骸使いの竜
――ドカアァァンッ!――ドカァン!
『うおぉぉっ!触手だっ!触手を狙えぇっ!』
『殻が堅すぎてスキルが通んねぇっ!何の魔物の死骸だよこれぇ!?』
『気ぃつけろぉっ!アースワームの死骸を盗られた!地面と土魔法に注意しろぉっ!』
『今年のカイリュウはバカ強えぇぞっ!息吹を吐かせるなぁっ!』
「……いやぁ……あいつら本当に同じ"人"か?もはや怪物VS怪物じゃねぇか…」
「だねぇ……さっきからドカンドカン鳴ってるもんねー……金級の人達ならともかく、漁師はなんで戦えてるんだろうって思うよ…」
「ほんと、それな…」
カイリュウの出現を察知した俺らは、すぐさまアリーらと合流して奥様部隊の近くまで退いた。
さすがのアリーも初めての狩猟祭ということだけあって、魔法に使う魔力ペースを間違えていたらしく……その結果、リオとアリーは魔力切れ一歩手前でダウンしていた。
ルーナはある程度の余力を残してはいたものの、疲労の影が見えている。エマも、対人はまだしも対魔物は厳しいとのことで、満場一致で戦線を離れる運びになったんだよな。
「ふぅ……貴女たちはこっちでのんびりしてていいのかしら?見た感じ、まだまだ元気そうだけれど……」
「まぁ、ボクたちはスキルとかあまり使わないで戦ってたからねー……魔力はかなり残ってるし、体力も余裕はあるけど…さ?」
「まぁなー……でも、あんなデカブツ相手にどう立ち回れってんだよ……カイリュウの攻撃と人間やめてる奴らの巻添えをもろに食らう未来しか見えんぞ…」
それにしても、海竜なんて名づけられたからには、さぞかっこいい見た目なんだろうと期待してたのになぁ……大きさは良かったんだ、大きさだけなら。それこそ、東京ドームくらいはあるのよ……でも見た目がなぁ。
体全体の七割程を占める頭部に、残り三割は蛇のような尾。さらに、頭の部分には顎に該当する場所に無数の触手が生えてるんだわ。一言でいうなら、尻尾のある巨大なタコだが……体表が青黒いよく分からん粘液でベットベトなんだわ。これを糊がわりに、魔物の甲殻や皮とかを身に纏ってるのかね?
どちらにせよ、マジで、気持ち悪い……SAN値が削れそうだ。
あぁっ!どっかで見たことあると思ったら、あれだ!頭部がクトゥルフそっくりなんだわ!色も粘液のせいなのか、黒?青?そんな感じだしよ…。
「というか、起きてきて大丈夫なのか?」
「まあね……私は魔力の回復がちょっとだけ早いのよ?」
「へぇー、魔法使いとしては便利な体質だな」
「反応が軽いわね……もう日が沈みかけてるけど、倒しきれるのかしらね?」
「んー、どうなんだろうねー……去年は倒せたらしいけど、一昨年は撃退で終わってたみたいだし。去年倒した個体は一昨年のと同個体だったって話だから、もしかすると、厳しいかも?」
「しかも、あの大きさからするにかなり長生きしてる個体だろ?さすがに今年で倒しきるのはキツいんじゃねぇか」
「そうね~……肌がピリピリするほど強大な魔力量だもの~」
「へぇ?……そんなら、下手したら来年も奴さん逃げていきそうだな」
「かもねー。あ!あの動き方、海に帰ろうとしてない?」
「……たしかに、じりじりと後ろに下がってる……のか?デカすぎて、あんま分かんねぇや」
でも、ここにきて一気にスキルの行使や派手な魔法の使用が増えてるんで、ラストスパートなのは間違いなさそうだな。
そういや、領主様もあの中で戦ってるんだっけか?よくやるよな……あぁ、今の風魔法がそうか。それでも、外殻が削れるだけなのかよ……カイリュウ、堅すぎね?
「あいつ……本当に倒せるのかね…」
「さぁ……カイリュウの装備を剥がしてからじゃないと有効打にならないっぽいけど……全然削れてないよねー」
「いったい何の魔物の骸を纏っているのかしら?魔法耐性も斬撃系のスキルも通ってないのよね?」
「そうよ~……ほとんど、無傷みたい~」
あれだけドッカンバトルを繰り広げて無傷なのか……来年以降も同じ個体が来たら、さぞ苦労するだろうなぁ。
お!いきなり地面から4体、でっかいワームが出てきたぞ…。
「あっ……前線が崩れた…か?」
「えっ?それは本当?」
「おーっ、おっさんってば目が良いよねっ。たぶん、触手で操ってるアースワームかな?3体はほぼ白骨化してるみたいだし、元から持ってたのを使ってるのかもね」
「そうね~……突然の地面からの急襲で死人はでてないみたいだけどー……前線が下がって、間違いなく連携は途切れちゃったわね~」
「今の隙をついて逃げるつもりなのかしら?」
「かもな………と思ったんだが、なぁんか嫌な感じがするんだよな。奴さん、微動だにしてないぜ?」
「んー?……触手の付け根あたりに魔力が収束してるような……?」
魔力が触手の付け根に集まってる、だぁ?……墨を吐く場所って鼻っぽいところだよな?カイリュウもそういう器官があるし、ブレスを吐くにしてもそこから……待て、口は足の付け根にあるんだったか?
――しまったな……海へ逃げるために体の向きを変えたのか、いつの間にか俺たちの位置関係がアイツの真正面になっちまってる…。
「アリー、すぐにここを離れるぞっ!たぶん、ブレスがくるっ」
「やっぱりそうおもうよねっ!?ど、どうしようっ!あの個体の魔力量的にここまで余裕で届きそうだよっ!」
「ということは……後ろの奥様方にも伝えてこないとマズいわね……」
「そんな猶予は与えてくれないかも~―――来るわ。レイラっ!」
「ほいさっ!」
「「"氷壁"っ!」」
分厚い氷の壁が縦向きに展開されるその一瞬。黒くも藍色に輝くブレスが、カイリュウの口から放たれるのを見た。
視認したと自覚した時にはドオォンッ!という爆発音が辺りに響いており、反響音が消える間もなくガリガリガリガリッ!というドリルでコンクリートを削るような音が聞こえていた。
「はぁっ、はぁっ……ふぅ…ボクたち姉妹にかかれば、並の竜種の息吹くらい耐えきれる…んだけどなぁ……ちょっと、このカイリュウは無理かも?」
「私ももう限界よ~……魔力が無くなっちゃったわ~」
「えぇっ!もしかしなくても、命の危機じゃねぇかっ」
「あははー……保って、あと数秒かも?」
「うぉいっ!?だいぶヤバイじゃねぇかっ」
「そうね……このままだと、殺られちゃうかしらね…」
「…お姉ちゃん……後が面倒だけど、本気だしちゃう?」
「そうね~……この姿だと今の魔法出力が限界だもの…久しぶりに、張り切っちゃうわ~!」
なんだ、なんだっ?やけに余裕があると思ってはいたが……この姉妹も何か切り札的な技があんのか?レイラはともかくとして、ルーナは金級冒険者でもあるもんな。人外的なパワーがあってもおかしくはないか。
いやまぁ、今出てる氷魔法の壁もそこそこ常識の埒外にある力なんだろうけどよ…。
「けれど……それをしたら国交問題がまた…しばらく冒険者活動はできなくなるわね…」
「御嬢様のお命優先です!……後ろには民もいますし、お仲間を守るにはそれしかありません。ここは、ルーナ様とレイラ様のお力に頼りましょう」
「……ええ、そうね」
今度はなんだっ?!えっ、何っ?国交の問題が発生すんのか?!この姉妹が本気だすだけでかっ?
もしかして、本気だした姿を観測されるとまずい的なやつなのか?それだと、がっつり俺も当事者じゃん!いや、そうでなくても今は豊穣の灯り関係者だったわ……。
え、ちょっと…その、国の面倒ごとに巻き込まないでくれないっすかねぇっ、アリーさんっ?!少なくとも、貴族やその他大勢から認知される機会が訪れるってことだよねっ?!
イヤあぁぁぁっ!それだけは勘弁してくれぇ―――うし、スッキリしたぜ。
さて、この状況を打破するには……まっ、仕方ないか!国よりも個人の方が封じやすいしな…。
「音が近くなってきた!そろそろ貫通してくるかもっ……やるよっお姉――」
「レイラっ!大盾借りるぜぇっ!」
「えっ?あっ!ちょっとーっ!」
「危険よっ!そこを退きなさい!ここは私たちにっ」
「はっ、こんなもん俺一人でもどうにかならぁっ!アリーっ、口止めよろしくぅ!」
「えぇ!分かったわ!どんな手を使ってでも止めるから、本気でやっちゃいなさいっ!」
えぇ、どんな手でもって……そうしてもらえると助かるけどよ。
ってか、さっきとは一転してめっちゃ嬉しそうにしてんな、アリーさんや。まぁ、国交問題の憂いが消えるとなれば、そりゃ喜びたくもなるか。
とりあえず、ブレスが来るまでにやれることをやりますか……一通りの強化コマンドを使う日なんて、それこそアリーを助けた時以来だぞ?俺自身、この状態でうまく動けるか自信ないわ……使わなさすぎてな。
「さんっ!…にぃ!いちっ……おっさん!」
「あいよぉっ!」
―――ドゴオォォオンッ!
ぐっ……おっも……!ブレスって、ただのビーム攻撃じゃないんだなぁっ!あいつの粘液も混じってるかっ?こりゃぁっ…ヤベぇや…。
「ふっ、んぬぬっ……まっずいっ!盾が!……嘘だろ、これでも…耐久力上昇はっ、エンチャしたんだけどなぁっ!」
厄介なことに、受け止めたブレスに混ざった粘液が足元に落ちて液溜まりを作ってんだわ。このままいくと、ベトベトしすぎて踏ん張りが効かなくなりそうだ。
でも、余裕を見せないとあの姉妹が本気だして国交問題まっしぐらなんだろ?
受け止め続けるにしても、いつ終わるのかわかんねぇし……弾く、もしくは逸らすしかねぇか。どこに?――上、だな。
「う、うお、お、お、ぉっ!どっ――せぇぇいっ!」
地面に挿して固定していた大盾を力ずくで徐々に上へと持ち上げ、十分な高さになった所でブレスの圧力に逆らいながら、なんとか盾の角度を変えることに成功する。
直角に空へ逸らすことはできなかったものの、港街の住居の屋根よりかは高い位置に受け流せてると思いたい。
―――Gugyaaaa!
空へ受け流し始めてから暫く、どこか遠くから金属を擦れさせたような音が聞こえる。ブレスを至近距離で受けすぎて、一時的に耳がイカれちまったか?
受け止めてた時よりかははるかに盾が保つようになったが、こんな音がするってことはさすがにそろそろ限界なんだろう。
口封じはアリーに全力で頑張ってもらうとして……最悪は生身で耐えるしかないか。でも、明らかそっちはどう言い訳しても普通じゃないんだよなぁ……いくら人間やめてる奴がいるとはいえ、世の中何事にも限度ってものはある。
「そろそろ…終わってくんねぇかなぁっ!」
そんな願いが届いたのか、ブレスの勢いが徐々に弱まっていく。段々と、ビームの範囲も人間大から腕の太さ程になり、遂には俺のいるところまで届かなくなった。
「ふぅ……やったか…?なんとかなっ――ぶべらっ!」
ブレスが見えなくなったんでホッと一息ついた瞬間、とんでもなく高速のナニかが飛来して、大盾を貫通し俺を吹き飛ばした。
「―――ぐへぇっ……あ痛たたぁ。なんだこれ…歯、か?鉤爪とか嘴っぽい形だが……」
カイリュウとやらの最後っ屁的なやつなのかね……最初からこれやられてたら、ちと危なかったな…。
「―――だ、大丈夫っ?!怪我はないっ?」
「お、おう……特に問題はないぜ。レイラの大盾はダメになっちったが……それよりもアリー、状況はどうなってる?」
「良かった……どうやら、カイリュウは海へ退きながら息吹を放ってたみたいね。その間も狩猟祭の参加者はカイリュウへ攻撃を続けてたそうだけど、結局外殻を削れなかったらしいわ」
「そうかい、そうかい。んで、口止めはちゃんとしてくれたのか?」
「もちろんよ!特にレイラには念入りにしておいたわ」
「おいおい……それを俺に言っていいのかよ?」
「……街の住民たちからも、視界が開けた時には貴方が居なかったこと。大盾の残骸があっちに残ってたこと。その持ち主がレイラという見た目が少女で、人々の記憶に残りやすかったこと。これらのことから、息吹を受けきったのがレイラだと思われているわ」
「なるほどな。なら、俺は一足先に宿へ戻ってようかね……このまま静かに去る方が面倒がなさそうだ。それに、さすがに疲れたぜ…」
「…分かったわ。おそらく、この後は宴会になるでしょうけど……どうせ、明日も魔物の素材でお祭り騒ぎになるわ。滞在期間を二日ほど延ばせば充分楽しめるはずよ」
「あいよ……気遣いありがとさん。んじゃあ、俺は先に帰ってるぜ。主役のパーティーリーダーがいないのも不自然だからな」
「ええ。それじゃあ、私も皆のところに戻るわね……口止めはしっかりしてあるから……今日は面倒事に巻き込んじゃってごめんなさい。貴方にまた、助けられてしまったわね……」
「しっしっ。んなもん、気にしなくていいから、さっさと行けっての。ここで拘束しすぎると逆に変だろうが。ほら、エマがこっちに来てるぞ」
「……ありがとう」
……今回は助ける目的で動いた訳じゃなかったからな。あくまでも、俺の損得勘定の結果ああしただけなのよ。ごめんなさいは受け取っても、ありがとうまではいらんわ……真っ先に動こうとしたあの姉妹こそ感謝されるべきだろうしな。
さて、面倒なんでテレポートのコマンドで宿に戻りますか!街中は狩猟祭ってこともあってか、通りに人の気配が全くと言っていいほど無いしな。
こっちを覗く視線も感じられないし……さすがに、ピーク時は他を気にするほどの余裕はなかったんだろうな。いくら領主様といっても、よ。
【海竜ネクロア】
分類:竜(大型~超大型)
危険度:★☆☆☆☆
[主な特徴]
山の如き胴体から生える無数の触手と、川のように長い尾を用いて海底を這う竜種。体表には藍色の体液が常に分泌されており、粘着性が高く一定の条件下で硬質化する。この作用を用いて魔物の死骸を鎧のように身に纏う。
なお、本体の色は茶色だが、藍色の体液によって青く見えている。藍色の体液には死体を綺麗に白骨化し保存する作用があり、海水でも腐敗や風化することはない。
しかし、海竜ネクロアの死骸からは体液を採取することができない。この事から、藍色の体液が海竜ネクロアの魔法によって造り出されたものであると考えられている。
さらには、魔力と反応しキラキラと輝く性質を持つ。何故かは不明である。
また、無数の触手を死骸の体内に差し込み、まるで生きているかのようにして操る。
このとき、魔物の死骸は生前と同様の魔法を放つ。骨と化し、魔石の無くなった魔物の骸でも生前の魔法を扱うために、この原理も未だ解明されていない。
なお、触手一本につき一体の死骸までと制限はあるが、永く生きた個体ほど触手の数は多い。100体以上もの死骸を同時に操っていた個体の存在について、報告有り。




