14.エンタメ存続隊、始動!
セラスさんと一緒に去っていく彼女の姿を窓から見つめる。
(ずっと……母様に言われたことを守って来た。やりたくないこともたくさんあったけど、この家に男は僕だけだし、他の貴族もみんなやってることだからと自分を納得させて。そうして擦り切れていった)
家のしがらみも身分も関係ない、ここではないどこかに行きたかった。そんな思いがたまりにたまったある日、その気持ちをぶつけるように紙に書いた。僕の生み出した誰かが幸せになる話。そうすることで自分が救われたように気持ちになった。
本にしてみようと思ったのは、誰かに読んでほしかったからだ。だからノエルに頼んで秘密裏に製本してもらって、マーケットに出した。
最初は見向きもされなかったけど、ちらほらと買ってくれる人が増えて……数多の商売を手掛けるエスパーダ公爵がエンカウントに本をおいてくれた時は、嬉しくて眠れなかった。それからすぐ、オーナーが娘であるリナに変わった。
遠目から見る3歳年上のリナは大人びていて、近寄りがたかった。喧嘩っ早いという噂もあって、僕とは決して交わることがないと思っていたのに。
あの日、エンカウントで初めて言葉を交わした彼女は僕が思っていたよりもずっと気さくで、そして僕の書いた小説をすさまじい熱量で好きだと言ってくれた。嬉しかった。貴族社会で影響力があるルーチカ家の者だとか、僕の顔色を窺ったお世辞でもない、心からの賛辞を送られたことに心が震えた。
そんな彼女が語った夢は、胸躍るものだった。彼女と一緒なら叶えられるかもしれない。ワクワクドキドキして、今まで以上に創作意欲がわいた。
だけど、いつからだろう。……ああ、振り返ると、僕以外の書き手が増えてきた頃かもしれない。他の人に負けたくないと思った。彼女の一番は僕の小説であってほしかった。
そう思うようになってからは、書いては書き直し……やがて筆が止まった。何をどう書けばわからなくなってしまったのだ。
(あれこれ建前の理由を並べたけど、本当は君に失望されたくなかったんだ……)
だけど書けなくなってしまったら本末転倒だ。
(その上、妨害の首謀者が母様なんて……)
いつだったかリナの親はリナの実力を試すためにエンカウントの運営を任せていると聞いた。このままではリナの実力が過小評価されてしまいかねない。
(そんなの嫌だ。あのジークさんと張り合えるほどリナには斬新なアイデアを生み出したり、それを実現する力があるのに)
そこでふと気づく。ついさっきまでは自分がどう思われるか心配していたのに、今は自分よりも彼女を案じている。
(もし自分と彼女とを天秤にかけたら、僕は自分の保身を取るのか、それとも……)
◇ ◇ ◇
アダムの屋敷を後にした私は、アリシアが待つエンカウントに直行した。しかしそこには居心地が悪そうなアリシアと――
「遅かったな」
「げっ」
我が物顔で店内の椅子に足を組んでいたジークは立ち上がると、私の眼前に大股でやってきた。
「貴様のせいで巻き添えにされた私に向かっての第一声がそれか? 品性のかけらもないな」
「あなたは相変わらずね……」
他の書店と違い、カンパネラも小説を積極的に取り扱っている。だから業務停止の煽りを食らったことは明白で、少なからず私も申し訳なさを感じていた。
「これから業務停止を撤回してもらうべく働きかけるつもりよ。だからあなたも今は小言より建設的な意見を出してちょうだい」
「そうか。だったら……」
ジークが何か言いかけた、そのとき――
「リナちゃーん、業務停止って本当~?」
背後から迫りくる影。しかし彼が私に抱き着く前に、セラスが間に入って制止してくれた。
「アダムの小説原作の舞台の主役は俺って話、忘れてないよね? 業務停止で小説も処分のため燃やされるかもって聞いたんだけど……」
「「なんですって!?(なんだって!?)」」
不覚にも、ジークと全く同じリアクションを取ってしまった。しかしそんなのは初耳だ。
「それ、どこ情報?」
「俺のパトロンの一人が教えてくれたんだ。名のある人だから信ぴょう性はあると思うよ?」
さらっと告げられた言葉に愕然とする。
(燃やすなんて……エンタメを広めるべくここまで頑張って来たのに!)
この貴族社会で私は上流貴族で顔が広いエリザベート様の決定を覆せるほどの力は持っていない。だからといってこのまま何もしなければ、エンタメは〝悪〟として根絶やしにされてしまう。
(そうなったらこの世界で生きる楽しみがなくなっちゃうじゃないの!)
私だけでなく、アダムのようにエンタメを生み出してくれていた人は仕事を、エンタメの面白さに気づき始めた人は娯楽を奪われてしまうということだ。
「そんな横暴、許されないわ。なんとしてでも阻止しないと!」
「そうだよね、せっかくエンカウントも軌道に乗ってきて、小説目当ての顔なじみのお客さんも増えてきたところだったのに……このままは悔しいよ」
カンパネラの台頭にも負けず、店を守って来たアリシアにも思うところがあるのだろう。
「なんとかして業務停止と小説を燃やすことを見直してもらえないかな?」
そう必死に訴える姿に、もうかつてのような弱々しさは微塵も感じない。
「……カンパネラにとってもこの状況を打破しなければ営業に響く。そうなれば私の評価にも関わるからな。今だけは一時休戦、互いに手を取ろうじゃないか」
商売敵であるジークもさすがにこのままはまずいと思ったのだろう。今は小説を扱う書店同士、共に生き残ることが重要だ。
「そうね。あなたにも知恵を貸してもらえると助かるわ」
こうしてエンタメ世界に広め隊改め、エンタメ存続隊としてジークとノエルを交えて、今後どうするか話し合うことになった。
「エリザベート様率いる小説撲滅派に対抗するためには、それなりの発言権がある者を引き入れる必要がある」
ジークの言葉にノエルは眉根を寄せた。
「現実問題、それって結構難しいと思うなあー。みんなエリザベート様を敵に回したくないだろうし」
「そうまでして小説存続を熱望してくれる人じゃないと難しいってことだよね」
アリシアの言葉に私はうなずく。
「権力があって、小説に愛着がある人……」
ふと、ある人の顔が浮かんだ。
(いや、でも恋愛小説を読んでるのはゲーム上でもヒロイン以外に公にしなかったし、さすがに……)
と考えていると、表にクローズの札をかけていたにも関わらず、一人の客が足音荒く入って来た。




