pf.Translation Discrepancy
超大な驚くべき対象が進行している。全体を版が覆い、しかし隙間も確認され、またその版は浮遊し、埋没していた。筋の入った雫のような形の版が、辺を弧にすり替えた様な三角の版が。
光沢のある光学的表面でない、光学的に何の反射も成さない版の隙から光学的に反射を成し過ぎる帯群が飛び出していた。大抵が後方に向かい飛び出しているそれは縦横無尽に重なり合っており、しかし直交しか成さない構造だった。縦向きと横向きの、二つの次元の中ランダムに出現した帯を無造作に結合し、流していた。JUNO021は対応待ちの処理内をちらつくクロスワードという比喩を、妥当でないとして破棄したが、他に候補が挙がることはなかった。
全体の流線的な、波字の隆線的本体には進行方向に対して左右それぞれに突きでる様に、各々が回転する浮遊板が密集していた。回転の方向は乱雑で、数千枚のそれらは螺、長方、円、千切れた様な血小板か。浮遊する空間間に概念波が可視的露出を果たし、結果として全体は繊維塊に見える。
殻鎖紐が伸びている。
中心後方から数本伸びたそれの先端は殻鎖紐みたいに崩壊している。殻鎖紐としか言いようのないそれは絶対に殻鎖紐たり得ないものであり、間近にはためく。
「あれが当たったのだね」
柱結晶が対象の周りを円環に周回している。他にもいろいろ周回している。私の出来なかったのをあざ笑うかのように悠然と周回している。
雑音の少ない単純な波長の概念波を立てながら私とファインマンの隣をすくすくと塔が立ち上った。長方の一つが開き我々を誘う。
「私にはとてもこんなコロイドの扱い方は出来ない、全部網衛錐の繋がりが、その中心のあれがやっているのさ」
波長の長い、低い、明るい波が対象から発せられて慄く。コロイドが0.2%程吹き飛ぶ。
それは名を鳥といった。
JUNO021はそう意訳し、それが妥当かを確かめる術を持たなかったが、そうでしかあれないと、そうも思った。
鳥の腹から軌道塔が地面に向かい伸びている。私は、屹度、その根元は建築的に、基礎と、立ち上がりを持って地に根付いては壊れ、また根付いているのだろう、そして崩れ、根付き、立ち上がり、また崩れているのだろうとも。
ランダウは、私は思った。あそこに行きたい。あれを知りたい。ああでありたい。ああ在らせたい。それにもっと、とも。
彼のラグランジアンとしての命運はここに決定した。ファインマンといるこの時、二人しかいない、他と切り離されたこの時、二人しかこの空間的瞬間を知らず、二人はこの瞬間を知っている。
この瞬間では無いが、ファインマンは崩壊した。他の更に過去存在していたラグランジアンと同じように。この瞬間よりいくらか後に。
ランダウにとって、私にとって最も大切な個は全ての瞬間においてファインマンであったが、当然、そんな事実によらず彼は、彼女は崩壊した。極めて一般的に、妥当に。
コロイドが意思と無関係に硬化、剥離し、転がり落ち、殻鎖紐が生成され、複雑錐に巻き付き、その塊は奈落へと落ちていく。それを回避し得たラグランジアンは未だ存在せず、帰納的にラグランジアンである私もその回避を成し得ない。それが網衛錐とラグランジアンの違いであり、道具と知的生物の境であると誰もが主張する。どちらが優れているか等誰も気にせず社会は回転する。
ファインマンの消滅という事実だけを残して。
私は、死に迎えられたファインマンの跡を結局継ぎ、技術者となった。それは社会的文化的に酷く妥当な経過であって、快く周囲に受け入れられた。共同体全体を巻き込む規模のプロジェクトが立ち上がり、これから正に技術者が多く必要とされていく時期にあって、他のリンゴを選択することは、社会的文化的蓋然性合理主義の破壊に留まらず、社会の要請をも豪快に無視する全く非常識な行為であったという認識も、私に他の案を抱かせなかった理由であろう。
』
JUNO021は困惑した。文脈的に解釈するならリンゴとは技術者のことを指し、しかし技術者をリンゴに含むような概念をJUNO021は知らなかったし、特殊な定義が成されている部分も、翻訳の過程で発見することが叶わなかったから。またこの当惑はJUNO021に、他の翻訳の過程でも同じような誤りが発生しているという危惧を抱かせた。なんとなれば各単語レベルで概念の共通しない物事について半ば無理矢理に翻訳をしていた以上それは無理からぬことであって、核心は外していないように思われたし、最早無視してしまってもよいのではないかというある種の捨て鉢じみた開き直りを、改めてJUNO021は行った。
そしてこのことは単なる迂回ではなく、JUNO021は即座に情報の解析に戻ることはせず、開き直りは保留に過ぎないことから、この命題に関する精査もまた始めたのである。更に追加された命題は他にもあって、主なものとしては「前後で実行する内容が変わらない場合、起きた出来事には何の意味があったか」というひどく抽象的でメモリを喰うものが上げられ、しかして処理の過程で行われた自己の改革も影響したのか、処理全体の速度は低下しなかった。




