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11.やり手なドS

 この世界に転生してから数ヶ月が経過した。


 アリシアは店主として頼もしくなって来たし、べイルの援助を得て取り入れた通販のおかげで売上は右肩上がりで問題という問題は起きてない……と思っていた。


 セラスが血相を変えて、部屋に飛び込んでくるまでは。


「お嬢様、大変です!」

「ど、どうしたの? そんなに慌てて……」

「エンカウントの目の前に、大型の書店がオープンしたんです」

「は?」


 一瞬言われたことが理解できなかった。店をアリシアに任せていると言っても、週に二、三回は私だって様子を見に行っているのだ。ライバル店の存在に気が付かないはずがない。


「どうやら魔法で周囲に気づかれないようにしていたようですね。オーナーはあのジーク・ウィップ様です」

「ジーク!? なんだってあいつが……」


 そこでふと、初対面でかましたことを思い出した。


「もしかして、あの時のことを根に持ってたりなんか……しないわよね?」

「否定しかねますね。お嬢様は気づかれていなかったかもしれませんが、あの方はずっと呪い殺す勢いでお嬢様が去っていくのを見ていましたし」

「でも店を出すのだってタダじゃないのよ? 普通ここまでしないでしょ?」

「あの方が普通じゃないのでは?」


(いや、お前が言うな!)


 心中で突っ込みつつ、私はセラスを伴って問題の書店へ偵察に向かった。



          ◇ ◇ ◇



「いらっしゃいませ、カンパネラへようこそ~!」

「オープン記念で今ならとってもお得な割引やってま〜す!」


(オープン記念!? それに……割引ですって!?)


 店員が配っているビラを半ば横取りするように奪い取り、内容に目を走らせる。


(販売だけでなく貸本屋も兼ねているのね。しかもレンタル料が新書の半額だなんて……。これなら興味があっても金額がネックになっていた人にも刺さる)


 それを裏付けるように、エンカウトではあまり見なかった平民の姿が目立つ。


(やられた……!)


 利益を上げることばかりに意識が向きすぎて、価格帯については爪が甘かったのは否めない。


「誰かと思ったら、エンカウントのオーナーじゃないか」

「!」


 奥から出て来たジークは上機嫌な様子で私に歩み寄って来た。


「こうして足を運んでいただけるとは光栄だ。こんなところにいないで、どうぞ中へ。私自ら案内しようじゃないか」


(くっそ〜、勝利者の余裕かましてくれるじゃないの)


 正直右ストレートをお見舞いしたかったけど、私はグッと堪えた。


「まあ、ありがとうございます。ぜひお願いします」


 悔しいけど、今後の対策を考えるためにも敵情視察は欠かせない。ジークの後に続いて私は店内に足を踏み入れた。


「こちらのエリアは貸本屋として、サンプルを試読できるようになっている。まずは小説というものがどういうものか知ってもらうのと、好みの内容のものを見極めてもらうために設置した」


(……そうよね。ネットの試し読みって結構大事だったりしたし。そこで先が気になって購入って流れができれば、利益も上がってくる)


「娯楽に金を払うのは貴族ばかりで、平民の財布の紐はかたい。その紐を緩めるための施策だ」


 エンカウトより店内は広く、座れるスペースもある。買ったり借りた本をそのままここで読むこともできるわけだ。


「近場の店よりも安く読める、というのは大きなメリットになるからな。その点はエンカウトにも感謝している」

「…………」


 ジークがただ金にものを言わせて対抗して来ただけなら、ここまで悔しくはなかった。だけどこの嫌味なドS眼鏡は客の立場……しかもバカにしそうな平民のことを考えて、勝負して来たのだ。


(張り合うためにここまでする?って気もするけど……)



          ◇ ◇ ◇



 リナが俯いたのを見て、私は勝利を確信した。


(さすがに反論する余地もないか。さあ、泣け。泣いて負けを認めろ)


 この店を構えるために、私は父上に頭を下げた。現実主義な父上にとって、書店なんて無駄以外のなにものでもない。だが私は勝負するならリナと同じ土俵に上がるべきだと思っていた。


目の前のこの女は、罵詈雑言を浴びせたところで泣きはしない。この女にとって最も屈辱的なことは、心血を注いでいる商売に正攻法で打撃を与えることだ。そうして初めて自分を見る。そんな確信があった。


「〝低俗〟な相手に負かされる気分はどうだ?」


 とどめとばかりに、そんな言葉を言い放つと。


「…………」


 リナは唇をかみしめて顔を上げた。そして——


「低俗と言ったのは、取り消すわ。あなたは素晴らしい経営者よ」

「っ!?」


 涙がこぼれるのを今か今かと待っていた私は、予想外の言葉に固まった。


「なん……だと?」

「うちを潰したいなら、金に物を言わせて商売をできなくする方法だってあるのに、あなたはそうしなかった。うちのサービスの穴を的確に突いて、別の角度からこのお店を作り上げたのでしょう? すごいことだわ」


 リナを思い出す時、いつも記憶の中の彼女は私を見下していた。日に日にその表情は誇張され、憎しみが募っていった。


(こんなふうに……穏やかに微笑むこいつを見たかったわけじゃない)


 もっと悔しがり、涙するのを期待していたのだ。それなのに。


「試読できるっていうの、いいわよね。読書好きの心をくすぐるわ」


 彼女はサンプルを手に取ると、楽しそうにペラペラめくった。


「本が好きじゃないとこういうアイデアも浮かばないだろうし。仲間ができたみたいで嬉しい」

「!!」


 泣かせる予定だったリナが嬉しそうに笑った時。どくんと、胸の奥から熱いものが込み上げた。


(な、なんだ、これは……!)


 私は大いに戸惑った。


 今まで自分が優位に立つのが当たり前で、唯一の例外は父と上の兄二人だった。いつも自分の先を行く三人の後を私は必死に追いかけて来た。


 どんなに貢献しても、どんなにいい結果を出しても、それは兄たちが通った道に過ぎず、父に褒められたことはない。それでもいつかは、と常に完璧であり続けた。しかし――


 月日が経つにつれ、心のどこかで冷静な自分が囁くようになった。自分はいつまでも三番手で、それ以上になることはない。父の視界に入ることもないのだと。


 だけど認めたくなかった。認めたら、頑張る理由がなくなってしまうから。


(孤立している自覚はあった。だが、今更どうすることもできない)


 ウィップ家の人間であるが故に真っ向から楯突く者はいなかった。ただ一人の例外は……。


「ふん。何が嬉しい、だ。お前を喜ばせるためにしたことじゃない」

「もう。そんなふうに言うことないでしょ」


 そう言って、リナはその目に私を映す。


(……こいつは父上でも兄上でもなく、私を見てくれる)


 ただそれだけのことが。私の胸を熱くさせた。

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