13.業務停止処分
「話は聞かせていただきました」
そこに立っていたのは、アダムと同じ髪色で縦ロールが個性的な女性だった。
ゲームだとコスト削減のため、あまり登場しないキャラクターには立ち絵はついていない。だからゲームではアダムのお母さんも声のみでその姿は知る由もなかったのだが……。
「アダムが女性を招いたと聞いて、陰ながら見守らせていただいてましたの。ああ、申し遅れました。わたくし、アダムの母のエリザベートと申します」
(でしょうね!)
ぐりんぐりんの個性的な髪型を見るに、アダムとの血縁を感じる。
「か、母様……僕たちの話を聞いてたんですか!?」
「ごめんなさい、アダム。でも誤解しないで。母はあなたが心配だったのです。最近は食事もろくにとっていなかったでしょう?」
「それは……別にいいじゃありませんか」
「いいえ、あなたはこのルーチカ家唯一の男子なのですよ。それなのに閉じこもって得体のしれないものを書いているとそしりを受けていることを知りながら、これ以上黙っているわけにはいきません」
(あ……)
ぐっと何かに耐えるように、アダムの拳が震えていた。
(小説の知名度は上がって来たけど、それでもまだ〝得体のしれないもの〟って認識だったりするのね……)
エンタメを広めるべく頑張っているだけに、少なからず私もショックだった。でも書き手であるアダムはもっとショックを受けたはずだ。
「お言葉ですが……」
アダムの前に立ち、私はエリザベート様と対峙した。
「〝得体のしれないもの〟とおっしゃるということは、読まれていないと推察いたします。そのような独断と偏見で決めつけられるなんて、たまったものではありません。いいですか、アダムの書く小説は娯楽のないこの世界におけるオアシスなんです。現実が救いようのないものだとしても、小説を読めばここではないどこかにいざなわれ、救われる者もいるんです。私は前例がないことに挑戦し、道を切り開いたアダムを尊敬しています! よって、いくら親といえどもアダムを否定することは許しません……!」
何かを生み出すということは、簡単なことじゃない。名門貴族の男性だからこそ、〝得体のしれないもの〟を書くにあたり、後ろ指をさされることもあっただろう。だけどこのエンタメのない世界で生きていかなくてはいけなくなった時、私がアダムの存在にどれだけ救われたかわからない。
(アダムのバッドエンドの中には筆を折るのもあったけど、そんなことには絶対にさせない……!)
死ぬ前の私は強い者に従って忖度してばかりで、自己主張することなんてできなかった。でも、今は違う。
「……許しません、だなんて。あなたは自分のことのようにアダムのことを考えてくれているのですね」
エリザベート様はなぜか少し嬉しそうだった。
「そこまで言うのなら、やりたいようにやってごらんなさい。あなたの滞在も許可するわ」
「えっ」
一瞬気が緩みかけるも――
「アダム、あなたも覚悟を決めることね。そうでなければ何も守れないわ」
忠告のようにも取れるその言葉に、アダムはうつむく。
「……あなたたちがどのような答えを出すのか、楽しみにしてます。では、ごきげんよう」
そう言ってエリザベート様は去っていき、あとには私と顔面蒼白のアダムが残された。
「リナ、あの……さっきは庇ってくれてありがとう」
「お礼を言われるほどのことじゃないわ。事実を言っただけだもの」
「……君は優しいね。会った時からずっとそうだった」
弱々しく微笑するアダムにぎゅっと胸が締め付けられる。
(まるでかつての自分を見てるようで、人事だと思えない)
現実に生きる弱者は、心のどこかでいつか救いがあることを願ってる。でもそんな救いがないのが現実だ。
(でもこの世界の私……リナなら、変えられるはず)
「ねえ、アダム。また創作意欲がわくように、今日はちょっと話さない?」
「話……?」
「ええ、そうよ。街で流行ってることとか、興味があること……なんでもいいの。自由に、好きなことを話しましょう」
「……楽しそうだね」
少しだけ声音が明るくなったことに私もホッとする。
それから私たちはいろんな話をした。ゲームでは開示されたことしか知ることができない。でも目の前の彼は、ゲームで開示されていなかったことを口にする。それが新鮮で、話は尽きなかった。
結局夜通しおしゃべりをしていた私たちの元へ、息せき切ったセラスが飛び込んでくるまでは。
「リナ様、大変です!」
なんだか嫌な胸騒ぎがした。そしてその予感は現実のものとなる。
「エンカウントとカンパネラに業務停止命令が下りました!」
ピシッと空気に亀裂が入ったように、私とアダムは固まった。
「業務停止って……どうして?」
「それが小説なる書物は人心を惑わし、悪影響を及ぼす危険があるからという触れ込みが広まりまして……」
「はあ!? 言いがかりじゃないの!」
「そうなのですが、言いがかりをつけた相手と言うのが……」
「母様、ですか……?」
震える声でアダムが問うと、セラスは静かにうなずいた。
「その通りです。エリザベート様は貴族社会で顔が利きますから……」
(何それ……)
結局ここでも私は強者によって淘汰されてしまうのか。
(ううん、我慢する人生はもう嫌!)
「相手が誰だろうと関係ない。戦うわよ」
「お嬢様ならそう言うだろうと思ってました」
さすがにこれまで一番傍にいただけあって、セラスは動じていなかった。問題はアダムだ。
「アダムはどうする?」
「僕は……」
さっきのエリザベート様とのやり取りを見るに、二人の力関係は明らかだ。それでも私はアダムの意思を尊重したかった。
「私はアダムに本当にしたいことをしてほしい」
「僕に……できるかな?」
「さあ、それはわからないわ。でもあなたは小説でたくさんの人を虜にした。自分で思ってるよりも何かを変える可能性を秘めてるってことは確かね」
「君にそう言われると、本当に自分にすごい力があるような気がしてくるよ。だけど……ちょっと考えさせてほしい」
「わかった。あなたの納得する答えが出たら聞かせて」
「うん」
私はセラスを伴って、屋敷を後にした。そんな私を見つめる人がいたことにも気づかずに……。




