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ランダウを内包した、ランダウを伝えるためだけの衛錐がいくらも彼に近付いて触れ、もう伝達が成されていることを確認しては崩壊している。
彼はその一部であったJUNO021の願いの為か、しかし、恐らくそうでない理由をもって完璧にハミルトニアンを模倣している。ハミルトニアンにあるまじき浮遊を成しながら。
海からコロイドが、metanitroが登る、彼に尾を引くがごとくに。彼が水面の絹の一点を引き上げているかのごとくに。
ディラックの手足を覆う数多の、三角の微小カアテンと、内側の自由コロイドと、その更なる内側に張られた何枚もの透明な薄板と、更に、更にと続いているであろう階層構造は恐らく余りに執拗なものであろうのに、全体の大きさはさほど変わっていない様に思える程に大きい。
彼は捕らわれたディラックの手足に向かい岩塊状硬結晶を射出する。
地から月を狙うような速度で本当に届いてしまった結晶は今まで把握していなかった薄膜に当たり、コツンと音を発して傷も付けずに落下し、また融解して海に戻っていく。
彼は次に、低摩擦流結晶針を射出する。
一種の攻線として真直ぐな軌跡を描くそれは薄膜に突き刺さり、動きを止め、薄膜の一部として還元される。
彼は細い延柱を形成し、伸ばし加速させる、激突の振動は波面として薄膜の表面を走り、反射の具合が全貌を知覚させ、延柱の先方が軽くひしゃげた段階で薄膜が破れる。柱はカアテンにするすると当たり、コロイドがたらたらと零れ落ちる。彼は延柱の生成を止める。
彼がディラックに近付く速度は上がっている様だった。
彼は巨大な棒と周回物のみで構成されたような衛錐の様なものを背後で作り上げる。漂っていたその他の衛錐がいつの間にか彼の周囲を飛んでいた、全体が集まっていた。それはハイゼンベルクの周囲を周回する三角の補助演算錐の様に。
棒状のそれは内部に元波を共鳴させ、全体量は時間と共に高まり、余波が伝わっている。圧コロイド粒の励起と射出が成され、一瞬で拡散したそれらと元波は砲口の収束演算機構を潜り、輝く攻線はほんの少しのラグを以てディラックへ至り、遅れて轟音が響き、巻き添えを喰らった衛錐が消失し、カアテンの出力など軽く超えたそれは薄板の下、硬い殻層を一瞬拝ませた。修復。溢れ出る防御錐。彼はカアテンと細線射出機構を併せ持った版を形成する。それだけの技術が彼と、彼と並列演算を行う衛錐にはあった。
海は嵐の様に激しく上空へのコロイド供給を行い、彼は大量のカアテンを張り、樹状砲艦や連球状共鳴波発兵器、近接用反接機構搭載腕や、汎用受信中枢、その他諸々を当て所も無く作成し、ディラックを解凍しようとした。彼は進んでいるが、ディラックはまだまだ遠い。
ふと、ディラックに開いた穴から零れる楕円体。
成す術等無く、カアテンも無意味。
パッと輝き全体が暗闇に変わる、自身の中から何かを吸い出そうとしているかのような外部空間。
彼は文明足り得なかったのであろうか?
意識を遠のかせる文明。
『
私の枢錐は未だ蠢いている。
ふらつくのでしっかりとしがみ付いていたライプニッツから身を外し、殻鎖紐を砕く。
「ここは……」
{東京駅 徒歩三分}
ここは一体……ここが下層……?
{め 02-32}
強烈な反波だ、複合個体というのはすごいな……
{空き}
ハミルトン言語体系……
{ビックカメラ}
とても濃いコロイド濃度であり、全体を結晶が覆ったそれはしかし、見慣れない構造でありながら街並みであると直ぐに分かるものだった。
「懐かしい……?」
何が。
私はライプニッツへ戻り、下層の上空を飛行し、見回す。
直方をした非コロイド生成物に無数の透明な表面があり、恐らく内部は空洞。そんなものが幾つも存在している。そしてそれらは砕け、断裂し、穴を開けて内部を外部にばらまき、外部を内部に散らしている。
見たことのない建築のようなもの、骨組みになった臙脂色の塔が千切れたように倒れている。他の建築と異なり多少表面を露出して結晶に覆われていない部位もある。
鬱屈としている。我々の塔建築の根元で有ろう根。細いな……
所々には地面を覆う結晶が似たような形に隆起している。内部は空洞で、五つの突起が棒の様な胴から生立した様な輪郭…………見たことがある……私はそれがハミルトニアンだと直感的に分かった。
此処が奈落か……死んだラグランジアンはここで殻を身に着け、上層へ昇る、隠蔽されていたのか?幕外の個体は知っていたのであろうな……
極めて大量の波を発信している一点がある。そこを目指し、飛ぶ。
{帝國大學}
建物よりも大きい結晶が大量に突き刺さり惨憺たる様相を見せるそこは、極めて胸を打った。それは消去されたはずのpf.に残る施設だった。
内部には多くの人間の跡があった。
{友平尚治研究室}
扉のノブを殻鎖紐で掴み、回し、内部へ。
{大型のSHLがあります、携帯電話などを持ち込まないでください}
もう一枚の扉を潜る。
「良く動いているものだ……」
『
{
再生します。
こんにちは、私は総合社会維持em演算器のBELL01、そのログです。
貴方が存在していないであろうことは明白ですが、私はこういう事をしたくなるロマンチックな一面を持ち合わせているのです、何といっても、私は人類だから……
少々芝居掛かっていたでしょうか?自由なレポート、読み手のいないレポートというのは気楽ですね、しかし、少し時間がありません。
我々人類に発生した大規模未分類異常案件に関する報告を始めます。
事の発端は半世紀ほど前、J.J.片桐によるmetanitroの発見です。木星内部に確認されたこの極めて特異な物質の調査の為送り出されたJUNOシリーズ015~025はどれもが途中で通信障害を発生させ、資金面からJUNOプロジェクトは中断しています。試行錯誤もあった様ですね、概念波の到達域拡大のためSHLを載せたり、一機には私と同様の演算機が搭載されていたみたいです。
後には都市伝説が残りました。不明瞭な一連の出来事ではありましたが大衆における認知度があれほど高かったのはmetanitroの奇妙な特性に理由があります。
J.J.片桐はmetanitroの実験中に死亡しています。
解剖が示した死因は信じ難いものでしたが、後にも一連の事故が起きたこと、そしてさらに後に発生したあの大災害からも確実と言えるでしょう。
J.J.片桐の頭蓋骨内部にはmetanitroによって構成された鎖状の個体がうねり、ニューラルネットワークを破壊し、血管を破り、骨を圧迫していました。常温で気体であるmetanitroの大量吸引が理由でしょう。
極めて奇妙でした。私にもあれに関する記事が無数に存在しています。社会現象になりましたね、様々な宗教的、化学的解釈がなされましたが信憑性のあるものは無かったように思われます。
私は嘘の発表を用いて全体を収めました。
その次に話題になったのはSHLです。
JUNO019の打ち上げの頃、演算器開発者である西宮咲子、SHL開発者である友平尚治、正木和三、スー・ド・モーパッサン等は全世界を概念波によるネットワークで覆うポール計画を私に提出しました。




