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木星の鳥  作者: 猩々飛蝗
pf.prediction
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pf.Dirac

全共同体規模のプロジェクトというのは、ディラックを中心とする網衛錐において水面下で発生している不具合への総合対策、これ以上の問題が発生しないよう対処し、社会へ、網衛錐に関する情報が露出することを阻止するというものであった。


鳥と意訳していたJUNO021は、ディラックというより正確な訳語を発見できたことにまた幾つかの慣用句を持ち出して喜びを示そうとしたが、そのために消費される領域を鑑みて実行を見合わせた。鳥の名詞は他のラグランジアン達、その名前と明らかに同様の文法的背景を持っており、自身のレコードテープにおける顕著な名詞があてがわれた。


私は急遽呼び出したⅡ型小移動網衛錐に自身のコロイドを預け、その内部空洞、数千度味わえど慣れない感覚、表面が剥き出しになっている奇妙な、死んだような感覚に身を委ねている。



 父の、母の嫌がらせなのか、それとも父にも、母にも改良の余地は無かったのか、いずれにしろ私は乗錐すると核から私に対する隠されたメッセージが発信されていないかと耳を澄ませてしまう。誰しもが利用する網衛錐の各種公共サービスにその様なものを紛れ込ませる、ファインマンのやりそうなことであり、もう少し真面目であってくれれば下らない期待をせずに済んだものだろうに。



 ズズズズズ



 今日も単調に変化しない単純波が聞こえ、アンテナを形成できない、コロイドのない今が疎ましく思え、想起的囁きに否定の感情を幻聴してしまう。


 

 ファインマンは空渦域、より地軸に近く、コロイド占有率か極めて低い重力圏への網衛錐拡大プロジェクトの最中、下層での調査も兼ねた十字大型大移動網衛錐実験を行った。



 独自開発した経路航行法に不備があり、ディラックからのバックアップが途絶えた十字錐は下降を始め、精神的負荷と過老が祟ってファインマンは崩壊。奈落へ消えたと同僚のヒッブスなるものが私に告げた。持ち直した十字錐により帰還した彼は経路航行法を改良、多大な功績を上げた。しかし、私は彼が嫌いだ。彼は経路航行法の資料をファインマンの自室から漁り、纏めただけなのだから。それにあの中には私の作成した配鎖構造式が多大に含まれている。彼は悪くないのかもしれないが、私は彼をどうにかして技術者連から追放するつもりでいる。利己により回転、改善する社会。まやかしを含まない、より純度の高く不可視な道徳が利己であり、それを認めたからこそ資本主義を破壊し得たと父は語った。それを信じて疑わなかった母は一見やりたい放題に振る舞い、それは単にやりたい放題に振る舞っているだけだった。私はそんな彼が、彼女が好きだった。だからこそ私はやりたいようにするし、頭取にどうこう言われる筋合いはない。この模倣は一種の尊敬であり、オマージュだった。



 崩壊。死。



 下らない事に思考を巡らせているだなんて分かっている。



 崩壊した枢錐を地上に留めておくことは出来ない。殻鎖紐により表面が見えない程に拘束されたそれは強烈な反位相波を放出し全ての構造を溶かす。何もかもをコロイドに還元しながら奈落へと落ちていくそれを留める術は無く、後を追うより他に別離を回避する方法は無い。何故だろう、何故ラグランジアンは死ぬのか。そもそも我々は何処から来たのか。枢錐。他の枢錐から一定成熟をもって分離し、複製母体と近い性質を持つ自然淘汰的自己保存オートマトン。概念波との相互作用のみを行う。即ち概念波と定常的に共鳴するコロイド、並びにコロイド生成物以外の大気や、下層から乱流によって吹きあがってくる様々と全くの物理的相互作用をしない。自己複製的な傾向を持つにも関わらず他の枢錐との接触で同化し、融合の後精神異常、自我欠落を経て崩壊する。



 何処から来たのか、何の為に。



 何時も結論は出ない。



 ああ……もう着くな……



 大抵の物事が極めて不愉快に感ぜられる。現状の、単純波のみを身体に受けて他の感覚が壊滅した私も、私の社会的立場も、渦巻いた空に、乱流で揺れ、衝撃派が外面を叩いているであろう衛錐の感ぜられない乗り心地も、これから向かう先も、横暴な頭取も、先程の通信も。



 先程。



 自室の、第二面、中央。



 長方をした浄化結晶網と流形に起立した暖色波発スタンドの間から私のものよりも三倍ほど大きい殻鎖紐が数本出でてのたうち、砕け、破壊し、煩い。



 私は腕を伸ばして、足を伸ばして、何もかもを伸ばしてそれらを捕獲し、何もかもの内部から自身の殻鎖紐をそれらに接続した。



 電話は、銀行体からだった。



 保険体からだった。



〈お前がランダウだろう〉


「……」


〈私はヴェルナー・ハイゼンバーグという者だ〉


私は当然彼を知っていたし、彼が複合個体の生還例であることも知っていた、彼がその幸運と類稀なる処理能力をもって平衡社会における未だ不安定な個所をいくつも修正し、それらの功績がディラックに貯塔の管理責任を認めさせる程のものであることも知っていたが、私は彼が嫌いだった。


「ヴェルナーと、ハイゼンバーグ?」


〈…………そうだ、一種、衛錐管理領域に私は二人存在している、しかし君らと何ら変わらん、頭は一つだ〉


「そうですか……それでお二人が、何の御用です?」


〈君はとっくに技術者連からの招集を受けている、君は一歩出送れたのだよ、本来なら居ないものとして進める所だが、ファインマンと半同質的な君がそうあることはある意味当然であるし、君を捨ておくのは損害が大きす ぎる、直ぐに銀行体管理責任室まで来なさい、君の枢錐が破壊される未来を避けたくばね〉

殻鎖紐は朽ち、床や壁に散乱、再度一部として構成されていった。



 銀行体から幾本か平行に突き出たストロウ。



 到着した。



「到着したのか……」


私はポートの乗降ホームに排出され、コロイドが返還される。しかし、返還されたコロイドの量は預けた内の三十パーセント程であった。


「何だと!何の真似だ!」


私はなけなしのコロイドで岩塊状硬結晶を三つほど形成し、衛錐に投げつける。表面が軽く凹み、即座に復旧した。


「不具合かな……」


衛錐は全く以て正常にホーム沿いにストロウ奥へ直進、上昇、旋回して他の衛錐と並び、ストロウ外へと出ていった。私は益々嫌な心地に捕らわれ、他のラグランジアンがひしめくポートもそれを加速する。関係のない雑踏が反射的に構築していたアンテナを揺るがす。何時もの事。上半がガラス張りのストロウからは社会が一望される。縦に走った幾つもの塔建築。ここの高度が上層の中でも高い方であるが故に上端が見えるものは多いが下端が見えるものは一つとして無い。しかし、それは下層付近に差し掛かっても同じことである。社会全体を縦横無尽に走る鳥の巣も見える。私にはあれが何だか分からないが何かしらの技術的背景を孕んでいるだろうとは予測される。



 また、遠方になるほど大量に、塵の様に舞う網衛錐。緩慢に、巨大に、でも矢張り遠方では塵の様に進む華美な大型衛錐共、例えば、娯楽衛錐、十字大型大移動網衛錐、各々の器々に対応した基地局衛錐、網衛補佐技術者共同連盟、その他諸々、更に、


「ディラック……」


憧れの大鳥は可視半径に入っていた。自作衛錐に方角指定撮影要請の信号を送信しようとしたが私は気付かぬ間に人々から押しのけられ、ストロウ中空を裸で浮遊していたから床内部の殻鎖紐に接続できなかった。直近を私の百倍はあろうかという中型十字移動衛錐が抜けていく。私は恐怖し、下降。身嗜みとして第五表層殻までを形成し、それらを自然と気体表皮が纏った。下方に殻足を構築して内部に殻鎖紐を通した。自由コロイドは私が常日頃持ち歩いている分の五パーセントにも満たない。私は無駄に格好をつけた何時もの第五殻を分解した。背に腹は代えられないと呟いて……

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