10年の恩讐を経た、元警察官僚の復讐劇!!それを引き継ぐ謎の七人とは?
第1章「居酒屋の男」
1.ー東京都江戸川区。
東京都の東部に位置し、千葉県の浦安・市川・松戸三市が隣接する人口約70万人の特別区に今日も夜が訪れる。
東京都交通局新宿線一之江駅付近のビル1階に大衆酒場が一軒、灯を灯していた。
流石に大衆酒場だけあって、店内は客でごった返している。
何処も彼処も会社員や学生等がほろ酔いながら、話に花を咲かせている。
「お前のところの課長はさぁ、、。完全にお偉方の腰巾着だよなぁ。
よくゴマすってる姿を見る度に気分が悪くなるよ。何とかなんねぇかよ。」
「今更愚痴をこぼしたってしょうがないぜ。ありゃ取り巻きが悪いんだ。」
「そうよねぇ。部長が後三年で定年になる事を計算済みで課長連中が後釜を狙ってるのよ。
何時の世の中も力がある者だけが勝つ。って事よ。」
「正に、-全員悪人。ってか。」
こういう仕事の愚痴がいれば、
「よぉ、彼女とはうまくいってるのか?」
「それがさぁ、相手の家柄が家柄だけにさぁ。何かとヤバいんだよ。
ギクシャクし始めてるんだぜ。何か良い知恵ねぇかよ。」
「今時、家柄って何時の時代だよ。分かるなら、最初から苦労しねーよ。」
勉強より恋愛に夢中な話もある。
「、、、ところで勝ちゃん。俺の今月の前借は未だ枠が有るか?」
「ああ、とっくだよ。」
「やれやれ、今月も厚いな。勝ちゃん、硬い事言わずに今月も頼むぜ。」
金問題に関して今にも揉めそうな雰囲気な作業員達の会話が弾んでいたそんな時、
入口が開いて、客の影が射した。
店は常連客で混雑している上に客の煙草や会話が二人連れの顔を遮った。
「いらっしゃい。」
店員がカウンターから客を覗き、景気よく声を上げた。
馴染みでない事だけは明らかだ。
「いらっしゃいませ。」
店員の女の子が、二人が座った席にお冷とおしぼりを二つずつ置いた。
入ってきた客の一人はかなりくたびれたグレーの背広を着て、ハンチング帽を被った50年輩だ。
もう一人は、チーフを入れた淡い紺のジャケットに白いズボンの40代のサングラスの男性だ。
「ご注文は?」
「そうだな、、、。」
50年輩が40代に相談する目つきをした。
「麦焼酎とレバーで。」
「俺は、ニッカハイボールと唐揚げにしよう。相変わらず東京はよったかるな。」
この「よったかるな」という言葉には訛りがあった。
女性店員・坂木は「地方の人間」と瞬時に感じた。
やがて、二人が注文した品を持ってきた。
「ご注文は以上でしょうか?」
この時、二人は細々話をしていたが、彼女が近付いたと同時に会話を止めた。
「あねさ」
50年輩は、坂木を睨みつけた。
「わーりども、話があるすけあっち行ってくれ。」
何か、神経質な調子だった。
「失礼しました。」
妙な方言と客の鋭利な眼光に恐怖を感じながら、坂木は厨房に戻った。
「あの二人、何か感じ悪いですよねぇ。」
「そうかい。」
店長もちらりと隅の席を見た。
常連でもないし、あまり関わり合いにならない方が無難だとみて、仕事を続けた。
「それでサ、最近の映画だけど、俺はあの洋画楽しみでサ、、、。」
別の机から、映画やらプロ野球やら店員も交えながら盛んに議論していた。
隅の机の二人には周囲からは余り注意が払われなり、周囲から避ける様に密談している事も店員達は気にしなくなった。
愛想が悪い客より、常連客と話し合っている方が余程面白かった。
「おや、もう8時半か。」
客の一人がスマホを見て呟くと、
「そろそろ閉店時間だね、ご馳走様。」
と、お客達がレジに並び始めた。
トイレに行くには、怪しい二人連れが座っている机の横を通らなければならない。
建設作業員・的場はそこを通る時、ちらりと耳にした。
言葉の長姉が複雑で、東北弁かと思う程発音に訛りが感じられた。
話の内容は分からない。
「おめ達に関しては大方分かってる。この10年間俺がどんげな思いで、、、。」
50年輩は、何やら40年輩に詰め寄っている様だった。
的場はそのやりとりから、二人は知り合いでも行きずりでもなく何やら深い事情を抱えた上での再会らしい、と思った。
間もなく、8時半を過ぎた頃になっても、二人は未だ机に座ったままで話していた。
「お客さん、申し訳ないですが、もう閉店時間なので、、、。」
坂木が感じ悪い二人に近づくと、50年輩は酔い潰れたからか、ウトウトしていた。
「ああ、君。連れが酔い潰れたから、俺が送るよ。おあいそ。」
40代が50年輩の手を肩にしながら、席を立った。
「毎度あり。」
その言葉を背に、男二人は店から姿を消した。
「俺が送ってやるよ、ミッキー。」
「あら、あんたに送ってもらったら迷惑よ。」
外で先に勘定を済ませた学生連中の女性が酔った声で級友に言い返した。
「兄が駅迄来てるから。」
「おーやおや、どんな兄さんか分かるもんかね。」
「煩いね、アンタとは違うから。」
「へへへ、やられてるじゃん。ま、ミッキーには大人しくした方が良いぜ。何しろ、何時も良くしてもらってるんだから。」
「変な言い方よして。」
そんな押問答が繰り返されていると、
「おい、あの二人、、、。」
学生の一人、桜田が指を差した場所を全員が見つめた。
「あれ、さっきの妙なオッサン達じゃないか。」
「何か変な組み合わせだよな。」
「如何して?」
ミッキーこと美樹山の問いに、桜田が言い返した。
「だってよ、片方は身なりが良さそうな金持ち風の男。もう片方はどう見たって地方のオヤジ。
何かまともな組み合わせじゃなさそうだぜ。
もしかしてあのオヤジ、あの金持ち男を強請って、、、。」
「もうよしてよ!アンタの悪い癖よ、何でもそうやってミステリー風に考えるの。
桜田君って本当にミステリーに凝りすぎ。」
「そうかなぁ、、、。」
美樹山達から失笑を受けながら、桜田の目に奇妙なものが入った。
男二人の横にタイミング良くタクシーが停まったかと思うと、40代が50年輩をタクシーに乗せ、運転手に封筒を渡し、その場から立ち去った。
そのままタクシーは走り去った。
「桜田、今度は如何した?」
「いや、いまのタクシードライバー、一瞬見ただけなんだけど、感じ悪そうな気がしてさ、、、。」
「悪いって?」
「妙に目つきが鋭くてよ、、、。」
「お前、本当にいい加減にしろよ。ミステリーにはまり過ぎだから、何でも怪しく観えるんだよ。
タクシードライバーが皆優しい面してる訳ねぇだろ。」
「さ、そろそろ帰ろうぜ。俺ん家そろそろ門限なんだ。」
何か腑に落ちない表情を浮かべながら、桜田は友人達と共に駅へ向けて歩みだした。
それは、連休が明けて間もない5月9日の晩だった。
一之江三丁目にある明和橋付近に新中川がある。
前長7.84km、幅員143.5kmの一級河川である。
東京都葛飾区高砂で中川より分かれ南の方向に流れ、中川と江戸川の間を平行する様に流下し、江戸川で東から流れる旧江戸川に合流する。
5月10日の午前7時。
初夏になり、完全に明るい陽射しに涼しげが交わっている。
この朝、一之江三丁目に住む主婦・細郷はいつもの日課である愛犬との朝のウォーキングの真っ最中だった。
自宅を出て、「健康の道」と呼ばれる通りに出て川沿いに歩くこと2分。
涼しい朝の空気を全身に受けて何気に明和橋に目を向けた。
それと同時に、飼い犬が彼女から振り払い駆け出したのだ。
「ちょっと、吉之助!!どこ行くの!?」
小太りな体で小走りに愛犬・吉之助を追いかけると、明和橋の中央にいた。
吉之助が橋桁から身を乗り出し、何やら執拗に吠え始めた。
「一体何なのよ!?」
そう言って橋の下を見ると同時に、細郷は目を疑った。
「あ、あ、あれは、、、?」
何か大きな黒いものが壁に引っかかっている。
よく見ると、人間だった。
背面を浮かべながら、川の流れだけが流れ過ぎていく。
見てはいけないものを見た為か、動揺した細郷は震える手でスマホを取り出す。
110番通報を受け、受持区の一之江駅前交番から警官が臨場し、機動捜査隊及び所轄の小松川警察署から刑事組織犯罪対策課強行犯係や鑑識係が到着。
付近から朝のサイレンに驚いて住民が集まってきた。
午前7時半頃には周辺は騒然としていた。
加えて、警視庁捜査第一課管理官・村見俊彦警視が捜査員や鑑識課員を率いて到着。
警視庁詰めの報道関係者も沢山付いてきたが、最も現場からかなり離れた場所に追い払われていた。
地元住民がかなり集まって来て、最早整理が追い付かなくなり、
第一発見者・細郷の周囲には捜査員だけでなく、報道機関も詰め寄っていた。
一通り状況が確認されると、検視が始まる。
全身びしょ濡れな上に、酒の匂いがプンプンするところから、死体は文字通りの「水死体」に見える。
「このホトケは新しいなぁ。特に外傷も見当たらないし、おそらく酒に酔ったうえで川に転落し、溺死したと思われるな。硬直度合から見て死後8時間というところかな。」
警視庁刑事部鑑識課倉内班班長・倉内聖男検視官(警視)はそう述べた。
その日午後、T医科大学で解剖が行われた。
解剖所見は次の通り。
〇年齢54、5歳位。
〇死因:溺死。
〇全身から新中川の水の成分が検出、外傷は確認されず。
〇胃の内容物:濃い黄褐色のやや混濁液(酒成分を含む)が有り、滑化寸前の唐揚げを混ず。
〇混濁液は約500cc。
〇以上を統合し、
被害者は酒を多量に飲み、泥酔したところを新中川に転落し明和橋下に流れ着いたと思われる。
〇死因経過7時間から8時間。
倉内検視官が述べた死亡推定時刻は、解剖所見と一致した。
被害者は髪が薄く、身長184cm・体重80kgと巨体で栄養は良好だった。
服装は背広だが、これは下着やワイシャツと共に上等ではなかった。
職業から見ると、一見労働者らしかった。
所持品を調べても身許が判明しそうな物は無く、洋服にネームが無く、ワイシャツ類にもクリーニング屋の記号が無かった。
死体発見時から「死後7時間から8時間経過」というと、前夜の11時から12時頃となる。
現場付近はその時刻、人通りがある筈なのに付近から目撃者は出ない。
つまり、被害者は解剖所見にある通り、「新中川に転落し、明和橋付近に流れ着いた」という事になる。
そうは言っても、被害者は「新中川のどこで転落死て明和橋の下迄流れ着いたのか?」が、大きな疑問点となった。