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12.看板作家、スランプになる

 二人のやりとりを側から見ていたセラスは、いち早くジークの変化に気づいた。


(おや、これは……)


 ジークの瞳の奥にあった剣呑さは消え去り、どこか表情が柔らかくなった。


(ああ、そういうことか)


 自分が仕えている少女——リナ・エスパーダ。彼女は才色兼備でどこか近寄りがたい雰囲気があったのに、ある時から親しみやすくなった。


 アリシアはリナに憧れているらしく、会うといつも彼女の話ばかりする。引っ込み思案だったのに、今ではエンカウントの店主を務めるまでになった。


(この方には人を変える力がある)


 目の前の彼——ジーク・ウィップでさえ変えてしまった。本人に自覚があるかはわからないが、時折恥ずかしそうに目線を逸らしながら憎まれ口を叩く姿は恋に落ちた男のそれだ。


(当の本人は全く気づいてないみたいだな)


 それが哀れと思う気持ちと、少しだけ……ほんの少しだけ、うらやましいと思っている自分がいる。


(……でも私は〝彼女〟を裏切れない)


 かつて暗い瞳で命令を下した彼女の姿が呪いのようにセラスの胸を締め付けた。



          ◇ ◇ ◇



「セラス! 帰るわよ!」

「っ! はい!」

「おい、待て。まだ話の途中だ。逃げるのか?」

「だって面倒臭いんだもの」

「なっ! 面倒臭いとはなんだ!」


 物思いに耽っている間にどうやらジークはリナの機嫌を損ねたらしい。足早に出て行こうとする主を見て、セラスも後を追った。


「ちょっとわかり合えるかもって思ったけど、やっぱり苦手だわ」

「置き去りにしてよろしいんですか? 捨てられた子犬のような目をされていますが」

「子犬って……ふふっ、セラスも冗談なんて言うのね」


(冗談ではないですよ……)


 鈍感な主に苦笑してしまう。


(いつか終わりが来るとしても……もうしばらくはこんな日常が続けばいいのに)


 そんな分不相応なことをセラスは人知れず、心の中で願った。



          ◇ ◇ ◇



 ジークがオーナーの『カンパネラ』と私がオーナーの『エンカウント』はそれぞれの店舗に顧客がつき、利益を上げていった。カンパネラとはライバル関係ではあるものの、私だけでなくジークが書店の経営に着手したことで小説を読む人も増えていき、エンタメ世界に広め隊としての野望は進みつつある。が、いいことがあれば悪いことが起こるのが世の常だ。


 そもそもここは難易度マックスの乙女ゲーム『愛憎不落』の世界。そして出会いのフラグを折ったとはいえ、私は問題だらけの登場人物たち全員と会ってしまった。


 アリシアがパラメータを上げ、そして私とアリシアが好きな人を巡ってライバル関係にならなければバッドエンドを回避できる……と思っていたのに。


「もうダメだ。僕には才能なんてなかったんだよ……死ぬしかない」

「ちょっ、早まらないで!」


 アダムから折り入って相談したいことがある、と言われて彼の屋敷に出向いたものの。部屋の窓から身投げしようとされて、慌てて彼の腕をつかんだ。


(こ、これは……アダムルートの自殺イベントじゃないの!)


 ゲームでは選択を間違うとアダムが自殺してしまうバッドエンドがある。しかしそれはヒロインであるアリシアと二人きりの時に起こるもので、なぜアリシア不在の今発生してしまったのかわからない。


(ゲーム通りの選択肢が出たりするのかな? これまでそういった選択肢は見たことないけど……)


 何にせよ二人きりの時に死んでしまったりしたら私に容疑がかかり、最悪殺人犯として捕らえられてしまうかもしれない。


(それだけは阻止しなきゃ!)


 幸い私は体力のスキルが高いから、アダムの飛び降りを物理的に防げた。でも自殺しようとしてる原因を解決しないことには安心できない。


「力になれるかもしれないし、話聞くから!」


 手をつかんだまま伝えると、アダムはその場に崩れ落ちた。


「書けなくなっちゃったんだ……」

「えっ。それはつまり……スランプってこと?」

「うん……」


(ゲームでは小説を書ける環境になかったことから思い悩んで自殺しようとしてたけど、そうじゃないのね)


 今はむしろ書ける環境にあるけど、逆にそれがプレッシャーになってしまったとも考えられる。


「ごめんなさい。私がコラボ用のとか、たくさん書くよう頼んだのがよくなかったかもしれないわ」

「あっ、そんなことないよ。読んでくれる人が増えたことも、小説が認知されたことも僕にとっては嬉しいことだった。ただ……今は何も思い浮かばなくてさ」

「そう……」


 小説で生計を立てられるとわかってからは、少しずつ書き手が増えてきてはいる。だからアダムにしばらく休んでもらうこともできなくはない。


(でも……それをアダムが望んでいるかは疑問ね)


 アダムは繊細だ。ひょっとしたら休み=自分は必要とされていないと思ってしまうかもしれない。


(そうなったらまた自殺……なんてことになりかねない)


 アダムは今やゲームの攻略キャラではなく、大切な仲間だ。絶対に失うわけにはいかない。


「アダム、よく聞いて」


 私はアダムの肩に手を置き、目を合わせた。


「私はアダムの書く小説が好きよ。一番のファンだって自負してる」

「あ、ありがとう……」


 そう言って、アダムは少し恥ずかしそうにうつむく。


「だからね、書けるようになるための協力は惜しまないわ。何か私にしてほしいことがあったら何でも言って!」

「してほしいこと……」


 反芻したのち、アダムはおずおずと口を開いた。


「あのね、実は聞いてほしいことがあって……」


 声を潜めたアダムに私は頷いて見せる。


「安心して。秘密は厳守するわ」

「ありがとう。実はね……」


 思いつめた様子のアダムは口を開いては閉じてを繰り返し、遂に――


「僕……恋をしたことがないんだ」


と打ち明けてくれた。


「えっ」


 アダムの告白に私は目を見張った。


(この告白……ゲームと同じ流れだ!)


 引っ込み思案なアダムは自らの願望や空想だったり、友人のノエルの話を参考に小説を書いていた。女性側の気持ちがよくわかるのは母、姉、妹と女系家族の中で育ったのが影響してるらしい。


(だから本当の恋を知らないって打ち明けられて、だったら恋をしてみようって言うのがアダムルートなんだけど……)


 それはヒロインがアリシアだったから成立することだ。私がそんな提案をしようものなら『大人しいアダムをたぶらかした悪女』として死のリスクが高まってしまう。


(かといって、何も手を打たないと死んでしまうかもしれないし……)


 私が思い悩んでいる中、アダムはうつむきながらぼそぼそと語りだした。


「だからいつも『恋』がどんなものか空想してた。到底僕にできないことでも、空想するのは自由だから……」

「それを読者も受け止めてくれてたし、空想とは思えないほど引き込まれたわ。必ずしも実体験が必要ってわけではないでしょう?」

「そうだけど……このままでいいのかな、とか、小説を書いてるのは女性だと思われてて……どこにも〝本当〟がないから、それを心苦しく思うこともあって……」


 かなり思いつめている様子を見て、私のゲーム脳が警鐘を鳴らす。


(このままじゃ絶対死のうとする!)


 アダムのバッドエンドはアダムが様々な形で命を絶つものが多い。一人にしようものならまた身投げしてしまう可能性もある。


「ひとまず私、アダムが書けるようになるまでここに泊まらせてもらうわね」

「えっ!?」

「仲間が困ってるんだもの、当然でしょ? だから死のうなんて思わないでね」


 効果があるかはわからないけど、一応釘を刺しておく。


「えっと……でも、女の人を泊めるなんて……」


 アダムは恥じらうようにもじもじしだす。


「あ、ご家族の方に許可を取る必要があるわね。もしいらっしゃるようなら事情を説明して……」


 そう言いかけたとき、キィ……と扉を開け、誰かが入って来た。

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