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二章【虚弱】

 はぁ、と大きなため息をつきながら渡辺保は深夜の住宅街を歩く。昼のジリジリとした蒸し暑さは束の間鳴りを潜め、生暖かい風が足元を通り抜けていく。保は夏が大の苦手だ。熱中症、脱水症状、熱疲労、もう全てを網羅したといっても過言ではないほど病院のお世話になってきた。

 いや、病院だけじゃない。クラスメイトや担任の教師、死んだ父母の代わりに引き取って育ててくれている叔父夫婦に従兄にも多大な迷惑をかけた、いや、かけている。スポーツドリンクをのんだり塩分と水分を多くとったりしているが紫外線は躊躇なく保の身体を刺激する。頭痛とめまいも、点滴を打たれるのも、慣れたものだ。

 心配してくれるのは嬉しいし、ありがたいが、それ以上に自分の身体の情けなさにやりきれなくなって、深夜に家を出てきてしまった。幸い今日は金曜日で、明日は多少寝過ごしても支障ない。

 男だし、"そういう"心配も少ないのでただダラダラと夜の中を歩いた。すると前から見覚えのある顔が歩いてきた。

「あれ、渡辺じゃん?どうしたのこんな時間に。」

「いや、それこっちのセリフだから。」

絢璃はただ家の近くで猫が喧嘩していたのが煩くて起きて追い払っていただけだと言った。


 「渡辺は?なんかあった?」

教室で喋ったことなど一二回あるかないかといったところだが、学校でも有名なミステリアス美少女と会話できるし、絢璃は明るい性格だけど自分の生い立ちを語らない口の硬さには定評があったので、保は悩みを打ち明けた。


 母親が保を産むときに亡くなったこと、数年前父親が末期癌で亡くなったこと、その後、叔父夫婦に引き取られたが自分が虚弱体質なせいで迷惑をかけてしまっていること。こんな自分を変えたいと思っていること。


 「お袋の顔も声も知らないけどさ、本当に申し訳ないんだよ。せっかく死んでまで俺を産んでくれたのに、俺がこんな体質で周りに迷惑かけて。親父にも心配かけたまま逝っちまった。叔父貴達も従兄がいるのに俺も引き取って育ててくれてる。」

「俺を産んだこと、育てていること自体ハズレくじ引いたようなもんだよ。ほんと。」


 保は殆ど接点のない絢璃に胸中を話し出すと止まらなかった。程よい距離感と、絢璃が聞き上手であったこともあってか、目に薄らと水の膜ができていた。


 「私も伊織にハズレくじ引かせちゃったのかな。」

不意に絢璃が呟いた。

「私もね、お父さんとお母さんいないんだ。お母さんはいわゆる"未婚の母"ってやつで、お父さんは知らないの。伊織も言ってくれない。あ、伊織ってお母さんの弟ね。十個上なの。」

「お母さんも七年前に死んじゃった。そっからはずっと伊織にお世話してもらってる。伊織十九歳で私の事引き取って育ててくれて、でも大学は行けって、お金は出すって言ってくれるの。」

「渡辺、無償の愛ってそういう事なんだよ。愛されて育った人間は、人を愛する事で強くなれるの。伊織も渡辺の叔父さんたちもきっとそう。だから頼ってもいいんだよ。」


 夜通し喋っていたようで、気づけばうっすら明るくなってきている。

「そろそろ伊織ちゃん起きると思うから、うちに来なよ。その体質、どうにかなるかも。」

ニンマリと笑う絢璃に連れられて保は叔母さんに外にいるとメールを入れてから看板の出ていない琴璃屋に入った。


 保は眠そうな目で二階から降りてきた伊織に挨拶をして、体質入れ替えの概要を聞いた。入れる体質はどうしようかと棚の中の小さな『体質』の入った石を眺めていると、薄紫の石が目に止まった。保は、サッカー推薦で高校に入った従兄のユニフォームの色を思い出し、心臓の辺りに冷たいものを感じ、伊織に問うた。


 「あの……誰にも迷惑かけずに死ねるような体質はありますか?」

「ないね。」

伊織はバッサリと切り捨てた。

「死ぬ時は必ず誰かしらに迷惑をかけるものだよ。」

「じゃあ、他の体質を抜いて、【虚弱】体質を二つ持つ事はできますか?」

「無理だね。拒絶反応が起きて死ぬよ。」

「死ぬ体質はあるですか!」

「君は俺を殺人犯にするつもりなのかい?」

「あ……。」

保は何もいえなくなった。そもそも絢璃のことを信用していないわけではないが、本当に体質を入れ替えることなどできるのだろうか。


「そうだなぁ、『早死』体質はあるよ。」

少し間を置いて伊織は告げた。

「虚弱体質や不幸体質はある程度努力で緩和できるんだ。身体を鍛えたり、人徳を涵養したりね。努力をすれば消えないけれど改善できる。でも、『早死』体質は絶対に逃れられないものだ。それでも本当にする?」


 伊織の声はあくまで淡々としていた。保は頭がグルグルまわっているような錯覚を起こした。

 本当に、これでいいのか?


 「しかも、どうやって死ぬかは誰にもわからない。病気で徐々に苦しんで死ぬのかもしれないし、事故で呆気なく死ぬかもしれない。たしかに君の叔父さんたちは君を心配して心労がかかってるのかもしれない。でも、生きていれば恩返しのチャンスはある。」

「それをせずに勝手に死ぬつもりなのか。」


 倒れたときに叔父さんが必死になって病院に運んでくれたこと、叔母さんがこまめに面会にきてくれたこと、従兄が心配してサッカーで遊んだ帰りにアイスクリームを買ってくれたこと。そして、自分の成長を何より喜んでくれた父、それを仏壇の母の遺影に語りかける父を見て、当時の俺はもっと父が喜んでくれるよう立派な人間になろう、そう決意したことを思い出した。


 「今まで努力したけど、この体質は治らなかった。」

「でも、生きていれば他に他人の役に立つことができるかもしれない。俺は家族が誇れるような立派な人間になりたい。だからこれはやめておく。」

と保は答えた。その返答に伊織は微笑むだけで何も言わなかった。


 保が帰ったあと、絢璃は伊織に聞いた。

「あの言葉さ、伊織自身の戒めに聞こえたよ。」

「ねぇ、伊織は恩返しはできた?」

「まだもう少しかかるけど、必ずやりとげるよ。」

伊織は数時間前の絢璃のようにニンマリと笑って答えた。

「そういえば、今日伊織ちゃんお金請求しなかったね。珍しい。」

「伊織ちゃんはやめてくれ。あと、俺はそこまでお金に執着しているつもりはないぞ。」

「本当は『早死』体質は今この石の中には入っちゃいないのさ、ただ彼が一番望んでいたから揶揄しただけ。だから今回は御代はとらなかったのさ。」

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