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10.強力な味方GET!

(やっぱ怖〜!!)


 血のような真紅の瞳で凄まれた私は震え上がった。


(でも、ここで引くわけにはいかない!)


「わかっています、誰にも言いません。こんなことを言うとベイル様は怒るかもしれませんが……小説をお好きだと知って、私はとても嬉しかったんです。近寄りがたかったベイル様を身近な存在に感じたと言いますか……」

「……黙れ」


 静かな、だけど怒りをはらんだ声音。恐る恐るベイルを見ると、彼は冷ややかな目で私を見ていた。


「民の上に立つ以上、俺は恐れられる存在であり続けなければならない。それがどうだ? 身近な存在? ハッ、舐められたものだな」

「ち、違います、バカにしたわけではなくて……」

「うるさい!」


 激情のままにベイルが振るった拳が側に重ねてあった本にあたり、数冊バサバサと音を立てて落ちた。


「計画に混ぜろと言ったのは撤回する。お前も忘れろ」

「……嫌です」

「何……?」


 睨まれて逃げ出したい気持ちをぐっと堪え、私は口を開いた。


「ベイル様ともあろう方が、一度口に出した言葉を撤回なさるなんて。私を幻滅させないでください」


 剣を持っていたら、一刀両断されていたであろう暴言。だけど止める気はさらさらなかった。


「こっちだって真剣なんです。この世界は女が働くことに寛容ではありません。そんな中、これまでにない事業をしようとしているんですよ? 大多数の人はうまくいくわけがないと陰で笑っているのに気づけないほど、私は愚かではありません」


 営業している間も数えきれないほどのそしりを受けた。特に男性が女性を下に見ているのは顕著で、何度も嫌気が差した。思い出すだけではらわたが煮えくり返る。


「それでも実現したいことがあるから、歯を食いしばってここまでやってきたんです。正直、あなたの体裁なんてどうでもいい。使えるものは使うまで。四の五の言ってないで、私に協力しなさい!」


 ヒートアップした果てというべきか。配慮とかそんなものはかなぐり捨て、私はあろうことかこの国で一番偉いベイルに命令していた。


「俺に……命令するとはな」


 値踏みをするようにゆらりと首を傾けるベイルを見て、私は一瞬死を覚悟した。


「くくっ」

「?」

「はははっ。よりによって暴君として名高い俺に、ここまで啖呵を切ったやつは初めてだ!」


 ベイルはひとしきり笑うと胸ポケットから何かを取り出し、私の前に拳を突き出した。


「手を出せ」

「は、はい」


 言われた通り手を出すと、そこにコロンと何かが落とされた。


「ブローチ……?」


 皇家の紋章が入ったそれをつまみあげていると、ベイルは私に背を向けた。


「それがあれば大抵の融通が利く。俺への謁見も容易い」

「えっ。いただいていいんですか?」

「ああ。計画に混ぜろと言ったからには、協力しないわけにはいかないだろう?」


 そう言って背中越しに振り返ったベイルは、さっきは打って変わって年相応の青年の顔をしていた。


「そうですね。こき使うので、そのつもりでいてください」


 ブローチを握りしめて、不敵な笑みで返す。


「怖い女だな、お前は」


 こうして私は命からがらベイルを仲間に引き入れることに成功したのだった。



          ◇ ◇ ◇



 ベイルとノエルの協力を得られたのは大きく、エンタメ世界に広め隊の夢の実現を大いにアシストしてくれた。これまでの営業のかいもあってかエンタメ色の強い小説は徐々に認知されていき、エンカウントの売り上げも右肩上がりでいい感じだ。


「あ〜、疲れた〜」

「お疲れ様、アリシア」


 特訓の成果か、狭い店内に入れ替わり立ち替わり訪れる客を捌くアリシアの接客も日に日に精度を増しているように思う。


「本が売れるのは嬉しいけど、やっぱりこの店内の狭さはネックかもね」


 本を置けるスペースに限りがあるため、何回か品切れとなってしまったのが悔やまれる。


「増築やもっと広いところに移すにしてもお金がかかるもんね」

「ええ。軌道に乗って来たばかりだし、大きな出費は避けたいところだけど……」


 スペースに限りがあるから仕入れはこれ以上増やせない。しかし私が買う立場だったら、読みたい時に読めないのはかなりストレスを感じる。


「なんとか早く、確実にお客さんの手元に本が届けば……」


 そこで私はポンと手を打った。


「そうよ、何もこの店で売ることにこだわっているわけじゃない。通販にすればいいんだわ!」

「つうはん……ってなぁに?」

「お客さんが読みたい本を注文したら、それを指定した場所まで届けてくれるサービスのことよ。配達担当の人を雇わなきゃだけど、お客さんは店に出向く手間も省けるし……。小説を読んでいるのを知られるのに抵抗がある人にとっては、その方が使い勝手がいいかもしれないわ」


 男性も恋愛小説を買ってくれるようになったけど、他の本の間に隠したり、どこか気恥ずかしげな様子だったのが気掛かりではあったのだ。


(まあこの世界の男性はベイル様といい、高い身分であればあるほど俗っぽいものを読んでるって、知られたくなさそうよね)


 ベイルにとっても悪くない話のはずだから、出資してくれるかもしれない。


「既刊とこれから発売する小説……カタログのようにするなら、広告塔になってくれた人たちの商品を取り扱ってもいいわね」

「あー確かに、本を読んでてこの食べ物食べたいとか、化粧品使ってみたいってなった時に注文できるのは便利かも。カタログ、私が作ってもみてもいいかな?」

「構わないけど……大変じゃない?」

「大丈夫。私ね、今燃えてるの!」


 習うより慣れろとはよく言ったもので、店に立つようになってからアリシアのスキルアップには目覚ましいものがある。


「じゃあ任せるわね」

「うん。どんなデザインにしようかな〜」


 やりがいを感じてくれているのは、雇い主として嬉しい限りだ。


「じゃあ私は通販用の人手確保してくるわね」

「うん。いってらっしゃーい!」


 アリシアに見送られながら私は書店を後にした。



          ◇ ◇ ◇



「ねえ、聞いた? エスパーダ家がまた新しい事業を始めたそうよ」

「ああ、通販でしょう? 指定した場所に配送してくれるなんて便利よね」


 来城していた私は、メイドたちが話している声に足を止めた。


(エスパーダ……だと?)


 脳裏によぎったのは、「低俗」と言い放った生意気な女の顔だ。あの日以来、私は彼女を敵視している。そのため彼女が営む書店が話題になっていることも当然把握していた。


(女が商売なんて笑わせてくれる。どうせそのうち失敗して泣きを見るに決まって……)


 その姿を想像した瞬間、えもいわれぬ感覚が駆け巡った。


(あの勝ち気な女が悲しみに顔を歪め、顔を覆って泣く姿を想像するだけで……くくっ、笑いが止まらないな)


 咄嗟に緩みそうになる口元に手をやり、なんとかやりすごそうとしたものの。完全に抑えることはできず、笑みが漏れてしまった。


「ねえ、今ジーク様……笑ってなかった?」

「滅多に笑わないお方なのに。何かいいことでもあったのかしら?」


 いつもならメイドが自分に関する話をしようものなら呼び止め、嫌味の3つや4つ投げつけるのが常だというのに。


(新たな事業とやらが軌道になる前に潰してやろう。待っていろ、リナ・エスパーダ……!)


 爛々と目を輝かせ、ジークは眼鏡を押し上げる。知性が売りの彼であるが、その本質はドSなのだった。

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