しばらくのお別れ
“豊穣の灯り”メンバー
リオの視点です
結局、雪鳥は換金せずに先輩と冒険者ギルドを後にした。手を繋ぎながらしばらく歩き、程よいところで別れて僕は一人、クランハウスへと戻った。
――先輩の手、おっきくて温かかったなぁ……僕よりも指が太くて、皮膚が硬くごつごつしてて………あれで僕の…
「…って何を考えてるんですか?!僕はっ?」
『リオー?急に大声だしてどうしたのかしら?』
「ふぇっ?あっ、いや、なんでもないですっ!」
『そう?……私たち、今日の夜にはここを出る予定だから、後でホールに来てもらえるかしら?まぁ…帰ってきたばかりだし、そう急ぐ必要はないわ』
「分かりました!軽く汗を流し終えたら、すぐにホールへ向かいますねっ」
『ふふっ、別にゆっくりでいいのよ?レイラもまだ帰ってきてないことだし……リオにレオンへの新年の贈り物を預けておきたいだけだから、時間はそんなにとらないわ。慌てずにしっかり洗ってきなさい』
「はいっ!―――贈り物かぁ……皆さんは本当にあんなので良かったのでしょうか……僕ばっかり貰ってて申し訳ないです……」
今年は豊穣の灯りの皆さんに大変お世話になったので、贈り物を全員分用意しようとしていたのですが……どういったものが喜ばれるのかが分からなくて、直接聞いて回ったんですよね…。
そうしたら、エマさんからはクランハウスの大掃除の手伝いを、ルーナさんからは予備の防具等々の整備のお手伝いを頼まれました。
ここまでは贈り物になってるとは言えなくても、皆さんの助けになれてると思って嬉しかったのですが……アリーさんとレイラへの贈り物が…。
「久しぶりの長時間に及ぶ着せ替えは確かに疲れましたけど……また服を沢山いただいちゃいましたし………レイラへの贈り物が秘蔵のお酒の感想って……本当にそれだけでいいのかな…」
でも、皆さんはそれで満足してるので……僕が勝手にモヤモヤしてるだけなのは分かってるんですけど…。
はふぅ、やっぱり先輩は凄いなぁ。あんなにおしゃれなものを用意出来るなんて、僕には到底真似できません。
ふわりと甘い花の香りが漂う廊下を渡りながら、僕はお風呂場へと向かった――
「―――それじゃあ、レイラも戻ってきたことだし……ぼちぼち、始めていこうかしらね」
「あれ?ボクは居るけど、エマはどうしたのさ?」
「彼女には、馬車の手配や諸々の手続きをお願いしているの。私たちが貴族街に入る頃には門は閉まっているでしょうし……無理を通すには互いにそれなりの準備が必要でしょう?」
「なるほどねー!……んじゃあ、お姉ちゃんは?」
「先に家に行ってもらってるわ。あの二人には今から話すことはもう伝えてあるのよ。リオは仕方ないにしても、貴女はワーデルス家の………まぁ、いいわ。言ってもどうせ聞かないでしょうし」
「あ、あははー……ま、まぁ…最低限のお仕事はしてるからさっ?許してっ!」
どうやら、豊穣の灯りのメンバーは僕を除いた全員がワーデルス家の要職に就いてるようでして……このような空気感になることがそれなりにあるんです。
そんなときは、何も見てない聞こえない……人形のように大人しくするのが一番だと学びました。
その結果、そういう話をするときはアリーさんが僕を膝の上に乗せて頭を撫でるようになってしまったんですけど………撫でる手を止めて二回ポンポンとすると、お話の終わりの合図だったりします。
「許すも何も、自由にしていいと許可を出したのはお父様だもの。私が言えるのは小言がせいぜいだわ。
―――さて、それじゃあ来年の豊穣の灯りの活動についてだけれど………まぁ、あまり今年と変わらないわ。もしかすると、あのギルが加入するかもしれないけれど……彼はまだ一人で動きたいそうだし、どうなるかしらね?」
「えーっ?あいつがボクたちのパーティーに入るのー?……リオはボクが守らなきゃ!」
「えぇっとー…ギルさんは皆さんのお知り合い、なんですよね…?」
「ええ……まぁ、そうね。知り合い……で居れたら良かったのだけれど…」
「いい、リオ?、あんな奴は雑に扱っていいからねっ!さん付けも要らない!あの野郎とかこいつ呼びで十分だよっ」
「あはは……うん。僕もあの人はちょっと苦手です……先輩のことを見る目が少し……」
「ほんと、えっらそうだよねー!……おっさんよりも魔力量は圧倒的に下なのにさっ」
「はいはい、そこまでにしておきなさい。彼も悪い人って訳じゃないんだから………話を戻すけれど、豊穣の灯りの活動方針はだいたいこんなところ。年が明けて二日後には私達もクランハウスに戻ってこれるでしょうし……活動の再開はその翌々日かしらね」
「はいっ。それじゃあ僕はその間、先輩のところにお邪魔してます」
「事前に聞いていた通りね。分かったわ。
…それで、ちょっと前に言っていたことなのだけれど……レオンにこれを渡してくれるかしら」
「わぁっ!なにこれっ、剣帯と何かの鞘っぽいけど……」
「もしかして、先輩の鉈用に……ですか?」
「ええ。いつも彼は抜き身で手に持つか、腰に適当に挿しているでしょう?雑に取り扱っているのが気になってたのもあるけれど……彼は実用的な贈り物の方が喜びそうだと思ったのよ」
「そうですね!きっと、先輩は大喜びしますよっ。あの鉈に合う鞘が売ってない、って嘆いてたことが一時期ありましたし……」
「そう……良かったわ」
「たしか、自然の気まぐれで生まれたモノだもんねー……そりゃ受注生産してもらわないと、だよねっ」
先輩にはアイテムボックスがあるので持ち運びはあまり気にしてないかもしれませんが……あの鉈だけは常に持ち歩いていますし、この贈り物はかなり嬉しい物になるんじゃないかなって思います。
それに、色も黒で先輩に似合いそうですし…!
「見た目は黒に染めた革だけれど、素材はレイラの盾とほぼ同じものを用いてるわ。
実はあのときに大盾と並行して作ってもらってたのよね……海竜の素材はレオンが貰うべき……だったかしら?レイラ」
「ふ、ふーん?ボクにも内緒でそんなことしてたんだ……ま、まぁ…でも実際その通りだよねっ……これはありがと、かなっ!」
「ふふっ。貴女の罪悪感を取り除くために頼んだわけじゃないのだけれど、ね?」
「……先輩、鉈の切れ味が良すぎるからすぐ鞘がダメになることにも悩んでたので……凄くいい贈り物だと思います!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。まぁ、本人からの感想は年明けの楽しみ、といったところね……それじゃあ、リオ。頼んだわよ?」
「はいっ!絶対、先輩に届けますっ!」
「あっ、それじゃあボクからはこの香水をお願いしよっかな。おっさんの贈り物もあって、香りの交換みたいになっちゃったけど……いいよねっ?」
「う、うーん……先輩が香水をつけてるのは見たことないですけど…ちゃんと渡しておきますね」
「そ、そうなんだ……あちゃー、これは失敗だったかも…?」
「彼は贈り物を無下にするような人じゃないから大丈夫よ、きっと…」
…アリーさんって、先輩とあんまり会う機会がないのにしっかり見てるし解ってますよね……ちょっと悔しいような気がします………僕も負けてられませんっ。
「――ただいま戻りました、御嬢様。手配はすべて完了しましたので、いつでも出発できます」
「おー!エマっち、おかえりーっ」
「あ、エマさんおかえりなさい!」
「ん、ありがとうね…エマ―――さて、お願いした立場上、あまり遅くなってもいけないし……もう行きましょうか。
あ、そうだわ……リオに一応、このクランハウスの鍵も預けておくわね。私たちの部屋以外なら、レオンをこっちに連れてきても構わないわ。好きに使いなさい」
「えっ?!あっ、はい!無くさないように、気を付けます!」
「ふふっ……それじゃ、また年明けに会いましょう」
「またねーっ!あ、ちゃんと秘蔵っ子の感想忘れないでねっ?おっさんの分もよろしくーっ!」
「来年もよろしくお願いします、リオ様」
「はいっ!今年はいっぱいお世話になりました!僕をパーティーに入れてくれて、本当にありがとうございます!また、来年もよろしくお願いしますっ!」
挨拶を済ませた皆さんはクランハウスを出て馬車に乗り、馬の足音と共に段々と遠ざかっていく。
僕はそれを、夜闇に紛れて見えなくなっても音が聞こえなくなるまでずっと……手を振って見送り続けた。




