梅雨の内職
この世界にもなぜか四季があるし、梅雨も訪れる。
そろそろ春に終わりがやって来たのかねぇ。先々日辺りから雲が空を覆い始めたかと思うと、今日目を覚ましたときには静かな雨が窓を濡らしていた。
冒険者泣かせな時期が今年も遂にやって来たよ。はぁ、こういった雨の降り方が一番センチメンタルな気分になるんだよなぁ。
ま、気持ちの問題はどうでもいいんで置いとくとして、だ。実際に雨の降る時期が、冒険者にとって厳しいものだってのにはいくつか理由がある。
一つが、装備のメンテナンスが大変になるって点だ。
俺のような採集に重きをおいて、私服のような格好に布製のローブを羽織る程度のやつならそこまで問題はないんだが……鉄製の武器だけでも雨に晒せば酸化して錆びやすくなる。これが魔物を討伐することに重きを置く奴らなら、武器だけじゃなくて金属を使用した防具の話にもなってくるしな。
加えて、革製品も雨はマズい。この世界は魔物や獣の皮を利用した防具が一般的だ。貴族の私兵とか衛兵までもが、革で造られた防具を装備している。
さすがに胸当てや膝当てのような急所になる部分は金属が用いられてるがな。とはいえ、どちらも雨には弱い。
ちなみに西洋甲冑みたいな全身金属鎧なんてこの世界でもまだ儀礼用でしか見たことがない。それ程までに革防具が万能ということだ。……魔道具の防具や魔法の鎧なんかは例外なんで、一旦割愛するぞ。
と、こういった理由から、装備品の劣化を避けるために雨の日はあまり活動しない方針の冒険者が多い。
二つ目の理由が、足元と視界の悪さだな。
これについてはこの街近辺に限った話かもしれないが……護衛依頼でなければ山へとつながる近くの森が、俺たち冒険者にとって主な仕事場となる。
雨が降る時間が半日とか１日程度なら問題ない。だが、梅雨入りのように何日間と降られると、地面がぬかるむ。歩きにくいだけじゃなくて、踏み均された獣道がぐちゃぐちゃになることで、道に慣れてるやつほど迷いやすくなるってのも嫌な点だな。
それに、視界の悪さってのも雨で見えにくいっていう単純な話じゃあない。森、だからな……ただでさえ日光が木の葉に遮られて、日中でも暗いところがあるというのに。日がな太陽が隠されてみろ。星明かりのある夜なみに暗いぞ。
更に、雨で魔物の足跡だけじゃなく匂いが。雨音で気配がかき消されるんだ。梅雨の時期や雨が続く日ってのは、森に入る危険度がかなり上昇している。
最後の理由としては、魔物の生息分布の変化だ。これはこの世界に限った話だな。
なんかでっかいカエル擬きや巨大化したカタツムリの殻がスゴイ勢いで転がってたりする。
他にも雨の日だけ陸を泳ぎ始める魚類型の魔物。蔓をしならせて獲物を捕食する、積極的食獣植物型の魔物などが活発化している。
うん、聞いてるだけで恐ろしいだろ？これには俺も好んで入ろうと思えないぜ。
ま、こんな理由から冒険者が雨の日に活動するってことはあまりないんだ。梅雨のように長続きする時期は特にな。だからこそ、春の間に依頼をガッツリ受けてお金を貯めるやつが多い。
そんな冒険者達は今……溜め込んだお金を少しずつ使いながら酒場で飲んでるか、もしくは内職をしている。
他には、この時期の依頼成功報酬には少し色をつけてもらえるんで、それ目当てに雨の中頑張ってるやつらもいるな。そういうやつらは大抵が石級・鉄級なんだけどよ。
んで、肝心の俺はというと、内職をする派になる。今も、スクショして保存していたものを模写しながら図鑑を制作中だ。いつの間にか毎年恒例になっていた、梅雨時のお仕事でもある。
模写といってもあれだぜ？精巧に色も綺麗にというよりも、理科の観察対象を写すみたいな感じだ。線をハッキリとして特徴をとらえた絵を描く。芸術性や面白味のない、ただの白黒の図絵だ。
もちろんのこと、俺一人による手書き物なんで原本しかない訳だが……ギルドに貸し出すことで、謄写を頼むことができる。
この際、内容如何によっては謄写した本をそのまま何冊かギルド側が買い取ってくれる。その買取価格から複製代行願いの料金を引いた分が、俺の懐に入るって訳だな。
ただ、なんの了解や対価なしに知識の集大成のような本を売るのは、俺に教授してくれた人たちに失礼が過ぎる。
なので、更新時点での図鑑の最後に引用欄もとい、知識を与えてくれた人の店の場所と名前を記載している。もちろん、事前に許可取りしてOKをもらえた所だけだ。
まぁ、ほとんどの方々が宣伝代わりになるだろうから是非使ってくれ――って、結構ノリ気だったんだが…。
「しっかし……座りっぱなしの作業ってのも結構疲れるな……ふぅ、ここらで一旦休憩するか」
飲まず食わずで座りっぱなのは危険だと聞いたことがある。たしかエコノミークラス症候群がどうとか、なんとか。
まー、どうせ雨はまだ止まないだろうし……ゆっくり仕上げていきますか。
