父の所業
「今年もありがとうございます。私、レオン様の作るジャムが好きでして」
「そこまでか?調理法は知ってるんだし、フィオナでも作れるだろ……これに味の違いはあんまりでないと思うぞ?」
アッポーに砂糖を入れて煮詰めるだけだしな。難しい作業なんて一切ない。強いて言うなら、孤児院の資金繰りで砂糖を大量に買うのが一番難しい点だろうか。
まぁ、その辺は俺が置いていってるんだが……キッチンを貸してくれたお礼ってことで。火を維持するための薪もタダじゃあない。
「ふふっ、そうなんですけどね……でも、やっぱりここの子達もレオン様の作られるアッポーのジャムが思い出深いものになってると思います。
なにせ、ここに来て初めて口にした甘い物…になる子供達が多いですから」
「なるほどねぇ……そんじゃまっ、いっちょ気合い入れて作りますかね!」
そこまでして期待してくれてるってんなら、ちゃんと応えられるように美味しく仕上げないとな……ジャムが不味く出来上がるなんてことはそうそう無いんだけどよ…。
「―――うし!出来たな。冷めない内に入れねぇと……あちちっ」
「ふふっ、ポーション容器に収まったジャムはまさにレオン様特製って感じがします」
「ったりまえよ!密閉性が高くて、高温で加熱しても問題ないガラス容器なんてこれしかないんだからな?ポーション瓶以外に入れるのは嫌だね」
魔法薬とは魔法になる前の魔力が液体に溶け込んだものを言う。だが、魔力は世界に還元しやすい性質を持つために、密閉しないとポーションが只の液体と化す。そうならないように、考案し造られたのがこのガラス瓶ってわけだな。形はまんま平底フラスコだ。
とはいえ、魔法薬そのものの数が少ない上に高いんで、必然とこのガラス瓶もそれなりの値段になる。なんで、たかだかジャムを保存する容器としてこれを使うのは些か常識外れではあるか。
「たしか、不衛生…なんですよね?」
「まぁな。特に子供は免疫力とか抵抗力ってのが大人よりも弱いんでね……アイツらが口にするものからは、なるべく危険を排しておきたいんだわ――っていう、俺のエゴ……あー、ワガママみたいなもんよ」
「我が儘ではないですよ。優しくて、素敵な考えだと思います」
「……そうかい。ちょいと照れるね」
三、五、七。それと、十。
いくら魔法のある世界でも、現代医療ほどの発展はまだない。だからこそ、子供の熱や原因不明による死亡例が多い。
そんなとき、残された人は何を思うのか。どこに救いを求めるのか………教会だわな。それぞれの節目を迎えることなく死んでいく子供達には、神の身許へ招かれたとして祝福を。神に愛された子を産んだ遺族にはめでたい事として――それはなんか、違うだろ。
「子に過ぎたる宝なし。成長が一番喜ばしいことで、死をめでたくしちゃいけない……って無神論者は語るわけよ」
「……そうですね。ふふっ、なんだかお父さんみたいです」
「よせやい。俺は独身でいたいんだわ…」
「でも、ここの小さな子達からもお父さんって呼ばれていますよ?」
「はぁ……その呼び方はやめてくれって、これでも言ってるんだがなぁ……アイツらのお母さんはここにいるだろ?それで満足してくれないかね」
「私だとまだ若すぎるんですよ、きっと。姉のような存在なのでしょう………あっ、決してレオン様が若くないって事ではなくっ、充分お若いんですけど、雰囲気が、ですね?」
「………ハハッ……ジャムが冷えるまでアイツらと遊んでくるとしますか……」
「え、えっと…あの、そのぅ……」
「フリだよフリ。べつに傷ついちゃいないし、お父さんみたいって言われるのは嫌じゃねぇよ。それだけ慕われてるってことだしな。ただまぁ……恥ずかしいから、面と向かっては呼ばないでくれってだけだ。
―――んじゃ、冷めるまで見張っといてくれよー?何人かこっち来るだろうし、迂闊に触れて火傷したら一大事だからな」
「あ、は、はい。任せてください。盗み食いもしっかり咎めますので、あの子達をしばらくお願いします」
「おうよ!……頑張らねば」
しっかし、お父さんねぇ………うちの両親、元気にしてっかな。こんなに沢山の子供たちの父親になったって言ったら、さぞ驚くだろうな。
―――家族、か。




