアが説明すると、ベイルはチラリと私を見た。
「ほう。俺にも聞かせてもらおうか」
そう来るだろうと思い、私も軽くうなずいて見せる。
「発言力があるエリザベート様が小説は悪いものであると主張したことで、多くの人がその言葉を鵜呑みにしてしまっている。まずはそこを正す必要があります」
「エリザベート様より発言力がある人がいてくれたらいいんですけど、難しいなってみんなで話していたところなんです……」
アリシアが気落ちするのを見て、ベイルは口を開いた。
「それなら俺……」
「だから私、今回のことで協力してもらえないか、名のある方々に手紙を書こうと思うんです!」
うっかり立候補しそうだったベイルの言葉を遮り、私はニッコリ笑って見せた。
「営業回りで親しくなった方もいますし、もしかしたら協力してくださる方もいらっしゃるかもしれませんから」
「……なるほどな。しかし反論しただけで撲滅派が大人しくなるとは思えないぞ」
「それなんだよねー。エリザベート様って結局のところ小説撲滅って言うか、息子のアダムに小説書かせるのやめさせたいから、小説自体をつぶそうとしてるところありそうだし」
頬杖をつきながらノエルが言った一言にピクリとジークの片眉が動いた。
「そういうことならアダムが小説を書かないと念書でも書けば、この事態は収まるのではないか?」
「それはダメ」
「なぜだ。そいつさえ書かなければ他は書いてもいい……つまり小説の販売が継続できることこそが私たちにとって重要だろう?」
「自分の利益のために仲間を切り捨てることはしたくないの」
「そんなに仲間とやらが大事なのか? 理解できない……」
「合理的じゃない、青臭いことでも……もう妥協したくないのよ」
自分より立場が強い人にへりくだったり、諦めたり。そんなことは転生前に嫌と言うほどしてきた。
「まあだからってジークにまで強制できるものでもないけど……」
「…………」
◇ ◇ ◇
目の前の、自分がこれまで敵視してきた女は利益よりも仲間を取るらしい。
(書店の利益を取るなら切り捨てるべきだろう)
自分ならそんな無謀なことはできない。
(ここで得たこいつらの情報をエリザベート様にリークすれば、カンパネラは営業できるようになるかもしれない)
貴族社会では、利益をもたらしたものが優遇される。そうやって自分も他者を蹴落としてのし上がってきた。
(ちょうどいい機会じゃないか。これでエンカウントより優位に立てる)
眼鏡を取られて表情はぼんやりとしかわからなかったが、声音から察するに考えを変える気はなさそうだ。
(そもそも書店を始めたのも、この礼儀知らずに私の実力を見せつけるためだった。同じ土俵で勝負すれば、優劣が明らかになる。だがこいつはへこたれずに食らいついてきた)
小説だって興味はなかったのに、エンカウントが主力商品として取り扱っていたため、研究した。そのうち面白さに気づき、将来性も見込めることからカンパネラでも取り扱うことにしたのだが、こいつは私を小説を広めてくれている同志と思っている節がある。
(つくづくバカな女だ。私の采配一つで貴様の夢もこの店もつぶすことができるというのに)
リナ・エスパーダは、もっと狡猾な女だと思っていた。いや、むしろそうであったなら……。
(ことはもっと単純で、つぶすこともためらわなかったのかもしれない)




