見知らぬ入居者
アレックスの宣言通り、日が暮れる頃にはワーデルスの街中に入ることができた。
これで救援は完了したんで解散かと思ったが、陽気な貴族子息の願いによって貴族街の門前までついていくことに…。
とはいえ、何事もなく到着し無事依頼達成となった。報酬はギルドで受け取れるのだが、チップ的な感じで一人あたり金貨三枚がその場でもらえたんで、ラッキーだ。
こういうことはたまにあるんだよなぁ。ただ単に気前がよかったり、仕事がめっちゃよかったり……まぁ、今回のは諸々の口止め料って感じだと思うがな。
だって、あいつが喋ってる内容が明らかにそれ言っちゃ駄目だろ的な事ばっかなんだわ。
やれ、親同士の秘密の約束についての確認を代表してやって来ただとか……やれ、王都では連絡がすれ違ってここに来ることになっただとか……ワインは好きなのに新鮮な魚とか肉をあまり食べる機会がなかったからワーデルスでの食事が楽しみ、とかの至極どうでもいいことも言ってたんだけどな。
それでも、時折ポロッと貴族関連の話が出るんで、客車運び担当のアレックス達は胃とか頭が痛くなってただろうよ。
おかげさまで解散した後、もらったチップで飲み尽くそうっていう誘いに危うく引きずり込まれるところだったわ。無理無理……こいつらの飲み方はエールの一気飲みとかだからな?アレックス一人なら、まだ俺の飲み方に合わせてくれたかもしんねぇが……ランスとアンドルがいるなら勘弁願いたいね。
あいつらがこの辺のいつもより値段が高めな飲み屋に入ったのを見届けてから、俺は貴族街へ。
せっかくここまで来たし、もう日も暮れちまったからなぁ……こっから反対側の宿に行くよりも家の方が近いのよ。ってなわけで、昨日に引き続き家で寛ぐことにした。
「いやぁ……つくづく宿に戻るタイミングを逃してるなぁ……どうしたもんかね」
いっそのこと、明日は依頼を受ける前に宿に寄ってみるか?でも、なにも用件がないのに赴くだけってのはちょっと―――
「――ってやべっ!多めに払ったとはいえ、さすがに今日までの宿代分があったかは怪しいぞ……誰もあの宿を借りる人はいないだろうし、部屋は残ってるとは思うが……中の荷物どうなってるかなぁ」
まぁ、別に捨てられててもいいんだがよ……残ってるのはインベントリに入らなかった、優先順位の低いアイテムとか装備類だしな……まぁ、本が捨てられてたら地味にショックではある。
「そうと決まれば、明日はまず宿に…だなっ」
ということで、やって来たるわ年季の入った木造の一戸建て。俺がいつもお世話になってる宿がこちらだ。
「うーっす。お邪魔しまーす」
「ふがっ……おぉっ……久しぶりやのう……」
「依頼でちょっと遠出しててな。ほれ、お土産も持ってきてんだわ。魔大陸の魔物の毛皮で作った膝掛けだとよ。これで暖かくしてくれや」
「おぉ……あんがとなぁ……一昨日で、代金切れたけんど……部屋はそのままにしとる……また、泊まってくかの?」
「おう、勿論だぜ!いやぁ、部屋残しといてくれて助かったわ――いつも、ありがとうございます…」
「なんやい……急に畏まってからに………あぁ、そうそう。お前さんの隣の部屋……昨日付けで新しい子が入ったぞい……仲良くなぁ…」
「おっ?…りょーかいっ……んじゃ、今日からまた世話になるぜー」
「ふぉっふぉっふ………ぐぅ…すぴー……ぐぅ…すぴー――」
出た……じいさんの話終わりのタイミングで必ず寝始める特技……省エネでも極めてるんすかね…。
それにしても、新しい人がこの宿に…ねぇ?
今までに、俺以外の客が居なかったかと言われれば、そうではないんだが……この宿に泊まる人ってのは、相当生活に困窮している冒険者くらいなのよ。
俺だって、泊めてもらえる宿がなくて困ってたところをギルドから紹介されて、ようやくたどり着いた場所なんだわ。初見で、この古い一戸建てが宿だって気づける奴はそうそういないと思うぜ。看板とかもないしな。
なもんで、新しい子ってのは俺みたいな訳アリか、単純に頼れる人もいないお金に困った新人冒険者か…と推測できる。
じいさんに仲良くと言われた手前、部屋にいるなら挨拶でもしとこうかと思ったんだが……どうやら人の気配はないようで。こりゃ、挨拶はまたの機会かね。
「新しく人が入居していたのは驚きだったが……どんな人かは会ってみないことには、な。まぁ、じいさんが泊めたってことは少なくとも性格に難がある人物じゃねぇだろ。
――少々時間を喰っちまったが……今から依頼、受けるとしますかっ」
ほんとは森に入りたいが、昨日の今日もあって木にのっかった雪がある程度落ちてこないと危ないんだよな。一週間の様子見とは言ったが、自然に落ちて地面の雪がある程度固まる頃合い……今日みたいな快晴が続くなら、早くても二日後ってところかね。
それまでは、雪かきとか屋根の雪下ろしの依頼…だな!




